エピローグb
「ねぇ、お兄ちゃん、早くいこうよ」
ハズーの新王との謁見をすませたスミの服の裾を掴み、ピキが急かす。
その姿はもう幼い少女のものではなかった。それどころか人間ですらない。他者に見られ、騒ぎにならぬようにフードで隠しているが、その顔は豚に酷似している。
それは豚鬼人だった。体内に大量の魔力を受け入れたせいで、一〇〇年前のトールと同じように魔物へと変貌したのだ。
スミがレーヴェスト同様に、魔力を散らし人間へと戻そうとしたが、それを少年は自分の意思で拒んだ。
「ピキ、人間にはなりたくないの」
よほどの人間不信を抱えているのだろう。魔女であった少年はそう言って譲らなかった。
「それに豚鬼人なら、また魔法を使えるようになるかもしれないし」
魔法がとても好きなのだろう。そう言って楽しそうに笑う。豚鬼人は基本的に魔法を使えない種族であるが、まれに豚魔法使いと呼ばれる魔法を使える者もあらわれる。ピキの体内には魔力が残っているので、期待は十分にもてた。
「そうだな、そろそろ|灰色の森に戻るか」
ピキの頭をスミが軽くなでる。
「で、貴様はいったいつまでそうやってるつもりだ?」
城の堀の側でぼーっとしているトールに声をかける。岩鬼人の姿では、街の人間に見られると騒ぎになるため、鼻に埋め込んだままの魔具で昔のドロスの姿を利用している。
トールはアヴェニールが死んだ日から、ずっとこんな調子だった。
現実を認識しながらも、どこかそれを受け入れられないような状態。
ときどき「おっぱいおっぱい」と、手をわきわきと動かしながら夢心地に呟いている。
そんな姿のトールになにか言ってやろうとするが、先に発せられた声がそれを阻んだ。




