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嘘斬り姫と不死の怪物  作者: Hiro
偽りの救世主
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第二章 最終話

 いくつもの困難を乗り越え、レーヴェストはアヴェニールを連れハズーの王都へと帰還を果たす。だが、そんな彼女を迎えたのは、ねぎらいの言葉ではなかった。

「遅かったなレーヴェスト」

 閑散とした謁見の間にハズー王の声が響く。

 暗い色のローブをまとい、フードで目元まで隠した姿は、王というよりも陰気な魔術師といったものだった。

 父であり魔術の師でもある王を前にし、レーヴェストは膝をつき深々と頭を下げる。その顔はあらたな仮面で隠されている。

「申し訳ありません、父上」

「すでに準備は整っている。明日、儀式を執り行う」

 恭しく頭を垂れるレーヴェストに、ハズー王は人間味のない声で用件だけを告げる。

「待って、儀式っていったいなにをするの?」

 なんの説明も受けていないアヴェニールは声のする方向へ顔を向け問う。

 王はアヴェニールに目を向けるとつまらなそうに応えた。

「『魔王召喚』だ」

 灰色の森を人の住まぬ地へと変えた、古の魔術にアヴェニールの背筋が寒くなった。

「そんなことしてなんになるの」

「この国は現在、存亡の危機にある。国中の兵を国境へ送りはしたが、そこを破られるのは時間の問題だ。そうなれば敵兵が無力な民たちを蹂躙するであろう。それを防ぐために早急な対応が必要なのだ。そこの能なしが前線を離れたぶん、無駄に兵も死んだ」

 レーヴェストは自分の落ち度で、無駄に兵を減らしたことを悔やみ、仮面の下の唇を噛みしめる。

「その穴を埋めるためにも。一刻も早く魔王召喚を行わねばならだ」

「『魔王召喚』だなんて、そんな危ない方法で一発逆転を狙うなんて王さまのすることじゃないわね。三流のギャンブラーのすることよ」

「『魔王召喚』とは別に世界を滅ぼすような魔術ではない。魔王ではなく、得れば魔王と呼んでもさしつかえないほどの力を現世へ導くものだ。それは成功を約束された魔術儀式であり、決してギャンブルなどではない。その力を兵達に力をあたえれば、この国は再び栄華をとりもどすだろう。そしてその力は永遠の戦いの一歩となる。そうすれば、地上から平和などという言葉は失わせるであろう」

 まるで、平和を忌むような言いぐさにアヴェニールは息を飲む。

「だいいち、それってうまくいくの?」

「なにが言いたい、皆殺しの聖女よ」

 初めて聞く呼び名だったが、流れから自分のことだとアヴェニールは察する。

「姫や聖女だなんて、王族ってのは、ご大層な呼び名が好きね」

 皆殺しと言われて胸を痛めながらも皮肉で反論する。

「一〇〇年前に強欲王が失敗したことを、自分なら上手くできるとどうして勘違いしたのかしら?」

 アヴェニールの言葉を聞き、ハズー王は失笑する。

「勘違いをしているのはおまえじゃ。一〇〇年前の魔王召喚は成功している。悔しいことにあの魔術師は比類なき力を手に入れたのじゃ。だが、それをあの者が邪魔をして……」

「えっ」

 ハズー王のまるで観てきたような話にアヴェニールは疑問を覚える。

「生贄相手に、少々喋りすぎたようだな」

 生贄という言葉に息を飲む。道中それを想像しなかったわけではないが、レーヴェストの対応から殺される心配は少ないと楽観していた。だがハーヴェスト王を前にしてはそれも消えている。

「どうせ、逃げようとしたって無駄なんでしょうね。ならばせめて聞かせてちょうだい」

「なにをだ?」

「あなたは誰のために闘っているの」

「……」

「本当に民のためを思うなら、『魔王召喚』なんてものに手を出さず、いますぐにでも降伏してしまえばいいんじゃない。成功するってあなたは言うけど、間違えれば灰色の森の二の舞でしょ。国全体を巻き込んでやっていいことじゃないわ」

「なに、民もみなわしと同じ気持ちよ。敗戦国の民は悲惨なものだ。財を奪われ、生き延びた民も家畜同然に扱われる。王として民たちをそのような目に合わせるのは忍びない」

ダウト

 ハズー王の発言を、アヴェニールが斬り捨てる。だが、その発言に動揺したのは、脇に控えていたレーヴェストだった。

「それはどういうことですか!」

 民の為に、性別すら捨てたレーヴェストが王に問う。

 しかし、王はその言葉に応えず、レーヴェストの状態を観察した。

「われわれは、民を守るためこの身を粉にして戦っていたのではないのですか!?」

 レーヴェストの糾弾をハズー王は平然と受け流す。

「その仮面、感情抑制の術が外れておるな。そうか与えた魔具を全て失いおったか。非力で小賢しいだけの兄よりはマシだと思っていたが、どちらもたいした差はなかったようじゃな」

「答えてください父上、あなたは民のために働いていたのではないのですか?」

 非礼も顧みず、レーヴェストは王に訴えかける。

「うるさい、おまえはすこし黙っていろ」

 鬱陶しそうに王が指を鳴らすと、レーヴェストの目から力が消え、糸の切れた人形のように床に崩れる。

「あんたいったいどういうつもりよ。自分の子どもまで騙すなんて」

「わしは『魔王召喚』を成す。それ以外のすべては些事だ。あの力を使い、わしはわしから国も民も奪ったあの男のなしえなかったことを成就させてみせる。

 くくくっ、地獄の底で歯ぎしりをして見ているがいい魔術師め」

 虚空を睨む王の言葉はアヴェニールに向けられていなかった。すでに王の耳には誰の言葉もとどいていない。

「まずは、準備だ」

 ハズー王がアヴェニールへ手を伸ばすと、その胸がとつぜん締め付けられるように痛んだ。

「(詠唱もなく…て、いきなり。これは……魔法?)」

 そしてそのままアヴェニールの胸が裂けると、その内から白銀のコインが現れた。

 それこそが彼女の内に秘められた真実の口であった。

 コインに描かれたいかめしい顔に少女の血が付着する。それはまるでコインが血の涙を流しているかのようだった。

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