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嘘斬り姫と不死の怪物  作者: Hiro
嘘斬り姫
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第一章 二話b

「……ちょっとトール。ここって暖炉とかないの?」

 湿ったままの服の上から身体をさすり、アヴェニールが尋ねる。

「暖炉はあるが薪がねー。火を点ける魔具もあるが、燃料もなしに燃え続ける魔具はねえ。ここじゃこんくらいの温度は当たり前だし、別にオデ様やスミにゃ問題ねーからな」

 背の高い灰色の木々に囲まれた森では太陽の恵みが薄く、気温も他の地域よりもずっと低い。それは濡れた少女の身体に少しづつ負担をかけていく。

「そう……馬鹿は風邪ひかないのね」

「誰が馬鹿だこのおっぱい娘!」

「誰がおっぱい娘よ、このヘンタイ岩鬼人!」

 自分へ悪口を言い返すと、アヴェニールは薪がないことには触れず黙って寒さに耐える。閉じられた小粒な唇が震え、青くなっていた。

「ちっ、しゃーねーなぁ」

 みかねたトールはズボンの中に手を入れると、じゃらじゃらと魔具をあさる。

「おっ、これは……」

 都合のよい魔具をみつけ取り出すと、それは指輪の形をしていた。

「ちょいと手を出してみな。別に変なことしねーから」

 嘘がないと感じたアヴェニールは「あんまりさわらないで」と言いながらも手を差し出した。それが左だったのは、杖を振り回したときに右手を痛めていたからである。

 トールはその手をとり、いたずら心から薬指へと指輪をはめる。しかし、アヴェニールは婚約の証しとしての指輪の意味を知らないらしく、そこにはなんの感想も示さなかった。

 ただ、不思議そうに手に付けられたものを確認すると「指輪?」と尋ねる。

「『混沌の化身(カオス・チェンジ)』っつうんだ。それをかざして命令語コマンド・ワード……つまり合い言葉を唱えると変身ができる。それで濡れたままでも風邪をひかないようなモンに変身すればいい」

「私にも魔法が使えるの?」

 驚くアヴェニールの言葉をトールが訂正する。

「魔法じゃない魔術だ。魔物が体内に宿った魔力で引き起こす現象が魔法で、人間が少ない魔力で魔法を真似たものが魔術。魔法は体質であり先天的な能力だが、魔術は人間の扱う技術。力の根元は一緒でも、扱い方がまるでちがう」

「……ようするに魔力が布地で、それをそのまま巻きつけて寒さをしのぐのが魔法。服に加工して着るのが魔術ってこと? 使ってる布の厚みが違うから、魔法ならそのまま巻いても温かい…みたいな?」

 アヴェニールは少し考えてから、トールの説明を自らの言葉で確認する。

「なかなか物わかりがいいな、だいたいそんな感じだ。でもって、その指輪には魔術が封じてある。全ての魔具は魔術の産物だ。魔物は道具なんて作らないからな」

 では、この指輪は誰が作ったのか。疑問には思ったが、特にアヴェニールはそれを口にださなかった。

「どっちにしてもすごいじゃない。それで何に変身できるの?」

 はじめて手にした魔具に、歳相応の好奇心で舞い上がる。だが、トールの回答は彼女の気分に水を差した。

「わかんね」

「…………」

 わずかに上がったトールの評価が、すぐに落ちたことを沈黙が語っている。

「いや、思いつきで一〇八の化身になれる魔術を込めたまでは良かったんだけどよう、どの姿に変身できるか選べないんだ。情報を詰め込むのにやっきになって、機能がおざなりになったっつうか、なんつうか……」

「これ、使っても大丈夫なの?」

 慌てて弁解するトールに冷ややかな声で尋ねる。

「多分な。変身はするもんはランダムだ。怖いならやめとけ。

 まぁ、オデ様はそのままおまえが風邪ひいたってかまわないしな。そんときは人肌ならぬ岩肌で温めてやるから期待してろ」

「……命令語は?」

 どちらがより悪い未来か天秤にかけたアヴェニールは、挑戦する方を選んだ。

「『イケメンのトール様超愛してる、抱いて~』だ」

ダウト

 トールの口にした嘘を即座に斬り捨てる。

「ちっ、バレたか。カラカイがいのないヤツめ」

「で、本当の命令語は?」

「『トール様は世界一』だ」

「……嘘じゃないのね」

 トールの示した命令語にアヴェニールは自分の能力を疑う。

 頭が痛む気がした。しかし、それでも彼女は指輪にむかい命令語を唱える。

「『トール様は世界一』の阿呆」

「なんだとこのやろう」

 アヴェニールが命令語を唱えると、その身体が薄い光に包まれる。

 すると変貌が始まり少女の身体は、身につけた服を破り、たちまち大きな蛇へと変わっていった。それもトールの巨体を見下ろすほどの巨大さだ。

「よくわからないけど、ちゃんと変わったみたいね。手足の感覚が変だわ。でも、ちゃんと動けるし、寒くもないみたい」

 細い下をチロチロと覗かせながら感想を口にする。

「よりにもよって、こんな馬鹿デカい蛇になりやがって」

「そう、蛇になったのね。蛇って手足がないのよね? なんだか不思議な感じだわ」

「そういえば目はどうだ、見えるか? 変身した動物の能力を使えるようになってるハズなんだが」

「駄目、見えないままね。でも、なんとなくトールの居場所がわかるわ。なんだかあんたのいる場所だけ暖かい感じがする。これは見えるっていうのとは違うのよね?」

 そう言って、床を這いトールに近づく。

「あー、ピット器官か。蛇にゃ、視力が弱い代わりに熱を感知して獲物を追いかけるのがいるんだ。その能力が効いてるんだろうな」

「そうなんだ。じゃ、いまはトールが獲物なわけね」

「不吉なことを言うな。あとその姿ですり寄るんじゃない」

 身体にまとわりつくアヴェニールからトールは逃げようとする。

「いいじゃない少しくらい。それよりトールって意外と小さいのね」

「男に小さいっていうな、傷つくだろ。っつうか、俺が小さいんじゃなくて、おまえが巨大化したんだ。変身前はおっぱいと態度意外はちっこかったクセに生意気だぞ」

「うっさい!

 そういえばあんた私の胸に執着してたわね。そんなに好きなの? その……女の人の胸が」

「おっ、オデ様におっぱいを献上する気になったか?」

「んなわけあるかスケベ、チカン、ヘンタイ!」

 そう言いながらもトールにまとわりつくのを止めない。

「ちょっと聞きたいんだけど、私の胸って……そんなに大きいの? ほら、私って他の人と比べられないから」

「大きい。しかも形もいい。身体がちっこいクセにそこだけずば抜けて大きいもんだから、実際のサイズ以上に存在感がある。まさに奇跡のひと品だ。世界中をかけまわったオデ様でもこれほどの名品にお目にかかったことはそうはない。まず世界の名おっぱいベスト3には入るだろう。なんならオデ様の名で認定書を作ってやってもいいくらいだ」

「別にあんなの重いだけなんだけどね」

 変身により重みから解放され、清々したと言わんばかりだ。

「どうでもいいが、あんまり力をいれるな、マジで痛い。つうか、いま肋骨がピキッって言ったぞ!」

「なんだかこうしてると落ち着くわ。卵でも抱いてるみたい」

 巨大な蛇と化したアヴェニールは、トグロを撒くようにトールを抱えて締め付ける。

「わかったから力を緩めろ。俺が卵だったら、もうグチャグチャで大惨……っていまバキッっててててぇ!」

「ウルサイ! すこしは静かにしてよ。色々ありすぎてあたし疲れてるんだから」

「わかった、わかったからまず変身を解け。指輪を外せば戻れるか……らうらりらぁー!」

「手がない……自分じゃ取れない。トールが…外し…て……Zzz…………」

 トールはアヴェニールの尻尾の先についた指輪をみつけるが、アヴェニールをふりほどけなかった。

「おい寝るな……死ぬ…ぞ……オデ様が…………」

 その後、着替えを見つけたスミが部屋に戻ったときには、裸で眠るアヴェニールと白目をむいたトールが床で転がっていた。

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