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電子機械の夢の果て

作者: ちょめ介

性懲りもなく短編です。

どうしてか思いついたロボットが出てきます。


コンセプトはロボットと人間の二人旅。


2015/2/18 誤字修正


 [砂漠の大陸 荒廃の地]


 荒れ果てた大地を一台の車が走っていた。

 見渡す限りに何もない。所々僅かに枯れた雑草が残されている程度だ。

 あちこちに見える岩のような残骸は、かつて繁栄していた文明の名残だろう。


 時折、瓦礫を踏みつけたのかガタガタと車が揺れる。

 心地の悪い揺れだ、と彼女が思った。


 車からは音楽が聞こえる。生産されてから何年経ったかも分からない、骨董品のラジカセからだ。

 奏でられているのは、数世紀前に一世を風靡したクラシック音楽。

 タイトルは分からない。しかしそもそも、彼らにそれは必要が無かった。

 古き良きを惜しむ懐古主義でもない。大切なのは現在と未来だ。

 

 何度も聞かれ、擦り切れそうなカセットテープからは雑音も聞こえた。

 もはや引き手のないバイオリンの音色も、吹き手のないであろうトランペットの声色も。

 全てが過去に忘れられた残骸だ。 


「んで、次はどこに行くつもりだよ?」

「このまま数時間ほど走った場所へ。燃料と水の残りが僅かですし貴方にも休息が必要です」

「あ、そ。それじゃ着いたら起こして。寝てるから」

「間違いなく」


 どちらも素っ気なく。目を合わせる事もなく済ませた。


 シートを倒し、彼女が目を瞑る。

 強い日差しの中、もう数時間ほど走っただろうか。

 耳障りなクラシックが気に障る。

 元より静かな環境が好きな彼女だ。いつまで経っても慣れる事が無い。


 時折、僅かな浮遊感に襲われる。それが堪らなく、気持ちが悪かった。




―――




 [砂漠の大陸 夢の跡地]


 ―――バタム


 扉が閉まる音が、覚醒しつつある意識の中で聞こえた。

 着いたのか、と意識の片隅で思う。しかし自分から起きる事は無い。

 起こせと言い、彼はそれを了解したのだ。


「着きました。起きてください」

「…私はここで寝てる。アンタだけで行ってくれ」

「ワタクシはお金を持っていません。燃料や水を補給しなければなりません。起きてください」

「はぁ…融通の利かないヤツ…分かったよ」


 渋々と車を降り、グッと伸びをする。

 瓦礫を積み上げて作られたような粗末な塀がずっと向こうまで建てられていた。

 足元には僅かに白い線が見て取れる。この枠の中に駐車しろ、ということなのだろう。

 二人が乗ってきた車以外は見えないが。


「それで、ここは? そろそろ言ってくれてもいいんじゃないの?」

「そこに看板があります」


 そう言って指を差す彼。

 読め、ということなのだろう。

 視線を向ける片割れだが、そこに書いてある文字は読めなかった。

 長い年月が経っているのだろう。錆やら汚れやらで表面は汚れ塗装が剥がれ、その機能を失っていた。


「ァス、ヴェガ? 読めねーや」

「ワタクシのデータにはこの場所には大規模な賭博場があると」

「賭博ぅ? 何が楽しいんだか、あんなモノ」


 愚痴を零しつつも二人は街へと歩を進める。

 あんなガタガタな塀のくせに、道路の舗装は一丁前。

 外見に反して中身は至ってまともだった。


 さて、と彼女は辺りを見渡す。

 目的の物は確か燃料と水だったか。それとついでに宿が欲しい。

 しかしもう夕暮れが近い。

 あまり長居は出来ず、のんびりするつもりもない。


 些か思案していると、目の前に手を差し出した子どもがいた。

 擦り切れて穴が開いた服で靴は履いていない。

 スラムの子どもだろう。

 

「あんたら余所モンだろ! 案内してやるから金くれよ!」

「…なぁるほど。それじゃあ燃料売ってるトコと水売ってるトコ。それと宿」


 懐から札を一枚取出し、子どもに見せつけた。

 目を輝かせ手を伸ばすが、それが子どもの手に渡ることはない。

 彼女が意地悪するように持ち上げたからだ。


「先に金くれよ!」

「渡したらバックレるでしょ。先に案内して」


 舌打ちをし、渋々と案内を始める子ども。

 途中、荷物を持つとか薬を売るとかいった子どもが寄り付いてきたが、全て突っぱねた。


 十分ほど歩くと一軒の家―――看板には『OIL&WATER』と書いてある―――に着いた。


 [砂漠の大陸 夢の跡地 『OIL&WATER』前]


「ここだよ。早くっ!」

「ありがと。はい」


 地面に札を落とすとさっと拾い、あっという間に消えてしまった。


「ここが目的の場所ですか」

「そーだよ。入るぞ、心地のわりぃ場所だ」


 ガラスが張られた正面のドアには『CLOSE』の札がかかっていた。

 無視し、革手袋の嵌められた手でドアを開ける。

 薄暗い店内は小さい電球で照らされ、僅かに物が見える程度だった。


 [砂漠の大陸 夢の跡地 『OIL&WATER』店内]


「今日はもう店じまいだよ。また明日来ておくれ」

「悪いけど、明日の開店まで待ってる暇はないの。すぐ売って」


 鉄板と鉄条網で雁字搦めにされたカウンターの向こうから長い溜息が聞こえた。

 物々しい、と嘯く彼女。どうやら随分と治安の悪い街らしい。


 小さい鉄窓が開けられ、店主と思しき老人の顔が見えた。


「余所者かい、珍しい。こんな辺鄙な場所に」


 どうやら少しは話の分かる爺のようだ。

 少なくとも、人間を見る目はしている。


「ICは使える?」

「この辺りじゃあICは使えんよ。スラムのガキどもは喜んで飛びつくがね」


 予想通り。

 この前の町はICが大手を奮っていたのに、次の町ではそれが紙切れ同然になる。これまででも同様の事が何度かあった。

 あの子どもにICを渡して正解だった。


「ウチじゃあSで品を取り扱っとるよ。両替も出来る。ボッタクリだがね」


 タチの悪い笑みを浮かべてレート表を差し出してくる店主。

 1S=100000IC

 言ったように、確かにボッタクリだ。


「Sで払うわ。燃料70Lに水20L。宿は?」

「あいよ。燃料と水で合わせて24000Sだね。明日の朝には用意できてるよ。部屋は超高級スイートと雑魚部屋があるが?」

「安い方」

「そんじゃあ雑魚部屋だ。二人で1000Sでいいよ。シャワーは備え付けだから勝手に使ってくれ。夕飯と朝飯の用意はないから、外で適当に食うことだね」


 何枚かの札を釣り銭入れに置き、店主がそれを受け取った。


「おや? 少しばっかり多いようだが?」

「入り口に車あるから、持ってっといて。手間賃よ」

「へへ、わるいね」


 交換するように、店主が部屋の鍵と思しき物を置いた。


「部屋は二階だよ。ごゆっくり」


 それを言うとピシャリと小窓を閉めた。

 出来るだけ関わりたくないのだろう。


「行くぞ。とっとと汗を流したい」

「はい」


 階段を上り、部屋の鍵を開ける。


 [砂漠の大陸 夢の跡地 『OIL&WATER』777号室]


 扉を開けた途端に埃が舞った。

 きっと長い間掃除をしていないのだろう。息を止めて窓を開けた。

 冷たい風が入ってくる。砂埃も同時に入るが、先ほどよりはマシだろう。


「なんだよこれふざけてんの!? 雑魚部屋って言っても限度があるだろ!」


 彼女は荷物をベッドに投げ置き、浴室へ向かう。

 彼は静かにベッドへ座った。


 スプリングの弱い、廃棄物を利用したかのようなベッド。

 この店も廃材をかき集めて造った物のようで、あちらこちらから隙間風が入ってくる。


「バッカじゃねえの!」


 大声が聞こえてくる。

 彼女は浴室へ行ったはずだが、どうにも濡れた様子がない。

 気が変わったのだろうか、と彼は思う。


「シャワーを浴びたのでは?」

「コイン式! それも200Sで3分のボッタクリ! 燃料より高い!」


 余程頭に来たのだろう、彼女は服入れと思われるクローゼットを蹴り上げた。

 地団太を踏ながら上着と革手袋を投げ捨て、ベッドへ飛び乗る。

 

 ―――ボスン


 細かい埃が舞った。

 いかにも体に悪そうだ。


「寝る! 日が昇ったら起こして!」

「間違いなく」


 そして彼女は目をとじる。


 意識が落ちる直前。

 こう思った。

 

 静寂に満ちた砂漠。

 汚濁に塗れた住人。

 人間とは。

 かくも薄汚いものだ。




―――




 [砂漠の大陸 夢の跡地 『OIL&WATER』 777号室]


 彼は眠らない。

 眠る機能が実装されていない。


 彼はロボットだ。

 人間が改造されたわけではなく、一つの目的の為に製造されたロボットだった。

 それも、複数製造された内の一体。そしてその最後の一機だった。


 体表は人造皮膚で覆わている為、外見は人間と相違ない。

 しかしその中身は完全にかけ離れていた。

 脳髄は電子機械の塊。

 血液ではなく黒色の(オイル)が流れ、胴体の中にはエネルギーを生産する(リアクター)が存在していた。


 炉には僅かな水を補給すれば停止する事は無い。

 一度の補給で最大720時間活動することが可能だ。


 何故、その彼が人間である彼女と共に旅をしているのか。

 

 荒野の真ん中でヒッチハイクをしていた時、偶々通りかかったのが彼女の車だったのだ。

 それから四ヶ月と17日の間、共に旅をしている。


 どうして彼女が自分と共に居るのかは分からない。

 彼女が出て行け、と言えば従うつもりだった。


 彼は窓へ近づく。

 窓から見える景色は一面の砂漠と数々の建物。見える範囲だけで175はあるだろう。

 天蓋には蒼色の満月が浮かび、その白い屋根を色付けていた。


 彼は眠ることが出来ない。

 眠る彼女を見ている事しか出来ない。


 人はどうして眠るのか。自問自答をする。

 出てくる答えは当たり障りのない答え。正答だけ。


 夜が更ける。月が傾く。

 彼はそれをジッと見つめていた。

 太陽が昇る、その時が来るまで。




―――




 [砂漠の大陸 夢の跡地 『OIL&WATER』 777号室]




 日が昇った。

 漆黒が霧散し取り払われる。満ちていた静寂が薄れていく。

 新しい一日が始まった。

 

「日が昇りました」

「あ、あー…朝か…」


 掛けていた薄い毛布を剥ぎ取り、一つ大きな欠伸をする彼女。立ち上がり、伸びをした

 再び欠伸をしながら、ポケットから出した容器から白い錠剤を取り出す。


「以前から貴方は度々食べていますがそれはなんなのですか」

「ラムネ」


 無愛想に返答し、白いそれを口に含む。彼女の口からはボリボリと噛み砕く音が聞こえてきた。

 彼女の言ったその言葉を検索する彼。

 数瞬後、その答えが出た。


「ラムネ―――デンプン・ブドウ糖・クエン酸を混合し焼成した菓子―――幼い子どもが食べる菓子ですが」

「なんだよ。文句あっか」

「いいえ全く」


 枕元の革手袋を拾い、再度装着する。

 上着も手早く着込み、部屋の扉を開けた。

 

「んじゃ、行くぞ。あの爺、昨日の件済ませてりゃいいが…」


 [砂漠の大陸 夢の跡地 『OIL&WATER』店内]


 階段を降りている時、彼が彼女に声をかけた。


「魘されていたようですが」

「ん、あー…? 夢見が悪くてな。最悪だ…」


 そう言う彼女の眼の下には、薄らと黒いクマが出来ていた。

 日が昇る一時間ほど前だろうか。寝ていた彼女が低い呻き声を上げていたのだ。

 何事かと首を傾げた彼だったが、数分でそれも治まった。


 彼は首を傾げる。夢見とはなんなのだろう? と。


「夢見とはなんなのでしょう」

「…アンタは眠らないんだっけ。悪夢を見るってことだ。言葉通り、悪い夢」


 ウンザリとした顔で言う彼女。続けて言う。


「こういう時はアンタが羨ましい。糞みたいな夢を見ずに済むしな」

「ワタクシは夢という物が分かりません。 


 昨日と変わらず、鉄条網と鉄板が打ち付けられたカウンターだ。

 

「店主。鍵、返しに来たわ」


 そう言うと、鉄板の小窓が開く。

 昨日と変わらずに皺だらけの小汚い老人だ。

 いや、明るい分だけ皺が目立つ。ようは爺だ。

 

「おーおー、昨日は薄暗くて分からんかったが、中々どうして別嬪じゃないか。どうだい? コレ(・・)になれば良い声で鳴かせてやるよ」


 そう言いながら小指を立てる糞爺。

 内心、くたばれと中指を立てる彼女。


「遠慮しとくわ。興味ないし」

「そうかい。ゲッヘヘ、連れの男に鳴かされてるのかい」


 無言で鍵を叩きつけ、これまた無言で扉を開けて店を出る彼女。

 その後ろを、首を傾げた彼が無言で着いていった。


「エヒャヒャヒャヒャ! 燃料と水は運んどいたよ! 良い旅を!」


 [砂漠の大陸 夢の跡地]


 店主の糞爺が言った通り、車の脇にはジェリカンが四つ置かれている。

 夜露を防ぐためかブルーシートが掛けられていた。

 一つには黒い塗料で『water』の汚い文字が、残りの三つには白い塗料で『oil』と汚い文字が。


 給油口を捻り開け、トランクから持ち出した漏斗を突っ込む。

 違かったらぶち殺す、と思いながら『oil』のジェリカンを持ち上げ、ドポドポと注ぎ込む。

 ドックンドッコンと豪快な音を立て、軽々一缶の燃料が呑み込まれた。

 二缶目のジェリカンの半分程度が入っただろうか。適当に当たりを付けて注ぎを止める。


 運転席のガスメーターを確認すると、針が『F』を指している。零れた様子もない。

 内心、やったと思いつつ、助手席のドアを開ける。


「燃料入ったぜ!」


 ジェリカンからアルミのコップに移した水を飲んでいた彼に声をかける。今の所、彼女が運転する予定はない。

 それがこの旅のルールの一つでもあった。


『目的地に着くまでの運転は提案した者が行う』


 円滑に旅を進める為でもあり、彼女が楽をする為でもある。

 彼女に明確な目的地はない。彼女は『旅』を楽しんでいるだけなのだ。

 彼を乗せるまでは独りで運転をしていたが、彼がいる間は彼の目的地へ付き合うことにしたのだ。


「んで、どっちに行く?」

「西へ。海を越えるつもりです」

「海、か。船が必要だな。大き目のドッグがありゃあいいが。ヘタすりゃあ長く足止めか」

「大丈夫です。当てがあるので」

「へえ、そりゃあいい」


 キーが差され、エンジンが掛けられた。

 エンジンの振動で車体が揺れる。この瞬間がたまらない。


 今から走り出す。今から『旅』が始まるのだと。


 ガチリとラジカセの再生ボタンが押される。押したのは彼だ。

 奏でられるのは数世紀前に流行った楽曲。ピアノの独奏が美しい、彼女の好む曲だった。


 彼ら、彼女らの『旅』は、まだ続く。

 果てない、夢の終りまで。

以下、登場用語について

・砂漠の大陸

 大陸の殆どが砂漠に覆われた広大な大地。

 大戦争の名残か、あちこちには瓦礫と思しき残骸が転がっている。

 かつては『合衆国』と呼ばれた国があったらしい。


・夢の跡地

 北緯36°13′2″ 西経117°3′16″付近に位置する街。

 道中の看板は錆びついて塗装が剥がれ機能を果たしておらず、読む者もいないが『彼女』は「ァス、ヴェガ」と読んだ。『彼』曰く、大規模な賭博場があるらしい。

 街で唯一の燃料販売店『OIL&WATER』があり、こちらは良心的な価格設定、ただしIC=Sの交換レートはぼったくり。副業として宿屋もやっている。

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