第一章 三話c
「おそいわよ! いつまで私をひとりにしておくつもり!」
扉に取り付けた鈴が鳴ると、アヴェニールが文句を叩きつける。
「すまない。トールが殺人蜂に襲われた」
「そんな!」
突然の凶報にアヴェニールが蒼白になる。『殺人』という不穏当な単語が彼女の心をかき乱した。
「それでトールは! 生きてるの!?」
アヴェニールの不安を解消しようと、スミが言葉をかけるよりも罵声が先に響く。
「馬鹿野郎、不吉なことを言ってんじゃねー。オデ様が蜂ごときに殺されるかっつーの!」
井戸の水で傷を冷やしたトールが遅れて部屋に入ってくる。傷はすでに塞がっているものの、服は穴だらけのままで、刺された箇所も膨らんでいる。
「だいぶ苦戦をしたようだがな」
トールの様子をみたスミが苦笑し、そうつけくわえる。
「そう……よかった」
「よくあるかい、オデ様のキュートなおケツが、おまえのおっぱいみたく腫れ上がっちまったじゃねーか。どうすんだ、こんなにセクシーになったらスミに狙われちまうじゃねーか」
「誰が狙うものか」
トールの腫れたままの尻をスミが角で突き上げる。
「ズギュアン! そこはらめ~敏感なのぉ~!」
殺人蜂の毒が抜けきらぬ尻を抱えながら悶えるトール。
「……ごめんなさい」
そんなトールの言いがかりに、アヴェニールは素直に頭を下げた。
「どうした、ずいぶんとしおらしいな。今朝の威勢は何処へ行った? 別に殺人蜂に襲われたのはトールの不注意が招いたことだ、きみが気に病むことはないぞ」
「いーやこいつのせいだね。俺はそいつを拾ってから、三回も死にそうな目にあった。岩鬼人の回復力がなけりゃまちがいなく死んでたぞ!」
それを聞いたアヴェニールの目尻に涙が浮かぶ。
「トール言い過ぎだ」
「いいやまだ言い足りないくらいだね。そいつは疫病神、いや死神だ! 出会っただけで相手を殺せるなんてびっくりだな。暗殺者いらずだぜ。おまえ、街に戻ったら仕事変えたほうがいいぞ」
「ごめんなさい。私が来たばっかりに、迷惑をかけて……」
アヴェニールはその場に泣き崩れてしまう。
その姿にさすがのトールも言い過ぎたかとバツが悪そうに暴言を止める。
「おい、いったいどうしたっていうんだ。いつもの小生意気な口は今日は休みか?」
「黙っててごめんなさい、私に触れた人は不幸な目に遭うの。ふたりなら人間じゃないからひょっとして、って思ったけどやっぱりダメだったみたい」
アヴェニールは涙をこぼしながら、自らの秘密を告白する。
「そんなに思い病む必要はない。私の身には何も起こってはいないし、事故もトールの行いの悪さが祟っただけだ。むしろ、私は久しぶり大笑いをさせてもらって感謝してるくらいだ」
「それはまだスミさんは私に触ってないから。でもトールは何度も私に触れたから」
そう言って、アヴェニールは涙をぬぐい決意する。
「ごめんなさい、やっぱり私、ここを出ていきます」