脳内ヒロイン
私には嫌いな女がいる。
自己主張が激しくて、
あの女の頭の中ではいつも自分が世界のヒロインなのであろうと
私は確信している。
「本当にめざわり。」
一日一回は彼女の自己陶酔にあきれている。
それでも私は彼女の前では決してそんな態度を示したりはしない。
私は平和主義者なのだ。
差し迫った就職活動を前にした楽しい学生生活をつまらないもめ事で無駄にはしたくは無い。
だから今までだって、彼女の事がどんなに嫌いだって彼女の前では普通に接している
同じゼミに入っているただの同期。
私の耳にちらつく彼女の高めなブリっ子声。
聞いてるだけでもう。
「いらつく。」
「なにが?」
小さく漏らした不満に返答が帰って来たので
驚いてその声の主をぎょっと見返した。
「鷹見さん…、」
やあ、と馴れ馴れしく声をかけるのは私が所属するゼミの教授の手伝いをしている院生 鷹見さん。
来年からは大手薬品会社の研究者として働くことも決まっている有能な先輩だが、
近頃では私の頭を痛める原因でもあった。
「また彼女のことにイライラしてるのか?
無駄な事に頭を使っているな。」
そう彼は私が彼女を嫌いな事を知っている。
「…余計なお世話です。」
「君みたいな冷静で大人しい子がそこまで彼女に心乱される理由がわからない。
何故だ?」
にやりと面白そうに笑う彼から体を引いて逃げつつ、
そんなこと私が知りたい、とため息をついた。
私はいままでここまで人を嫌いになる事も無かったから彼女に対して
何故ここまで執着するのか自分に聞きたいくらいだった。
嫌いなら彼女の事にかかわらなければいい話なのだ。
なのに彼女の場合、興味をもたないことが出来ない。
いつの間にか私の思考には彼女がいる。
まるで洗っても落ちない汚れの様だ。
「鷹見さんには関係ないでしょ。」
「…たしかにな」
まっすぐと拒絶の目で見返すと、また鷹見さんは笑う。
いら、と心がゆすられる。
彼の目が嫌いだ。
あの目で見られているだけで何もかも彼に弱点を見せてるようで。
彼に何もかもさらけ出してるようで。
すごく不愉快。
「あーっ!鷹見さーんじゃないですか!
こんなところで何してるんですか?」
(げ、この声は…)
そう。
この声は、私の嫌いな女
西崎 姫。
名前の通り、お姫様のように甘やかされて育った
何処か社長令嬢である。
「教授に何か御用ですかあ?」
「ああ、今日の講義の手伝いにね。」
「じゃあ今日の講義は鷹見さんも参加されるんですね!!
たのしみー!」
(…この人と居るとおまけにお姫様が付いてくるからなおさら嫌なんだよな。)
嫌な奴がそろいもそろったので、逃げるようにその場を後にしようとした。
が。
「橘 瑞姫」
「…フルネームで呼ばないでください」
「お前こないだ提出のレポート、手直し入して再提出だ。」
「…。」
「えー、橘さんかわいそーに。
あの研究レポートなかなかいい具合にすすまなかったもんね。」
「…そ、うだね。
私今から教授のとこ行ってアドバイス貰ってくるよ。」
お姫様に笑顔を崩さず私はなんとかその場を後にする事ができた。