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第一章 六話c
「(ひょっとしたらトールは……)」
伝説の地でアヴェニールは空想を膨らませる。
「……なんだか湿っぽい空気になっちまったな。もっぺん踊るか? それともなんか食うか? エアフードでよければ食い放題だぞ」
茶化すトールの耳にスミの声が届いた。
『トール、侵入者だ』
「どうしたの?」
魔法で送られたスミの声はアヴェニールには聞こえていない。彼女は「どうしたの?」と、動きの止まったトールに不審そうに尋ねる。
「ちいと野暮用ができたみてーだ。スミのやろうが呼んでる。ちょっと待ってろ、月が消えるまでには戻ってくるから」
「月が消えるまで?」
「あぁ、この幻影城は月がでてる間しか現世に存在できないんだ」
「ちょっと待って、じゃ月が隠れたりしたら……」
「なに、今日は雲がないから心配ねーって。それより今夜は十二時を回っても寝かさないぜ。いまのうちに休んでおきな」
トールは『疾風の靴』を履くと、アヴェニールを幻影城に残し、スミの元へと走る。
だが、侵入者を感知する魔具が反応しないことを、この時の彼は気付いていなかった。




