第二章 四話
トールとスミはレーヴェストを追うにあたって、まずは情報を収集することにした。そのために灰色の森に近く、大きな街を目指している。
「よし、あと少しだ」
街道の先に見えた大きな壁が見えてくる。
昔、大規模な戦争が続いた影響で、このあたりの大きな街はみな高い外壁に囲まれている。
「だが、私はともかく、おまえはどうやって街に入るつもりだ?」
スミはすでに人間の姿への変身を済ませている。
隻眼はそのままで、全身を金属の鎧で覆い、腰にはサーベルを差している。体格のいい厳格な騎士のような風貌だ。長く波打った髪が一角獣だったときの面影を残している。
スミの指摘に、トールはズボンから指輪の形をした魔具を取り出す。
「それならまかせろ、じゃんじゃじゃーん。『変身の指輪』~」
「おまえの変身の指輪は変わるものを選べないのだろう。上手く人間になれるのか?」
「それはアヴェニールに貸した『混沌の指輪』だ。これはちゃんと人間に変身できる。こっちはもともと、俺が影武者用に作っといたやつだ。だから外見だけだが、かっくいい昔のオデ様の姿に戻ることができる」
トールが自慢げに説明する。
「そうか。だがその指輪をどうやってはめるつもりだ?」
指輪は人間用で、どうみても岩鬼人の肉体には小さすぎた。試しに小指にねじ込もうとするが上手くいかない。
その様子をみていたスミがじれったそうに「貸せっ」と、指輪を取り上げる。
「あっ、あにすんだ」
「別に指にはめなくとも発動するのだろう?」
「指輪の内側に触れて、命令語を唱えればいいんだ。いっとくがオデ様の股間のエクスカリバーにはサイズがたりないぜ?」
「誰がそんなことをするか」
スミはおもむろにトールの鼻に手を伸ばすと、指を立て穴をあける。
「ぎょべっ」
そして再生が始まる傷口に指輪を押しつけた。
指輪は傷口にその一端を飲み込まれ、そのまま鼻にぶらさげられた。
「はまったぞ」
「おう、サンキューって、なにすんだてめー」
「いつまでもまごまごとしているからだ」
「だからって、いきなり指輪を鼻ピーにするとかありえねーだろ」
「ならば、いつまでもここで手をこまねいてアヴェニールを諦めるか」
「んなわけあるかい、あのおっぱいを思う存分むしゃぶりつくためにも行くぞ。もちろんあのスカした野郎をぶん殴ったあとにな」
トールの意気込みを聞いたスミが足を止める。そして、少し言いにくそうにトールの誤解を解く。
「その件だがな、タイミングを逃して言い損ねていたが……レーヴェストは女だぞ」
「マジで? レーヴェストって男の名前じゃねーの?」
驚いたトールが確認する。スミがそういった冗談や嘘を言う男ではないことを知っているが、それでも信じがたかった。
「国による風習の違いは知らんが、普通は男の名だな」
「浸かると女に変わる温泉にでも入ったのか?」
「そんなもの存在するかっ。男のフリはしていたが、まあ、その……わかるんだ」
わずかにスミの鼻の穴が膨らんでいる。
「ということは処女か、でかしたムッツリロリコーン!」
余計なことを言ったかも知れないと後悔するスミ。
「略奪の楽しみが増えたぜい。これで我が王国のおっぱい所蔵量は二倍になるぞ。
それじゃさっそく街に入ろうぜ。『トール様輝いてる~』」
それが命令語なのだろう、唱えるとトールの姿が人間のものへと変身した。
「…………」
「どうだ、懐かしいだろ、俺の格好いい姿だ」
得意顔でポーズを決めるトールであったが、その姿はおせじにも格好いいとは言えなかった。
大柄で弛んだ身体に、性格の悪そうな顔。岩鬼人だった面影をあちこちに感じさせる。サイズは多少あまり気味になったものの、服装や『愚者の黄金』もそのままだ。
「……鏡を見てみろ」
スミに言われ確認すると、そこには予定していたものとはまるで違う姿が写っていた。
「なんじゃ、こりゃ」
「顔に見覚えがある気がするな。随分と古い記憶だが……ひょっとしてドロスか?」
「ドロス? あー、あの陰険じじいか。そうか思い出したぞ。魔具にはめ込んであった、オデ様の姿を記憶させた魔石を、別の魔具に転用すんのに外したんだった」
「それで、代わりにドロスの姿を記憶した魔石をはめ込んでおいたと?」
「ああ、むかつくことがあったから、あいつの姿でイタズラでもしてやろうと思ってな」
頭をかきながらトールが応える。
「私も思い出したことがある。ドロスに妙な事をされてな。後日、本人を問い詰めたが知らぬ存ぜぬとな」
「へー、まぁもう時効だから気にすんな」
「やはり、アヴェニールを探すまえにおまえとの決着をつけるべきかもしれんな」




