第三章 一話b
「あいたた、何があったんだ」
「何やら罠にかかったようだな。先程と場所が違うようだ。天井が高い」
スミが手にしたたいまつを掲げ、あたりを照らし確認する。一方には大きな壁、もう一方には終わりがわからないほどの空間が広がっている。
「おい、チビっこ。ここはどこだ?」
尋ねるトールに返事はなかった。
「どうやらピキは罠を回避できたようだな」
ピキがいないことを確認すると、スミがそういう。
「ちっ、役に立たねー」
「通常の空間ではないようだが……調べてみるか」
トールにたいまつを渡すと、スミは一角獣へと戻る。トールもどうせ見る者はいないのだと、陰気なおっさんの姿から岩鬼人へと戻った。
スミは壁のない方向へ魔力を波動として打ち出す。魔力がぶつかったさいの反響で広さを測ろうとしたのだ。しかし、反響はいつまでたっても返ってこなかった。
「魔力で作られた空間のようだが、かなりの広さだな」
「魔術か? それとも魔法か?」
あたりを見渡しながら、トールが尋ねる。
「おそらく魔術だろうが確信は持てん。ただの魔術にしては強力な魔力が使われているが、魔法にしては呼ぶには力の使い方が繊細だ」
「なるほど」
スミの鑑定にトールが納得する。すると、その背後ろから重い声が響く。
「こんなところに客人とは珍しいね」
そこにはトールですら見上げるような巨人が、壁に張りつけにされていた。
褐色の身体に、魔術文字の刻まれた杭を無数に打たれ、両目は目隠しで封じられている。
「おお、巨人か。はじめてみるぜ」
「残念だけれど、僕はこうみえて人間だよ。元とつけたほうがいいかもしれないけれどね」
感心するトールの言葉を巨人は否定する。低く恐ろしげな声とは裏腹に、その口調は軽いものだった。
「まさか?」
魔物に変わった人間。その例をトールもスミもよく知っている。
「集めた魔力を注入する実験をされてね。ある程度の魔力を集めることには成功したんだけどね。身体に蓄えた魔力の影響でこんな姿に変わってしまったんだよ」
「そんでもって魔力の供給源として確保されつつ、この空間に封じられていると。目は魔力の浪費を抑えるために塞がれてんだろ」
トールが巨人の素性を見透かすように付け加える。
「ご明察の通り。よくわかったね、きみは魔術師かい?」
「元だけどな」
先程の巨人の言葉にあわせるように応える。
「それにしても随分と友好的な守護者だな。我々はこれでも侵入者なのだがな」
「そんな命令を素直に聞くようなら、僕は壁に封じられちゃいないんじゃないかな」
スミの言葉に巨人が答える。
「てっきり、守護者が待ち伏せでもしてるかと思ったんだが、とんだ肩すかしだ」
「初めての客人だし、持てなしたいところだけれど、この有様だから勘弁してね」
「気にすんな、オデ様たちも長居する気はねぇ」
そう話しつつ、あたりの様子を再び確認し出口を探す。
「できれば帰る前にちょっと話を聞いていってくれないかな?」
そっけないトールを巨人は雑談にでも誘うように話しかける。
「断る。オデ様は一刻も早く奪われしおっぱいを取り戻し、ひたすらもみまくるという責務が待っているんだ」
「それはたしかに重大なことだ。でも、ここからは普通の方法じゃ出られないと思うよ」
「ならば、話を聞けばここからの抜けだし方をおまえが教えるというのか」
ふざけるトールを下げつつ、スミが前にでる。
「ついでに頼み事の一つでも聞いてくれればね」
「おまえの封印を解く手助けをしろとでも言うのか?」
「ちがうちがう、そりゃ僕だっていつまでもこんなところにいたくはないけどね。でも、こんな姿で出てたところで、兵士に魔物として討たれてそれでおしまいだろうさ」
早とちりするスミの言葉を巨人が否定する。その言葉にさして悲観した様子もない。
「では、いったいなにを」
「そうだな~、詳しい説明に入る前に、まずは自己紹介から入ろうか。僕はハズーの第一王子、レーヴェストだ」
暗闇に捕らわれた巨人はそう名乗った。
そこでふたりは巨人の肌がアヴェニールをさらった怨敵と、同じ色であることに気がついた。




