第三章 四話b
トールを狙い突き出されたレーヴェストの剣は、アヴェニールの胸を背後から貫いた。しかし、折れた剣先ではトールの身体を貫くには至らなかった。
「王が、王がいなければこの国は……。兄様もいないのに、いったい私は誰の指示に従えば……」
虚ろな瞳で支えを失ったレーヴェストが呟く。
国を守るために必死で働いていたレーヴェストであるが、自ら率先して動き、民の命を背負うには鍛錬がたりない。その心の弱さが彼女を暴走へと導いたのだ。
「おまえがいなければぁぁぁ!!」
王の死はトールのせいであると、再びトールに斬りかかろうとするレーヴェスト。その身体を鎧姿のスミが押さえつける。
「くっ、なぜこんなことに」
「神具だ……神具がなくなったせいで、これまでアヴェニールが大量に抱え込んでた魔力が拡散しちまったんだ。そのせいでこれまでこいつを守ってた強運も……」
トールが茫然としながらも状況を分析する。彼女は目の見える世界と引き替えに、それまで身を守っていた強運を失ったのだと。
「まだ、間に合う早く治療を!」
スミが一角獣に変身する。そしてアヴェニールの傷を癒やすため治癒魔法を発動させる。
「なんて、馬鹿なことをするんだよぉ。こんな折れた剣、オデ様なら斬られても平気だったのに……」
「ごめんなさい」
口から血をこぼしながら謝る。
「喋るなアヴェニール」
「スミさんもごめんなさい。いろいろ手間ばっかりかけさせちゃって。目が見えるようになっても迷惑かけっぱなしね。あたしったら」
「そんなこと気にすんな、すぐに身体で払ってもらう。めいいっぱい利子付けて永遠に払い続けて貰う。だから死ぬな」
「あはっ、それってプロポーズ? トールらしー……でもちょっとロマンチックさに欠けるか…な」
スミが懸命に治癒魔法を使うが一向に傷は塞がらない。
「くそっ、剣の呪いか。すでに魔力を使いすぎて出力が足りん。呪いを上回るだけの力が必要だ」
そうしている間にもアヴェニールの小さな身体からは血がどんどん流れ落ちていく。
「魔具、魔具を」
慌ててズボンにしまわれた魔具の数々を取り出す。
しかし、自己再生が出来るせいで、回復の魔具を用意してはなかった。いざとなればスミの魔法もあると用意を怠ったのだ。
「邪魔になってごめんね」
「邪魔じゃない。おまえのおかげで、オデ様はあの陰気な森から出てこられたんだ」
光を得たハズの少女の瞳が、再び闇に犯されていく。
「楽しかった…わ……」
「そんな、最後みたいなこと言うんじゃない」
「あなたの顔も見られたし、思い残すこと…は……」
「黙ってろ」
やがてアヴェニールから流れ出す血の流れは止まった。彼女にはもう流す血も言葉も残されていなかった。
「……もうダメだ」
スミが奥歯を噛みしめる。
「ダメってなんだ、なんとかなるだろ。いやなんとかするんだ。血くらいなくったって補充してやる。身体が冷たくなったならオデ様が温めてやる」
あたりに散らかした魔具を睨みつけアヴェニールを救う方法を検証する。
「(何か手があるはずだ、何か)」
焦げ付くほど脳を回転させる。
スミの魔法は効かなかった。
今のトールには魔法はおろか魔術すら扱えない。
「(それでもなにか手があるはずだ。考えろ、応えを導き出せオデ様の頭)」
そして、トールは並べた魔具の中にひとつの可能性をみつけた。それは魔物化する以前のトールを写した魔石だった。
「(あった、これなら……)」
だがそれはトールが禁忌とした唯一の手段だった。




