第二章 一話a
太陽が昇っても、灰色の森から遠く離れても、なおレーヴェストは飛び続けていた。
魔術による飛行は大きな魔力に加え強い集中力を必要とする。トールやスミとの連戦に加え、長時間の魔術の行使はその疲労を頂点へともたらしていた。それでもレーヴェストは休む間を惜しみ帰還を急ぐ。
「(このまま行けば明日には帰還できる)」
かすむ視界に眼を細め飛翔するレーヴェストを突然の衝撃が襲った。展開していた魔術が崩れ、山間へと墜落し、急斜面を転がり落ちる。
「いったい何が」
戸惑うレーヴェストにさらなる悲劇が見舞われる。首から提げていた水晶玉にヒビが入り、アヴェニールを封じていた術が解けた。解放されたアヴェニールはレーヴェストに馬乗りとなった状態で現れる。
「くっ、重い」
「失礼ね、重くなんてないわよ」
呻くレーヴェストに年頃の少女らしい反論をする。しかし、アヴェニールの表情は不満から疑問のものへと変化した。
「あれ?」
手にした感触を確かめるように指を動かす。
もみもみもみもみ。
「なにをしているんです?」
「あなた女なの? 胸ちっちゃいけど」
衣服越しにレーヴェストの胸をもみしだきながらアヴェニールが尋ねる。
「ちっちゃくない! ではなく、私は王子です。女のわけはないでしょう」
「嘘」
女ではないと言うところでアヴェニールは反応した。しかし、その指摘は行った本人が困惑することになる。『女ではない』というのは嘘なのに『王子だ』と言うところは嘘ではないのだ。
「どういうこと?(私が知らないだけで、女でも王子になれるのかしら?)」
「……なんとも面倒な人だ」
レーヴェストは嘆息し言い直す。
「私はハズーの国の王子です。国にこの身を捧げるため、女であることは捨てました」
「嘘」
「嘘ではありません!」
レーヴェストは強い口調で反論する。
「私に言わないでよ、勝手に嘘に反応しちゃうんだから」
「それよりも、いつまで人の胸を揉んでいるつもりです」
自らに乗ったままのアヴェニールに不満を漏らす。
「あっ、ごめんなさい」
よろけながらも、レーヴェストから離れるアヴェニール。空いた手をなにげなく自分の胸にあてる。
「なに自分の胸と揉み比べてるんですか! しかもなんです、その勝ち誇ったような顔は!」
レーヴェストは緩んだ布をまき直しながら指摘する。
「そんなことはないわよ……ちょっとしか」
「女の価値は胸ではありません、むしろ胸なんて飾りです! そりゃ少しくらいはあったほうが男は喜ぶかもしれませんが、あなたのように大きすぎる乳は邪魔でしかないのです。あえて言いましょう、ただの無駄です。その乳では走ることができるんですか、できないでしょう。乳なんてないほうが下着にも困らず経済的なんです!」
「いや、もともとあたし走れないし」
盲目の少女は困ったように言う。
「けっ、これだからいいとこのお嬢様は」
「あたしってお嬢様なのかな? でも、あなただってお姫様なんでしょ?」
やさぐれるレーヴェストにアヴェニールが質問する。
「だっ・かっ・らっ。さっきから言っているとおり、今の私は王子なんです!」
「そうなんだ」
納得しがたかったが、レーヴェストが主張を譲らないので、アヴェニールはこれ以上彼女が女であることには触れないことにした。
「まったく、捕らわれの身でなにを考えてるんですか」
「う~ん、いろいろかな。ところで、あなたの胸って小さいの? すごく小さいの?」
手でレーヴェストの胸の形を再現しながら尋ねる。
「まだ、乳の話をひきずりますかっ!」
「で、どっちなの?」
「普通ですよ!」
「嘘」
再びアヴェニールが解答を否定すると、レーヴェストはこめかみに青筋を浮かべ、吐き捨てるように言う。
「悪かったですね小さくて、でも私は男なので関係ありません!」
「嘘、ってゴメンナサイ、気にしてたのね」
「そんなところで謝るんじゃない!」
アヴェニールと会話をしてるだけで、レーヴェストは疲労が倍になったような気がした。
『なにやら騒がしいようだな』
大気を震わすほどの重苦しい声がふたりのやりとりに割り込む。
レーヴェストが声の主を見上げると、そこには巨大な竜の姿があった。
トカゲを禍々しくしたような赤い身体は、家屋ほどの大きさがある。口からは鋭い牙がならび、人間など一呑みできそうなほど大きかった。




