第一章 三話a
「昨日はごめんなさい。その…変なことしちゃって」
しおらしくアヴェニールがトールに謝る。
昨晩、変身した際に服が破れてしまい、今はスミの持ってきた男物のシャツを着ている。解けてしまった髪はまとめなおせる者がいないため、首の後ろで簡単に縛っただけである。
「ゴメンですむかバカヤロー。こちとら危うく死ぬとこだったんだぞ」
昨晩、トールは締め付けられ骨を砕かれた上に、彼女の変身が解けるまで締め続けられたのだ。傷は岩鬼人の高い回復力ですでに癒えているが、怒りは収まっていない。
「そろそろ許してやれ、彼女も謝ってるじゃないか」
「いやだね、おまえもいっぺん殺されかけてみろ!」
怒りの矛先がスミへと飛び火する。
「うるさいわね、いつまでも。ちゃんと謝ってるでしょ。男のクセに、過ぎたことをグジグジと! だいたいあんたが用意したもので、あんたが被害を受けたのに、なんであたしが下手にしてなきゃなんないのよ!」
「なんだとこいつ、素直に謝れば一〇揉みくらいで許してやろうと思ったのに、もう一〇〇揉みするまでゆるさなねーからな」
トールがアヴェニールの腕を掴み、身体を引き寄せる。
「痛い。離してよ、死ぬわよ!」
「腕掴んだくらいで死ぬか馬鹿タレ!」
「あたしがじゃないわ、あんたが死ぬのよ!」
「なんでオデ様が死ななきゃなんねーんだ!」
「その手を離さないと、絶対後悔するんだから!」
「減らず口を!」
「ふたりとも止めろ、お互いに言いすぎだ」
怒鳴りあうふたりをスミが仲裁する。
「「ふん!」」
スミは反目するふたりを見ながらも、「意外と気はあっているのかもしれん」という感想を抱いた。
「おいスミ、そろそろいくぞ」
「ああ、わかった。アヴェニール、我々はしばらく戻れんが、きみはここで待っていてくれ。ここにいれば普通の魔物が近寄ってくることはまずない」
まだ怒りの冷めぬトールがスミを呼び、屋敷から出て行こうとする。アヴェニールを屋敷に残したままスミも後に続く。
「ちょっとふたりでどこへ行くのよ」
「森の見回りだ。ここはいくつもの国と隣接している。例えここが呪われた地であろうと、領土を拡大しようと企む愚か者はいるのだよ」
「そいつらから、オデ様の国を守るための見回りだ」
「トールの国?」
「オデ様がこの地の王様だ」
「民と呼べるような者はいないがな」
スミが話の腰を折る。
「うるさい、民なんていなくても、ここがオデ様の支配地であることには変わんねーんだ」
「それってなんだか裸の王様みたい」
トールの腹の出た恰好をみて、スミが小さく吹き出す。
「なんだと!」
「トール、いくぞ」
ケンカ腰になったトールだが、スミに呼ばれ背を向ける。
「……気をつけることね」
二人を送り出すアヴェニールが口にしたのは、決して呪いの言葉ではなかった。