第二章 六話b
「あの、よろしいでしょうか?」
騒ぎ立てるピキをチラチラとみていた村人のひとりが、恐る恐るスミに話しかける。
「すまんな、少々騒ぎすぎたようだ」
「いえ、そうでなくて……旅のかたは騎士様でしょうか?」
剣と鎧を装備したスミの姿は、村人からすれば騎士のいでたちそのものだった。それも恵まれた体格はいかにも屈強そうである。
「生憎と使える主を持たぬ私は騎士ではない」
そう生真面目に応える。だが、村人はなんとか相談にのってもらおうと、話を続けようとする。
「その聞いていただきたい、話があるのですが……」
「却下」
村人の頼み事を打ち明けるよりも先にトールがそれを遮った。
「どうせ、村が魔物に襲われてるから、なんとかしろって話だろ。オデ様たちは先を急いでんだ。報酬も期待できないような、しなびた村の魔物退治なんてやってられるか。貧乏人は死ね。それが嫌なら強くなれ、オデ様のようにな」
トールの言葉で気落ちした村人を気の毒に思い、スミが代わりに声をかける。
「それで、いったいなにが起きているんだ?」
「おい、スミ」
「どのみち、今夜はここへ泊まるのだ、話を聞くくらいは問題あるまい」
先を急いでいるのは彼も同じだが、だからといって困っている人間を見捨てるのも忍ばれる。頼みを引き受けるかは別として、話を聞くことでなにか助言ができるのではと考えたのだ。
「そちらの方がおっしゃったとおりで、村の近くで恐ろしい魔物が暴れていまして、難儀しているのです」
トールが「それみたことか」という顔でスミをみる。
「それでその魔物というのはどんなものだ」
村人には脅威であっても、大抵の魔物はスミたちの脅威にはならない。問題はその魔物の強さではなく、捜すのにどれだけ手間隙がかかるかというところだ。
「それが、おおきくて、紅くて首の長いトカゲのようなんですが……とにかく大きくて」
「竜か!?」
予想外の大物に、トールが椅子から立ち上がり興味を示す。
「名前は私たちにはわかりかねますが、家よりも大きな魔物で、みな村から出られずに難儀しているしだいです。このままでは村そのものが襲われかねません」
「竜かぁ、そりゃおまえらも困ったろう。相手が竜じゃ、並の連中じゃ倒せないな。仕方ない、この竜殺したるオデ様が出張ってやろう」
先程まで話を聞くことすら拒んでいたトールが主張を反転させた。
「本当ですか!?」
「どうしたのおじさん急に?」
喜ぶ村人をよそに、トールの変わり身にピキが目を不思議そうな顔をする。
「竜の持つ財宝が目当てなのだろう」
呆れるスミを気にせず、トールのやる気は充実し、村人にどうやって竜を倒すのか秘蔵の魔具をとりだし説明をはじめる。
「赤い鱗をもった竜ってのは炎を吐く火竜だ。だから、この火除けの呪札を身体につけておけば炎を防げる。あとはこっちの『樹氷の槍』をつかって攻撃すりゃ楽勝よ」
トールの説明に村人が感嘆の声をあげる。
そんなトールを尻目に、スミはピキに説明する。
「トールは竜狩りを趣味にしていた時期もあったからな。昔の血が騒いでいるのだろう」
すっかりやる気になったトールに、スミは止めることをあきらめる。アヴェニールも心配だが、竜ほど強力な魔物を村の近くで放っておくこともできない。それに魔力が強く巨体を有する竜ならば捜索にさほど時間はかからぬだろうという計算もあった。
「はははっ、罪なき人々を困らす邪竜め待っているがいい。このトール様が成敗してくれるわ、がははははっ!」
日の暮れた酒場にトールの高笑いが響く。




