第三章 最終話
トールは床に落ちた魔具を手にとる。それは死竜の身体に穴をあけた魔弓銃と転移弾であった。転移弾を魔弓銃へとはめ込み、逆さにもち胸にあてる。
自らの死を前にトールの身体が緊張する。
「(できるできるできる)」
そう暗示をかけるが、引き金にかけた指は動かない。
「オデ様はアヴェニールを助けるんだ!」
決意を言葉にして出すが、それでも指は固まったままだった。
「助ける助ける助ける。国の民に宣言したんだ、奪われたものを取り戻して凱旋をすると! オデ様はやる!!」
そして指が動いた。
魔弓銃から魔弾が発射されると、強い衝撃と共にトールの身体に大きな穴が広がる。
心臓を中心とし、大きく穿たれた穴は巨体の向こうが覗けてみえた。
心臓を失ったことで血の巡りが止まる。脳への血液も止まり意識が曖昧になる。それでも激痛だけは身体を駆け抜けた。
「(いでえ、いでえ。早く、早く死ね俺の身体。そして…復活するんだ……)」
だがそこで予想外のことがおきた。心臓という最重要器官を失ったにも関わらず、トールの身体はまるまるその部分を再生させたのだ。
これには流石のトールも驚いた。
「ばっ、ばかな。心臓が再生しただと!?」
今度は目に入った呪いの剣を手にする。アヴェニールを死の淵に追いやった忌まわしき魔具だが、いまは回復を阻むその能力が頼りだ。
喉に剣を突き立て倒れ込むが、ヒビの入った剣はトールの身体に傷をつけることなく砕けちった。
「畜生!」
残された剣の柄を床にたたきつける。
「他には、他にはなにかないか!」
並べられた魔具にまざり置かれていた小瓶を手に取ると、そのなかに封じられていた魔毒を喉に流し込む。
だが、激痛に襲われ、その身体を不気味な紫に変色させながらも耐えきってしまう。
「畜生、それなら!」
続いて、城に建てられた最も高い塔へとよじ登ると、そこから頭から飛び降りた。
頭蓋骨が砕け、中らから潰れた脳が飛び出してなお、トールの肉体は再生を始めた。
その回復力は岩鬼人という種の限界をはるかに超越している。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! オデ様よ死ね!!」
魔具を駆使して、どれほど肉体を傷つけても、トールの肉体はいつまでも死に至らなかった。
城中を血の海にし、身体中の肉片のすべてを新しいものに置き換わるほど傷つけても、なおトールの肉体は死を迎えることはない。
「死なない……死ねない……オデ様はもう死ぬことすらできないのか……」
そこでトールは今まで以上に己の過去を悔やんだ。
禁忌の魔術に手をだしたことを。
自らの欲望の代償に、恐るべき魔力を手に入れたことを。
「ほわぁ、ほわぁ、ほわぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ――――――!!!」
城下町にまで響くほどの声で吠える。
「頼むスミ、殺してくれ。おまえの聖剣なら、オデ様を殺せるはずだ。頼む」
「無駄だ。もう遅すぎる」
スミ首をふり、トールの要求を断る。
「そんなことはない!」
「見ろもう月が昇っている。おまえの魔力は昼以上に強くなる。昼に死ねなかったおまえが、夜に死ねるはずもない」
薄暗くなった空を指さす。
「そんなことで諦められるか!」
「それに彼女の姿を見てみろ」
アヴェニールの鼓動は完全に停止していた。
すでに流れ出る血液は残っておらず、わずかな温もりすらも失われていた。
「だが、だが、だが、だが!」
少女の身体を抱き起こし、温めようと必死にこする。それでも温もりは戻ることなく、その身体はなんの反応も示さなかった。
「あきらめろ。彼女はもう助からない。いかなる術式を用いようと、一度死んだ人間が甦ることは決してないんだ!」
そこでトールは力なく崩れ落ちた。
「はわひゃひゃらりら……」
その口から意思の籠もらない言葉がこぼれ落ち、目からは暮雨だのごとく涙を流すだけであった。




