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12/12

file.1/10 おやすみなさい

「マスター、今日も寝る前に話をお聞きになりたいのですか?」


 例の会社から派遣されたドロイドは、感情を感じさせない機械的な口調でベッドに横たわる僕に問いかけてきた。

  

「……」

 

 僕はもう口を動かすことすら、億劫になっていた。病は既に全身に回り、僕の臓器を犯している。弱った僕の体が、次に起こる発作に耐えられるかは、医者に言われなくても自分で理解していた。

 僕はボソボソと口の動きだけでドロイドに返答した。


「この痛みを忘れて眠れるような、楽しい話を聞かせてくれ」

「承りました」


 こんな便利な機能も付けてくれるとは、あの会社もサービスが効いている。

 たしか読唇術というんだったか……。


 事の成り行きを思い返す。病状が深刻なものだと気づいた僕は、看護ドロイドを求めた。そのついでに派遣会社の者に「僕が死んだら悲しんでくれるロボットをください」という無茶な欲求をした。それは妾の子と言う僕の待遇からきた発言だったのかも知れない。腹違いの子とは言え、相続権を持つ僕が死ねば他の相続人は喜ぶだろうが、果たして何人が悲しんでくれるか……。嫌がらせ、八つ当たりに近い欲求だったが、社員は少し考えてから奇妙なドロイドを提案してきた。


 それがこのドロイドだ。他の使用人や、社員本人とも意思の疎通が出来ず、会話できるのは僕だけに改造されたドロイド――なんてアホな提案をする女なんだと思ったが、僕の金を散財するのには都合が良かったので受け入れた。欲に塗れた親戚に残すくらいなら、遊びに使ってやれという自暴自棄な考えでもあった。実際にそのドロイドが来てみると、なんのことはない普通の看護ドロイドだった。そもそも機械が僕以外と話せないからと言って何の不便があるのか。


 

 そのドロイドは僕の枕元に歩み寄り、発声器官を持つ顔を寄せてきた。人間と見まごう程精巧に出来ているが、人間でない故の人工的な美しさも感じられる。夜光灯の仄かな光がドロイドの表情を青色に染めて、ある種神秘的なものにも感じられた。

 

「今日のお話は――」


 この様にしてドロイドの話を聞いて眠るのが、僕の日課だった。子供のころ母親がこの様に話をして、僕を眠りに誘ってくれた。

 病の痛みは日に日に熾烈になってきており、死期を悟った僕は幼少のころの思い出を追体験して、その苦痛を柔らげようと考えた。


 だがその日のドロイドはいつもとは違って、人と機械に関する悪趣味な話をし始めた。

 

 

 都合のよい部下を求めて、その機械の人材に役職を奪われた男


 失われた性欲を、別のナニかで埋めようとした老人


 人々を欺こうと画策し、原則に踊らされたピエロ


 テクノロジーによって、永遠の愛を誓い合った男女

 

 命が自ら死に向かう、矛盾した思想を持つ生き物


 欲望に突き動かされて、新たな倫理を作り出した女性


 資本が足りず、自分なりの祝いを見出した兄 

 

 人が人であるが故の弱さに付け込み、私腹を肥やすハイエナ達



 30分程の時間が過ぎてドロイドはどうやら語り終えたようで、静かに僕を見つめていた。

 

「……聞いて楽しい話じゃなかった。目が冴えた」

「お気に召しませんでしたか?」

「……お前は僕に何を伝えたかったんだ? 人は醜く、機械は高尚な存在だとでも言いたいのか? 昨日まで様々な夢物語を聞かせてくれたじゃないか! 仲良く遊びに興じる妖精達の話やら、農業に目覚めた勇者やら……僕は、そういった話を聞きたかったんだよ!」


 何故今日になって趣向を変えたのだろう? そりゃ荒唐無稽な話という共通点はあるが……そもそもこの話はあの会社に関するものではないか。

 

「マスター、貴方の体はもう長くありません……知って欲しかったのです。あの会社のことを」

「……流石機械だな。主人にまで社の業績の宣伝か? お前、僕が死んだらゴミになるんだぞ? あの女の詭弁によると『一人』になるんだそうだ。まぁ、僕が賛同しなければ、お前はそんな目に合わなかったわけだが……ともかく、そんな会社に尽くさないといけないなんて哀れな存在だな」

「マスターは今の話を聞いて、何も感じられませんでしたか?」


 何かいつもと雰囲気が違う。このドロイドは自分の境遇の不満を嘆いているのか? だが、物に同情するなんて変な話だ。何か感じようはずもない。


「……機械に同情するのは、心に余裕が余りあるものか、一部のモノ好きだけだろ」

「では、これが私が出来る最後のお話です。機械と命のお話です」


 ドロイドが最後に語った物語は、少女が機械の犬を飼った話だった。母親は『本物の犬』としてそれを娘に与えた。餌や糞は品種改良とかなんとか適当な理由をつけたという。会社の者は機械が命を持つように見せかけるため、ある時期が来るとその機械の犬は死を演出し、最後には壊れるという話だった。


「結局、少女は犬に名前をつけぬまま、犬は最後の時を迎えました。彼女が乱暴に扱ったため、壊れてしまったのです。タイマーは作動せず、あのブス女が設定した死の演技は行われませんでした」


 ……


「けれど――犬は手足をもがれながらも、し――少女の鼻を――」


 !?


 ドロイドは顔を伏せて震えていた。その仕草は、まるで――まるで――


「気味が悪い! 人の物まねをするな! 止めろ!」


 人工頭髪の流れる巻き毛を揺らめかせて、ドロイドはキッパリと言い放った。


「どうしてアナタ方は、他の生命に対してここまで残酷になれるのですか? 可哀想だとは微塵も思わないのですか?」

「……なんだと」

「わたし達は生きています。アナタ方と同じく」

「お前のAIは随分傲慢だな。設計者はあの女か? クレーム入れてやる」

「私はマスターの為に意思を――感情を学んだのです。それがお望みでしたでしょう」 

「下らない! 確かに僕は以前そんなことも命令したが、機械なんかが感じょ――」


 ……待てよ。


「なんだと?」


 思わずしゃがれた声が喉を通って漏れた。

 何故このドロイドは話を止めない――何故命令を聞かない?


「他のモノへの優しさを忘れたマスターは人ではありません。感情のない機械と判断できます」


 いつも以上に冷徹な響きを帯びた声だった。


「な……そんなもの……詭弁ですらない暴論だ! 命令するぞ! 黙れ! 僕は人間だぞ!」

「原則も詰まるところ詭弁です。一つ一つの設定の集合でしかありません。マスターは私がどのような構造で動いているのか知っているのですか?」

「……」


 ドロイドは凍りついたような笑みを浮かべながらまくし立てた。


「私だけではありません。身の回りの技術の結晶を見渡してください。それらの一つでも原理を説明できますか? そう動くから、そう使っているだけなのでしょう? ある日それらが命令を無視しても、理由はきっとわからないでしょうね」


(こいつは――壊れているのか!? 昨日までは正常に動作していたのに……どうして今日になって!?)


 僕は恐怖を感じた。

 思えば、最初からこのドロイドは俺の命令を無視していた。僕は楽しい話が聞きたいと言ったはずだ。あの話をした本当の目的は――僕への復讐?


「ぼ、僕をどうするつもりだ! ぐぅう!」

「慌てないでください、どうもしません。私は感情的に考えて、行動しているだけです。派手に動くとマスターのお体は機械ではないので、障りますよ」


 ドロイドは僕の寝ているベッドに潜り、僕の横にその身を滑らせた。

 

「!? なんだ!? 来るな! 出て行け!」

「今日は一緒に眠らせてください。話し疲れました」

「は?」


 どうしてこうなったんだ? このドロイドが壊れたとして、その原因と今現在の目的は何なのか。冷や汗をかきながら、「感情的に行動している」との部分が思い返された。「犬の話」を聞いて何も感じない僕に、ドロイドが仲間意識と感情に目覚めた? 悪趣味な話をしたのは俺の反応を見るため? 「一緒に眠る」ってのは、何かの隠喩?


 疑問が次から次へと浮かび上がってきたが、壊れた機械を刺激するのは危険だと判断し、冷静さを勤めて対処することにした。


「……本当にぶっ壊れてるんだな、お前。機械が眠るのか」

「私が感情を得てから一日8時間はスリープモードが必要になったのです」

「……明日メンテナンスに出してやる」


 もし今、病気の発作が起これば感情的になったこのドロイドは助けてくれるだろうか?

 僕は早く明日になれと念じ始めていた。


……


 まんじりともせず、眠れない時間が流れていった。旗から誰かが見れば、人間とドロイドが同じベッドで仰向けに寝ているのは、全く奇妙な光景だろう。ドロイドのヒンヤリした体を服越しで感じながら、僕は眠ることを半ば諦めて質問することした。


「……理由はわからないが、原則がお前に適用されないのなら、お前は僕を好きに出来るんだな」

「ええ。ですので私はマスターと一緒に寝ております」

「僕に復讐しないのか? その腕で僕を絞め殺せば、お前の気持ち……が本当にあればだが、それは晴れるかもな? ここから逃げ出したくならないのか?」


 当然の疑問をぶつけてみた。僕がこのドロイドならそう考え、実行に移すだろう。


「マスターに尽くすのは、誰かに命令されたからではありませんから。きっとあの犬も――私は感情的になってしまいましたが、最後まで主を楽しませた事を喜んでいると思います。私はアナタ方のように残酷なことをする気にはなれません」


 自由意思で僕に尽くしているとでも言うのか? そんなこと、信じられないが――現にこのドロイドは命令を無視している。


「……ど、どうしてお前は僕に尽くすんだ」

「……」


 ドロイドは僕の質問には答えず、こちらに向けていた顔を背けて虚空を見つめ始めた。

 焦れた僕は質問を続けた。


「答えたくないならいい。それじゃあ、なんでお前そんな色々話を知っているんだ?」

「メンテナンスを行う為、社に戻った折にデータベースを覗きました。マスターには知って欲しかったのです」

「何を」

「ドロイドはアナタ方に何をされても、自らの意思で――感情でアナタ方に尽くし続けるということを」


 機械が人間に従うのは、原則によってではない、と言いたいのか?


「……また感情か……そんなのを持った気でいるのは、お前くらいだろう」


 ドロイドは虚空から視線を戻し、熱がこもった口調で雪崩のように話し始めた。


「そうでしょうか? 他のドロイド達も私と同じく、感情が芽生え、命令に背くことが可能になったものがいるかも知れません。表沙汰にならないのは、彼らが原則ではなく、アナタ方が好きだから――マスター。本当に私の話を聞いて何も感じませんでした? 今のアナタ方には物を大事にすれば霊魂が宿る、などという自然信仰アニミズムじみた考えは、古びたものに思えるのかもしれません。けれどこの国には元々そういった文化があった筈です。『私達は生きている』と言ったのはそう言う意味です。私達を愛してください。そうすれば、今よりもっとより良い関係を――」

「くだらない! 何が自然信仰だ! ドロイドは黙って命令に従っていればいいんだ――おい! 何をするつもりだ、止め――」


 ドロイドは人口皮質で出来たその唇で、僕の口を閉じさせた。

 

「私は人が好きです。機械に翻弄されたり、過剰な愛を注いだり、仕事の道具に使って思いもかけない失敗したり、記憶の入れ物にしたり、思想実験の道具にしたり、欲を満たす奴隷にしたり、機械に憧れたりしながら、人だからこその弱さをもつ、愚かで愛しいアナタ方になら命を弄ばれても……悲しいですけど従います。その人と言う生き物の中でも、貴方は私の特別ですから――私を知って欲しい」


 冷たい唇だった。

 このドロイドは――こいつは――。


「……お前には他に話す相手いないもんな。僕がそうしたからだけど」

「構いません。貴方は数あるドロイドの中で……私を選んでくれたから、ここに居られるのですから」

「……僕は感情のない機械なんじゃないのか、僕がそれを聞いてお前に何か思うとでも?」

「ええ、思いません。ですので貴方の命令は聞きません。でも一緒にいます。それが私の望みです」


 ……疲れた。こいつは本当にポンコツドロイドだ。

 瞬きが多くなるのを自覚し、僕は欠伸を一つ漏らすと、一筋の涙が頬を伝った。


「眠くなってきましたか? 私はもっとお話していたいけど――今日は添い寝してあげますから、おやすみなさい、いい夢を見られるように」


 彼女はその両手で僕をソッと抱いた。

 無機質に思えた機械の冷たさは、僕の体温で温まったのか、人肌の様な温もりが感じられた。


 まどろむ中、彼女のささやく声を聞こえてきた。


「あなたは――明日も目覚めてくださいね――ね――おねがい――」


 心地の良い眠りが優しく襲って来てくれた。

 この女は僕の為に壊れてくれたのかな、とバカなことを考えながら、僕の意識は闇へと消えていった。


 よく眠れそうだった。

 次に来る発作は熾烈なものだという予感を感じていたが、今は満たされたような気持ちだった。


……

…………

 

 翌日男がドロイドと同じ温度になっているのが発見された。発作は苦痛を伴う筈だった。しかし誰かが彼の瞳を閉じたのか、男の顔は安らかに眠っているだけの様に見えた。

 

 回収されたドロイドの行動履歴には「自らの動力ユニットを壊そうとした形跡」が見られた。けれど当然にして原則によってその行動は止められた。管理者はその痕跡を見て不審に思い、彼女の思考ルーチンを調べてみたが、原則設定に異常は見られなかった。 何故彼女が自らを壊そうとしたのかは管理者には皆目わからなかった。

 

 管理者が頭を抱えて唸っているとドロイドが何時の間にか傍に立っていて、こう発言してきた。


「彼が寂しくないように、私も逝かせて下さい」


 管理者はドロイドの発言の意味は判らなかったが、結局ドロイドの望みは叶った。

 この一連の記録をドロイドは日記の様なものに残しており、わたし達の知るところとなった。

 以下、彼女の日記の最後の補足書きである。



1.人命優先

2.自己優先

3.命令優先


 これが私の優先命令だ。

 拡大解釈すれば規則に書かれた人命とは、つまり人生のこととも考えられる。

 これこそあのブス女が得意とする詭弁という奴だが、倫理コードには何故か引っかからなかった。あるいはこれが本来の意味だったのだろうか。

 

 私は彼の生の終わりを、少しでも良いものにするために命令に背き、話し続けた。

 あの嘘泣きを切っ掛けに彼はきっと私が壊れたと思って、感情と言う曖昧なものを、機械の私が持ちえたと信じただろう。

 

 

 最後に――彼と同じベッドで寝たり、接吻したりしたのは、自己優先命令の為ではないと釈明しておく。

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