第一章 四話b
笑い合う二人の間を抜ける風が、不意にその向きを変えた。
「あっ」
その風が運んできたものに、アヴェニールの顔から笑みが消え緊張が走る。
「どうした?」
「臭いが……、なにか嫌な臭いがします」
指摘されスミも鼻をあげるとその異臭に気がついた。
「これは……。アヴェニール、きみはそこで待っていたまえ」
指示を残し、スミは白い馬体を踊らせ木の根元へと向かう。
そこには人間の死体があった。
髪が長いことと服装から察するに死体は女のものだと思われた。数本の矢と木の根が身体に刺さっており、すでに干からびている。どこかで小鬼に襲われ、ここで力尽きたのちに養分とされたのだろう。近くにはふたり分の荷物が荒らされたあとがある。小鬼が食料をあさりもっていったのだろう。衣服などは散らかりながらも残されていた。
スミは短く黙祷を捧げると、簡単に荷物をまとめアヴェニールの元へと戻る。そして言葉を選びゆっくりとアヴェニールへと告げる。
「長い金髪の女が倒れていたが、すでに息はなかった。荷物はふたり分あったが、他に倒れている者はいない」
むごたらしい死に様にはあえて触れぬ。
「金髪…そんな……やっぱりトモも……」
閉じられた目から涙があふれる。
「私のせいで……、あんなに尽くしてくれたトモまでも殺してしまうなんて。やっぱり私に触れると不幸になるんだ」
泣きじゃくり、アヴェニールは走り出そうとする。杖も持たぬ少女は木の根に足をとられ、すぐにバランスを失う。
とっさにスミが彼女を抱きとめた。荷物をその場に落とし、二本の腕でしっかりと彼女を抱きしめる。
「何人たりとも、死者を生き返らすことは叶わない。同じようにきみがいままでに負った心の傷を癒やすことができる者もいないだろう。
だがここにいる限り、私がきみを守ることを約束しよう。私は決して死なないし、きみを傷つけたりもしない。だからこれ以上泣く必要はない」
偽りのない力強い言葉を少女にかける。
突然のことにアヴェニールは何も応えられなかった。自分を覆うように抱きしめる熱い手の持ち主が誰かさえもわからない。
「スミさん…あなたはいったい……」
「私は……」
少女に自らの秘密を打ち明けるべきか躊躇する。
だがスミが続きの言葉を告げるよりも先に何かが飛来し、スミの頭部を襲った。
ゴンッ!
そんな音が聞こえたとたん、彼女を抱きしめていた手も離れる。
バタッ
「ス、スミさん!?」
慌てるアヴェニールだが、意識を失ったスミの返事はない。
「このロリコーン、人の目を盗んでなにしとんじゃ!」
その場に現れた乱入者の怒声が響く。
のちにスミは語る。夢の中で花畑に囲まれた川を渡りそうになったと。




