第三章 四話a
「ふぅ、横やりに自滅とは、まったしまらねーオチがついたもんだぜ」
トールはズボンについたホコリを払うと、アヴェニールのもとへと歩いて行く。
「またせたな。アヴェニール」
トールはアヴェニールの身体を抱き起こす。すると、意識を取り戻したアヴェニールがうっすらと目を開こうとした。
「……トール?」
だんだんとに開かれる目が、魔物であるトールに焦点を合わせる。
「おっ、おまっ……目が!? 目が見っ、見えるのか!?」
開かれた赤色の瞳に、醜い岩鬼人の姿が映しだされようとしていることに動揺する。
「まだ、あんまり…でもだんだん見えるようになってきたわ」
長年願った自分の目が開かれようとしている。そのことにアヴェニールは喜色を示した。
だが、トールはアヴェニールを拒み、その身体から手を離した。
「見るなぁ!」
「どうしたの?」
トールの突然の拒絶にアヴェニールが茫然とする。
「見ないでくれ、お願いだ」
頭を抱えその場にうずくまるが、トールはその場から逃げ出すこともできない。
脳内に街で彼を見下した女たちの目と言葉がよぎる。
そんなトールに、完全に目が見えるようになったアヴェニールがぽつりと漏らす。
「うわっ、醜い」
「うぎゃー」
その言葉にトールの心は破裂しそうになった。
「醜いってこういう時に使う言葉でいいのよね? あたしはじめて使うわ。醜い醜い醜い」
「やめてくれ、見るなー、見ないでくれー」
トールは狂乱しながらも、その脳にある作戦を甦えらせていた。『外見が悪いなら、相手の目を潰してしまえ』と。
顔をあげアヴェニールをみるトール。
アヴェニールは微笑みを浮かべたままだった。その瞳はしっかりと彼に向けられている。
アヴェニールに向かい、震える手を伸ばそうとするトールであったが、彼女は微笑みながらにこう言った。
「なーんて、冗談よ」
「へっ」
「生憎と、私には人の外見の善し悪しがわからないのよ」
アヴェニールの声が冗談めかしたものへと変わる。
「ほんとうか?」
「うっそっ♪」
「ぎゃー!」
「でもね、見た目なんて関係ない。トールはとっても優しいもの」
「ほんとうか?」
「うっそっ♪」
「ぎゃー!」
繰り返し浮き沈みするトールの姿を見て、アヴェニールはご満悦といった表情だ。
「あははっ、嘘って楽しいね。なんだか胸のつかえが取れて解放された~感じ」
「おまえ、まじ性格変わったな。デレたんじゃなくて、性格変更だよ」
両手を組み、背伸びをするアヴェニールにトールがしみじみと呟く。
「あたしの方も、いろいろあったのよ。だからもっと明るくなろうかなって。それで、トールを参考にしてみたんだけど変?」
「俺ってそんな性格なのか?」
その性格に自分が影響していると思うと、複雑なトールだった。
「んじゃ、帰りましょうか」
「帰るって、どこへだ?」
まだおぼつかない足取りのアヴェニールを支え、トールが尋ねる。
「もちろん森よ森、灰色の森。お父様にもあたしが無事であることは報告したいけれど、まずはもう少しゆっくりしてからね。目もならしたいし、ほかにもしたいことはたくさんあるから。『真実の口』っていうの? どうせそれはもう私の中にはないんだし、帰ってもお仕事の役には立てないわ。だからもうすこし遊んでいくの」
「遊んでくっておまえ……」
「悪い?」
アヴェニールがトールに顔を近づけ微笑む。その笑みは無邪気のようでいて、抗いがたい力をもっていた。
「いや、そんなことはねーけどよぉ」
「そうだ、実家への挨拶はちゃんと来てくれるわよね? 私の王子さま。いえ王様かしら?」
「いやー、それは……ちょっとなぁ」
突然の展開にトールは動揺する。魔物になり一〇〇年の時を生きた彼だが、その間にも、前にも結婚などを考えたことはなかった。
「んっまぁ、いいか。んじゃ、アヴェニールも取り返したし凱旋だ!」
アヴェニールの身体を抱きかかえるトール。その身体に触れてももう不幸は訪れない。
「やれやれ」
仲むつまじいふたりの姿にスミが目をそらす。
「そうだ、途中でちゃんとペンダントも直してきてやったんだ。いま付けてやるぜ」
アヴェニールを一度その場に降ろすと、トールはズボンの中をあさる。しかし、ペンダントがなかなか見つからない。
「あれ、村で直したあと、たしかに受け取ったんだけどなあ……どこ入れたっけ?」
そんなトールの背に、不意にアヴェニールが抱きついた。
「なんだよ。おっぱいならあとで好きなだけもんでやるぞ」
照れ笑いをしながら言うトール。
「トール……ごめん。やっぱり灰色の森には帰れそうにないかも」
アヴェニールの口から一筋の血が流れる。
彼女の背後には折れた剣を握りしめたレーヴェストの姿があった。




