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髪長き塔の姫君 1

 グィネヴィアはまず、閉じ込められた塔の見取り図を描いた。そして知っていることをまとめていく。当然のことながら、簡単に抜け出せるような作りにはなっていない。


「この塔は完全に独立していて、渡り廊下はありません。王城の他の建物からはすこし離れていますし。出入口は1階にある正面玄関と裏口だけ」


 グィネヴィアは玄関と裏口を指でなぞり、しばらく考えてからばつ印をつけた。


「正面玄関も裏口も完全に塞がれています。双方鍵が掛かっている上、裏口は私がここに幽閉されるおりに塗り込められました。正面玄関は外側にかんぬきがかけられているので、内側からは開けません。外側からも開けないように、3年前に熔接されてしまいましたし」


 本来、人が生きていくためには、食事や水や暖を取るための薪など、必要なものは運び込まねばならない。しかしそれすら止められている。それでもさほど困らず生きていられるのが魔王という存在だ。


「せめて食事が出されていれば。朝晩2回……あるいは日に1回でも、定期的に出入りがあれば隙をつくこともできたでしょう。私は今まで模範的な虜囚でしたから、きっと油断してくれたはず。ですがここ数年ないですからねえ。魔力の器みたいな身体ですから、魔力が枯渇しない限り死にはしませんし。聖王国は初代勇者がうちたてた国。その辺の情報もたくわえてあるでしょうから、まったくもって慈悲のない……」


 それにしても、と黒髪の少女は続けた。


「食事をしなくても死なないなど、我がことながらほんとうに化け物じみていますね。とはいえ、ここから出ないことには無力。ここでは魔法の発動が阻害される……。聖王国のもっとも古い建物ですから、どうせ神にまつわるものでしょう。まったくもって、忌々しい」


 少女は可憐な声で、昨日まで敬虔に祈っていた神に毒づく。


「やはり窓から出るしかないでしょうね。2階から4階の窓は狭い。風と光は入りますが、私がくぐるのは無理がありますね。となれば見張り台をかねていると思われる5階の窓ですが……」


 どうしましょう、と小首を傾げた彼女の菫色の瞳は冷淡に事実を読み取る。


「普通死ぬ高さですね。1階は儀式場であったらしく特に高さがありますし。下は石畳ですし。まあ高所から落ちた程度で死ぬような身体でもないでしょうが、怪我はします。手足を折るくらいならともかく、内臓が破裂したり頭蓋骨を割ったりしてどうなるか試すのは、やめておきたいところです。縄梯子でもあればいいのですが……」


 グィネヴィアは周囲を見回したが、最低限のものしかない居室には当然ながらそんなものはない。縄も鎖もない。古びたタペストリーを裂いたところで、糸が弱っているからきっと強度が足りないだろう。敷布も衣服も強い生地ではないので、同様。書庫や祭具室にも使えるようなものはない。


「他の準備から整えましょうか」


 今の修道女風の服では目立つだろう。町娘のように見える服が好ましいと、冷静な少女は判断する。衣装箪笥には、数年前にもらった服がいくらか入っている。

 その中には16歳の誕生日に――この国の成人の祝いにと、ずいぶんはやめにもらった包みもあることを思い出してほどく。中に入っていたのは、ウエストリボンの黒いワンピースだった。質のいい生地に優美なシルエット――そしてこれなら多少血で汚れても目立たない。とはいえ襟は繊細な白いレースなので、頭部は死守しなければならないが。それから鞄。鞄の中にはいくつか袋が入っていた。


「アニカには感謝しなければ。どこに行く予定もなかったのにこんな服を用意してくれていたなんて。あら……鞄の中にあるこれはお金ですね。金貨だけではなく大小取り混ぜて。こちらの袋の中身は小粒の宝石。それから、この短剣は護身用でしょうか? まるで、こうなることを見越していたようです。まったく、ばれたらいくらあなたでも無事では済まなかったでしょうに」


 グィネヴィアは半ば呆れながら、おせっかいの極みのような養育係のことを思いだす。冷遇されるなか唯一の味方だったが、今また力をかしてくれるらしい。


「わがままを言うなら、脱出手段も残しておいて欲しかったところです。まあそれくらいは自分で何とかしましょう。最悪の場合は一か八か飛び降りてみましょう。あとはこの、魔力のせいでのびにのびた髪を切れば……あぁ、この髪使えそうですね」


 グィネヴィアの黒髪は編んでなお部屋にとぐろを巻くほど長い。元々のびのはやかった髪だが、情緒にも影響を受けるようだ。どうやら孤独が拍車をかけたようで、アニカを失ってからの3年で異様な速度でのびてしまっていた。

 凶器となるような刃物も撤去されているため、切るものがなく放置していた結果がこれである。少女は養育係の遺した短剣をつかむと、顎のところでざくりと闇色の髪を切り落とした。さすがにそのままで地上に届くほどの長さはないが、一部をとって細く編み、残りの髪をずらしながら接いでいく。


「時間は取られましたが、これなら大丈夫でしょう。そういえば、昔聞いた童話に、塔に閉じ込められた髪の長い娘の話がありましたね……。髪を垂らして男を引き入れて睦まじく。まあ、私がここで待っていても、私のところに来るのが誰かは決まっています。愛をささやきにくる王子様などではなく、魔王を討つためにくる勇者様。そうならないうちに行きましょう」



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