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髪長き塔の姫君 2

「困りましたね。私は私の腕力を計算に入れておりませんでした」



 グィネヴィアは首尾よく準備を整え、髪を編んで作った綱を塔の最上階から垂らした。地面ほど近いところまでその黒い綱は届く。意気揚々と脱出を開始した少女は、しかしほどなくして誤算に気づいた。


「無理です。これ以上無理です。日本には、箸より重いものを持ったことがないという箱入りを示すたとえがありましたが……私は10年をこえる塔生活。ここ数年は食事がないためナイフもフォークも持っておりません。片手を離さねば下には行けませんが、片手を離したら落ちます……両手でしがみつくのがやっとです……。掴みにくいし! 揺れるし!! あぁもう……」


 非力な少女はなんとか3階部分までたどり着いたものの、1階部分が高いため残りは半分ではない。そんなところから落ちれば、怪我は確実。先ほどまでの威勢はなく、必死でしがみつく。


「こういう時、華麗に助けてくれる殿方がいれば惚れるのですが……。人に見つかれば捕まりますよね。次は鉄格子つきの地下牢などに入れられるかも。やっぱり飛び降りるしか。うん。落ちるのを待つよりは、飛び降りたほうがましですよね。受け身を捕れるかもしれないし。ああでも、そんな運動神経はないかも……ないですね……。…………ええい、ままよ!」


 腹をくくった少女は綱を手放し――。


「グィネヴィア姫!!」


 数年ぶりに聞く他者の声。

 目映いほどの金髪の少年が必死にかけてくる。

 しかし、落ちる……落ちる……落ちる……。



 どさり、という音とともに落下は止まった。

 石畳に叩きつけられていないということは――。


 グィネヴィアがおそるおそる目を開けると、焦燥にこわばった少年の顔があった。射ぬくような真剣さで鮮やかな青い瞳に見つめられている。


「お怪我はありませんか」


 少女は少年の腕の中に、しっかりと抱きとめられていた。どちらともなく安堵のため息をつく。


「ええ。お陰さまで。あなたは大丈夫でしたか?」

「はい。鍛えておりますので」


 金髪の少年は黒髪の少女を降ろすと、ひざまずいて騎士の礼を取った。


「シグルドと申します。許可なく御身に触れたことお許しください」

「グィネヴィアです。あなたは騎士ですか……? なぜ私の名を知っていたの」

「いえ。騎士の家に生まれましたが、私はただの旅のものです。人助けが仕事のようなものです。こちらの城には国王陛下よりお招きに預かりまして、本日よりしばらく滞在いたします。御名は私の友人が……」


 少年はそこで言葉を濁した。


「怒らないからおっしゃって」

「友人は、城のもっとも古い塔には姫君の幽霊がとらわれていると。その幽霊はグィネヴィアという名だとも聞きました」

「なるほど、理解しました。あなたは幽霊見物にいらっしゃったということですね」

「……さようでございます」


 シグルドはばつの悪そうな顔で首肯する。

 グィネヴィアは声を出して笑った。何年ぶりだろう。

 シグルドは素直ないい気性の少年だ。人助けをなりわいにするというのは変わっているが、事情もわからないまま落下する少女を抱きとめたのは反射的な動きだ。わずかでも迷いがあれば間に合わなかったはず。困っている人が目の前にいれば見捨ててはおけないだろうことは、出会ったばかりのグィネヴィアにもわかった。


「私がその捕らわれていた幽霊です。助けてくださって有難う。私は今から逃げますが……どうかこの場だけでも見逃してはいただけませんか?」

「ではひとつたずねさせてください。何のために行かれるのですか?」

「生きるためです」

「それならば止められません。どうぞお行きください」


 グィネヴィアは、綻ぶように満面の笑みを浮かべ――。


「有難う存じます。あなたのような人がいるなら、世界はきっと素晴らしいところね」


 深々と礼をして去った。これからを祝福するような心臓の高鳴りを覚えながら。

 少年は少女の背を見送り――――。






「シグルド。戻るの遅いよ。これから謁見でしょ」

「悪い。ウルリク、さっき言っていた幽霊だけど、生身だった」

「何で知ってるのさ」

「会えたよ。それで触った。体温も体重もあった。生身とは思えないくらい綺麗な子ではあったけど」

「……それ結構色々まずいよ。その辺のことはひとまず忘れて黙っていて」

「了解」


 少年は少女の鮮やかな笑みを胸のうちにしまいこみ、幸せな気分でおのれの進むべき道を行く。


「シグルド。まずは君は君の役目を果たしてきて。聖王国の王から聖剣を授かるんだ。勇者として立つために」

ふたりが再会するまでしばし。

この出逢いが何をもたらすのか、見届けていただけたら幸いです。

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