⑫『初めての騎馬は、匹夫之勇?⑫』
【前回までのあらすじ】
新宿歌舞伎町のネットカフェからシミュレーションゲームの世界へと転生されてしまった藤堂、酒田、竜馬の三人。藤堂が率いる遊撃隊VSパラケスが指揮を執る疫病調査団。OK牧場の地下に眠る「銀の鉱脈」を巡り、両者の決戦はついに火蓋が切って落とされた。
藤堂は劣勢を跳ね返すため巧みな挑発と陣形を駆使し、二倍以上もあった戦力差を縮めることに成功する。序盤戦を何とか有利に進めた……かに見えた。
だが、敵将パラケスは藤堂の策を見破り戦局を振り出しに戻す。軍馬を駆って指揮官自らが遊撃隊のど真ん中へと突っ込んできた。その後ろから雄叫びを上げながら愚連隊のような疫病調査団員達が迫りくる。
「心配するな、竜馬。すでに手は打ってある」
「うんうん。問題はタイミングだけだよね、剣一?」
若干顔を引きつらせながらもヒロインのシスターが満面の笑みを浮かべる。
「まあな。……という訳で敵を挑発して各個撃破する作戦はもう止めだ。今から遊撃隊を二つに分ける。タニア、ロビン、竜馬は自分のターンが来たらすぐに前線から後退しろ!」
「了解」
「ロビン、そっちの指揮は任せる。絶対に死ぬな!」
「ここは軍師として腕の見せ所ですね。お任せあれ」
「酒田、お前はここで俺と一緒にリーダー格とパラケスを足止めする。いいな?」
「うぃっす」
「さあて、OK牧場の決闘の第二幕スタートってか?」
――やっちまえ!――
――ぶち殺せぇええええ――
――ドウリャァァァァ!――
疫病調査団の怒鳴り声が、OK牧場の丸太小屋の中まで聞こえてくる。壁に吊るされたU字型の馬蹄鉄がガチャガチャと耳障りな金属音を立てる。
牧場主のエドウィンとその妻エイコは成す術もなく脅えたようにソファの上で寄り添っていた。その周りには牧童頭のマックスを筆頭にカウボーイ達が立ち並び、イライラを募らせている。
突然降り掛かった災難にOK牧場の面々は誰もが重い空気を感じて口を閉ざしている。窓際に駆け寄って外の様子を伺っていた一人娘のミディアが振り返って叫んだ。
「父上、母上! 戦況は多勢に無勢。このままでは遊撃隊が数で押し切られる。アタシも助太刀に打って出るよ!」
「何を言う! 素人娘が戦場を舐めるんじゃない。お前が行ってどうなるんだ? 王子様達の足手まといになるだけだ」
「そうよ、ミディア。貴女の気持ちは分かるわ。でも、ここは我慢して。私達は遊撃隊の勝利を信じて待つしかないの」
「それでいいのか? ロビン様達は縁も所縁もないOK牧場のために命を懸けて戦ってくれている。それを……、それを黙って見過ごして本当にいいのか?」
「お嬢さん、そりゃ俺達だって悔しいさ。あの白装束の連中にまんまと一杯食わされて酒浸りの毎日だったからな。できるものならやつらをここから叩き出してやりたい」
目に一杯の涙を浮かべる勝気な娘の問い掛けに牧童頭のマックスが苦渋の表情を浮かべながら前に進み出る。
「だが、俺達カウボーイには武器がない。疫病調査団に対抗する手段がないんだ。のこのこ出て行ってもやられちまうのオチなんだよ」
血を吐くようなマックスの言葉に部屋の中にいる牧童達が顔を背ける。
「もういい。アタシ一人でも行くよ。止めたって無駄だから。みんなはココで見ていればいい」
短くそう言い残すと丸太小屋の奥の扉へ駆け出した。そんな彼女の戦意が届いたのか。ミディアが向かう先にある馬小屋から「早く来い」とばかりに愛馬のいななきが聞こえてきた。
――ヒヒィィィン!――
一方、丸太小屋の外、バトルフィールドでは怒涛の勢いで迫る疫病調査団を前に不退転の決意で臨む藤堂と酒田が二マス並んで待機し壁を作る。
「ここは任せろ! 後ろの三人は自分のターンが回ってきたら、作戦どおり移動距離を目一杯使って前線から離脱しろ。いいな?」
「了解」
密集陣形を組んでいた遊撃隊。壁役の二人を残しロビン、竜馬そしてタニアの順に後方へ移動する。
「んじゃ今度はこっちの番っすね。ふんぬっ!」
回復役のシスターが背後から遠ざかったのを見計らい女戦士の戦斧が再び弧を描く。重量級の凶器がリーダー格の男に襲い掛かる。
「グギャアア。やりやがったなクソ女、お返しだ!」
――キンッ!――
渾身の力を込めた大男の反撃に金属音を響かせながら受け流したのは、女戦士の酒田ではなく隣に待機していた藤堂だ。
キャラクター同士が隣接するマス目に並んでいる状態だと時々「デュアルモード」が発動する。攻撃を受ける筈のキャラクターの身代わりとなって敵の反撃を受け止めるのだ。
「先輩、あざっす!」
「フン、気にするな。まあ、余計なお世話っぽかったしな」
藤堂が照れ隠しのように鼻をならしながら、横合いからの剣先に反撃を逸らされて呆然と立ち尽くす大男に指を突きつける。
「おい、お前。ひょっとして俺達インターハイチャンプ二人を相手に一人で勝つつもりか? サラリーマンコンビを舐めんじゃねえ!」
「インターハイ? サラリーマン? 何を訳の分からない事を。うえぜぇんだよ!」
藤堂のセリフに激昂するリーダー格。その背後から軍馬に跨る疫病調査団の指揮官パラケスが突っ込んできた。
「では、私が参戦すれば二対二ですね。藤堂王子、いつまでそんな軽口を叩けるか。見せて頂きましょうか。シャアアア!」
――ヒヒヒィィィィン――
藤堂の目の前のマス目で棹立ちする駿馬。馬上のパラケスが輝く長い槍を片手で回転させる。頭上で二回、三回と円を描いて風を切る得物が、次の瞬間ビュンっと伸びてきた。
「何!」
一瞬の虚を突かれ、上体を仰け反らせたスウェーバックが間に合わない。パラケスの槍が藤堂の肩を貫き、ごっそりとHPをもぎ取っていく。
「剣一ィィィ!」
後退したタニアの口から悲鳴が上がる。思わず前線へ舞い戻ろうとする幼馴染のシスター。だが、藤堂は後ろも見ずに背中で彼女を押し止める。
「来るな! 大丈夫だ。こんなの掠り傷だから……お前は心配するなって」
たとえやせ我慢でも笑顔を見せてタニアを安心させやりたい。だが、振り返れば口の端から流れ出る血を彼女に見られてしまう。
「反撃、いくぜ! ハァァァァ!」
スラリと抜き放ったショートソードが、OK牧場に照り付ける陽光を反射する。だが、ダメージのせいか、裂ぱくの気合いにいつもの気迫がない。
藤堂が振るった剣は鼻息の荒い軍馬に邪魔され、あと僅かのところで団長まで届かない。
「ちっ、手元が狂ったか」
「おやおや。頭脳の方はともかく、戦闘力は所詮その程度のレベルですか。やはり私が出るまでもなかったようですね」
馬上で槍を構えるパラケスが余裕の表情で白い顔に笑みを浮かべた。
「まあいいでしょう。妾腹とは言え貴方も王族の一人には違いありません。敬意を表してこの私が直々にお相手してあげましょう」
「抜かせ!」
藤堂の捨て台詞をフンと鼻で笑うパラケスが、自分の背後から進撃する疫病調査団の荒くれ共に檄を飛ばす
「いいか貴様ら、王子と女戦士には構うな! 二人の脇を抜けて後退したあの三人を追いかけて血祭りに上げろ。分かったか?」
――オウッ!――
一人、二人、三人……。白装束の男達は藤堂や酒田と一戦交えることもなく、野卑な笑顔を浮かべながら次から次へと横を通り過ぎる。
「行かせないっす」
酒田がロビン達目がけて殺到する荒くれ共に追撃する構えを見せた途端、リーダー格が口の端を片方いやらしく上げる。
「おっと、女戦士。どこへ行こうってんだ? その場を一歩でも動いてみやがれ。てめえなんざ放って置いて、俺も仲間の戦列に加わっちまうぜ?」
「ひ、卑怯っす」
「酒田、ここは我慢しろ。ロビン達を信じるんだ。今はこいつらをココで足止めするのが先決だ」
藤堂が落ち着き払った口調ではやる部下を押し止める。目の前でニヤニヤと余裕をぶちかます敵将二人から一瞬たりとも目を逸らさない。
その表情は冷静そのものに見える。だが、サラリーマン時代からの部下は、頼れる上司の瞳が怒りに燃えている事に気が付いた。
「先輩……」
「オラオラオラ! よそ見してんじゃねえよ、クソ女。ギャハハ、殺し合いを楽しもうぜ」
狂喜を宿すリーダー格の大男が、軽々と片手で振り上げた斧を叩きつけてくる。斬るというよりも殴りつけるようなパワーの乗った一撃が酒田の頭上に迫る。
「ふんぬっ!」
すかさず戦斧を横に持ち替えた。太い柄の部分を使って振り下ろされた敵の一撃を受け止める。
だが、女戦士のたくましい両腕もすべての斬撃を吸収しきれない。片膝を地に着いた態勢になりながらもなんとか大男の攻撃を跳ね返した。
「やるじゃねえか、クソ女。嬉しいね」
「僕は嬉しくないっすけど。ふんぬっ!」
豪快な一撃を何とか受け止めた酒田が反撃に転じる。まだ痺れの残る両手。それでも巨大な戦斧を振るう女戦士の炎のような闘志が揺らぐ事はない。
「おっと。そう何度もやられるもんかよ」
リーダー格が酒田の反撃を迎え撃つ。肉厚な鉄の刃同士がガキッとぶつかる鍔迫り合い。大柄な両戦士の間に火花が散る。
藤堂VSパラケス。酒田VSリーダー格。両者一歩も譲らぬバトルが繰り広げられる。
そんな中、サラリーマン二人の横を通り過ぎた白装束の男達は、前線から後退を続けるロビン達を着実に追い詰めていく。
【戦闘フィールド】
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■■■■■■ 【パラケス】【リーダー】 ■■■■■■
■■■■■■ 『藤 堂』『酒 田』 ■■■■■■
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■■■■■■ 【調査団】 【調査団】■■■■■■
■■■■■■ 【調査団】 ■■■■■■
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■■■■■■ 【調査団】■■■■■■
■■■■■■ 【調査団】 【調査団】■■■■■■
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■■■■■■ 『ロビン』『タニア』 ■■■■■■
■■■■■■ 『竜 馬』 ■■■■■■
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ロビン達を袋小路へと追い詰める荒くれ者共の職種は戦士と剣士。白装束の男達は、移動距離の差から自然と隊列を乱し前後二つのグループに分かれる。
敵戦列の乱れを感じ取った藤堂がここぞとばかりに大声で叫んだ。
「よし、今だ! ゲンさん! 土の魔術師を馬鹿にする奴に山賊の地下アジトで見せたあの大技、たっぷり見せてやれ!」
「合点でぇ!」
戦闘フィールドOK牧場の入り口付近。採掘現場から瀕死の重傷を負って戻ってきた敵の魔術師が、意外なほど元気な声で藤堂の呼び掛けに応じた。
ベットリと血の付いた白いベールを脱ぎ捨てる。何とそこには遊撃隊の土の魔術師、ゲンガーバルトシュタインことゲンさんが立っていた。
「何、貴様!私が拾ってやった、役立たずの魔術師ではないのか! い、いつの間に?」
「お生憎。指揮官の癖に自分の部下の顔も名前もろくに覚えていないとは情けない。だからこんな目に合うんでさ」
そう言いながら一心不乱に呪文を唱える。山賊の地下アジトでキャラクターの進入を不可能にして藤堂達を苦しめたあの土壁魔法が再び炸裂する。
藤堂がそう思った瞬間!
「お待ち下さい、ゲンさん!」
疫病調査団の団員達に追い詰められ、前線から後退を余儀なくされているロビンの声が戦場にこだました。
「あと少し。その魔法、あと1ターンだけお待ち下さい!」
「い、いや。あっしは構いやせんが……」
突然の軍師命令に遊撃隊の土魔術師が魔法の詠唱を中断する。
「ロビン、何故だ? 今が追撃部隊を二分するチャンスだ。これ以上荒くれ共をそっちに行かせるとマズイぞ」
「いいえ、王子。こちらの戦闘は私にお任せ頂いた筈。王子と酒田さんはそちらの手強い二人を押さえ込んで下さい」
「ほう? この期に及んで何か策を弄しているようですね。どうやらキーポイントはすり替わったあの魔術師。先に叩いておいた方が良さそうだ」
「団長! あんなヒョロヒョロ魔術師、俺が行って仕留めてきやしょうか?」
パラケスに忠誠を誓うリーダー格が馬上を仰ぎ見る。
「おっと、今は僕のターンっす。その場を一歩でも動いてみやがれっす。お前なんか放って置いて、先輩と二人でこっちの偉そうな騎馬兵をボコボコにするっす」
「ひ、卑怯だろが!」
酒田とリーダー格のセリフがさっきと真逆だ。四人が四人ともその場を動けない。誰か一人が離脱すればパワーバランスが崩れてしまうからだ。
指揮官達の葛藤をよそに白装束の男達は追撃の手を緩めない。ロビンが告げたあと1ターンが過ぎた時、遊撃隊の三人は戦闘フィールドの端に追い詰められていた。
「今です、ゲンさん!」
「合点でぇー! って、いいんですかい? そんな所に壁を作っちまって?」
「構いません。早く!」
「わ、分かりやした。けど、どうなってもしりませんぜ、あっしは!」
長い呪文の詠唱が終わる。次の瞬間、耳をつんざく様な轟音が響き渡り大地を揺るがす振動がOK牧場を襲った。ギシギシと地面に亀裂が入り、土壁がズンズンと競り上がってくる。
「どう、どう、どう」
狂ったようにいきり立つ軍馬をなだめつつ、パラケスは何が起きたかを確認しようと辺りを見回した。
【戦闘フィールド】
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■■■■■■ 【パラケス】【リーダー】 ■■■■■■
■■■■■■ 『藤 堂』『酒 田』 ■■■■■■
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■■■■■■ 【調査団】■■■■■■
■■■■■■ 【調査団】 ■■■■■■
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■■■■■■ 【調査団】 ■■■■■■
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■■■■■■『ロビン』 ■■■■■■
■■■■■■『タニア』『竜 馬』 ■■■■■■
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「な、何だ? これは一体……」
奥行のある赤茶けた土壁が、藤堂王子と女戦士の肩越しに見える。戦闘フィールドが見事二つに分断されている。優秀な軍馬をもってしても向こう側へ飛び越えられないのは明らかだ。
「藤堂王子、これが貴方の力か……」
「俺のじゃない。俺達、遊撃隊の力だ」
「なるほど。確かに凄い。土の魔術師にこのような使い道があったとは、驚きですな」
「使い道だと? ふざけるな、人間は道具じゃねえ!」
「これは失礼。確かに道具ではありませんな。訂正いたしましょう……、戦闘の駒だと」
「貴様!」
「藤堂王子、これで勝ったおつもりですか? 確かに我々四人の戦闘はお互い手詰まりで膠着状態。だが、壁の向こうを御覧なさい。戦力の差は二倍。しかもそちらは接近戦には向かないアーチャーと非力な盗賊。おまけに戦闘力のないシスター。クックック」
キツネのような相貌の敵将が含み笑いを漏らす。ゲンさんの魔法で度肝を抜かれたのは一瞬だった。すぐに立ち直り戦況を冷静に分析する。
「あのアーチャーが軍師とは。あまり知力は高くないようですな。1ターンの遅れが命取り。王子が叫んだタイミングで土壁を作ればこんな状況にはならなかったものを」
パラケスの冷徹な分析を聞く藤堂の口に苦い血の味が広がる。先ほど受けた槍の一撃による傷は癒えていない。削られたHPは回復されないままだ。
幼馴染のシスターは騙せても優秀な軍師の目は誤魔化せない。大将同士の一騎打ちで藤堂の不利を悟ったロビンが、囮となって白装束の男達を壁の向こう側へ引き付けてくれた事が藤堂には痛いほど分かっていた。
「やかましい! 俺の事は何とでも言え。だがな、うちの軍師は俺の十倍優秀だぞ」
「では、十分の一愚劣な貴方から先に始末する事に致しましょう。シャアアア!」
キツネのような白い相貌が深い息を吐き出した。
馬上の槍がヘリコプターの羽根のようにクルクルと回転する。遠い間合いで揺れる残像が一転、長い槍の実像となって突き出された。
「くそっ! また見切れねえ!」
この異世界に転移してまだ日が浅い藤堂は、自分自身の若いアバターにまだ完全に慣れていない。先ほど貫かれた肩を庇うあまり下半身のステップがおろそかになる。
そこを逃さず団長が繰り出した槍の穂先が藤堂の右足の太腿を掠めた。
「グハッ!」
パッと鮮血が飛び散りHPゲージがいくつか白に変わる。
「剣一ィィィ!」
土壁の向こうからシスターの悲鳴がこだまする。思わず駆け出そうとする彼女の腕を美貌の軍師が掴む。
「タニアさん。非情なようですが、ゲンさんの土壁魔法が発動している限りもう戦闘フィールドの向こう側へ行くことはできません」
「でも、でも剣一が……」
「今は王子を信じるしか道はありません。それにこちら側もあまり余裕はなさそうです」
凶器を手にした野獣のような男達が、ドタドタと土を踏み鳴らして近づいてくる。
「ヒッヒッヒ。ガキども、追いかけっこはもうお仕舞いだぜ」
「ヒャッハー。まずはそこのキザ野郎から片づけてやる」
「ぬひひひ。アーチャー殺すにゃ力は要らぬ。間合いを詰めて斬ればイイってか?」
戦闘フィールドの一角に追い込まれ逃げ場をなくしたロビン、竜馬、タニアの三人に疫病調査団の男達が詰め寄る。
「ロ、ロ、ロビン。これって、ちょっと……。いや、かなりヤバクない?」
「大丈夫です竜馬さん。いいですか? 丸太小屋の壁を利用したこのフォーメーションを絶対に崩してはいけませんよ」
戦闘フィールドのコーナー。タニアを頂点とした逆三角形の布陣を敷きながらロビンと竜馬が待機する。
「ねえ、ロビン? アーチャーは1マス置いた間接攻撃しかできないんでしょ? アタシと場所を入れ替わった方が良いんじゃない?」
「御冗談を。タニアさんを盾に使ったりしたら、私が王子に殺されますよ。それよりもその場を動かないでください。私と竜馬さんのどちらにでも回復呪文を掛けられるように」
「うん、分かった」
「いいですか、お二人とも。長期戦を覚悟しましょう。来ます!」
「どりゃぁぁぁぁ!」
ごつい体格の剣士が片手剣を振り上げて走り込んできた。ロビンの目の前のマスに立ち止りそのまま凶器を振り下ろす。
「遅い!」
弓を片手にトンッとステップを刻む類稀なる美貌のアーチャーが難なく凶刃を避ける。その前を野卑な男がたたらを踏んで地面に転がった。
「けっ! よくかわしたな。だが、反撃がねえって言うのはありがてえ。今みたいにすっ転んでも安心だからな。ヒッヒッヒ」
「ヒャッハー。俺様も混ぜろや。色男をヒィーヒィー言わせてやるぜ」
ロビンの右隣つまり竜馬の正面のマス目に別の団員が入り込んだ。狙いは無論間接攻撃しかできないアーチャーだ。
「死ねよ、キザ野郎」
抜き打ちに放ったショートソードの銀閃がロビンを捉えた。左手の甲がパックリと切り裂かれ血が迸る。ポタポタと地面に血が滴り落ち点々と紅い染みができた。
「主よ、彼の者の御霊を回復させ給え。ライファ!」
左手に聖書を抱えるタニアが右手の短い杖を頭上にかざし、ロビンの背後で呪文を唱える。天から光の輪がいくつも降臨し、アーチャーの傷が見る見るうちに塞がっていく。
「助かります、タニアさん」
「気にしないで。だって、あたしの目標は最前線の回復役になることなんだから」
そう呟く遊撃隊のシスターの視線は土壁の向こうで苦戦する幼馴染の王子に注がれる。
「ヒャッハー。女に回復してもらいやがったか。さすがモテる男は違うね、ペッ!」
ロビンに手傷を負わせた剣士が忌々しそうに唾を吐き出す。反撃できない事を見越したアーチャーへの連撃に臆病な竜馬もさすがにキレた。
「あんた。オイラの存在、忘れているんじゃないよね? ハッ!」
黒いフードを身に纏った盗賊がジグザグのステップを刻みながら正面の剣士の懐に潜り込む。逆手に持ったナイフが小さな弧を描く。
「痛ってぇー。この糞ガキやりやがったな!」
「へん、無抵抗の相手をいたぶる奴が、オイラは一番嫌いなんだよ!」
「そうかよ。だが、俺様は無抵抗じゃねえぞ。ヒャッハー、喰らえ反撃!」
「オワッっと」
黒いフードがめくれ上がるのも構わずパッと地面に伏せる。ロビンに一撃を与えた敵の抜き打ちが若い盗賊の頭上を通り過ぎ、髪の毛が数本斬り飛ばされた。
「うっひゃー、危ない危ない」
「竜馬さん、あまり無理をせずに」
「ぬひひひ。だらしがねえな。そんな若造にHP削られて。……ったく、あんだよ。アーチャーをボコる場所がねえじゃねえか。お前、俺と代って傷でも回復しやがれ……」
ぶつくさ言いながら三人目の剣士が近づいてくる。
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■■■■■■ 【調査団】■■■■■■
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■■■■■■ 【調査団】 ■■■■■■
■■■■■■ 【調査団】 ■■■■■■
■■■■■■ 【調査団】 ■■■■■■
■■■■■■【調査団】↓↓↓↓ ■■■■■■
■■■■■■『ロビン』【調査団】 ■■■■■■
■■■■■■『タニア』『竜 馬』 ■■■■■■
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「あ、馬鹿! お前、そこで待機するな!」
「あん?」
仲間の警告に三人目の白装束が眉をひそめたがもう遅い。
「迂闊ですね。そこは私の攻撃範囲……」
憂いを秘めた美貌のエルフが残念そうに目を伏せる。次の瞬間、目にも止まらぬ早業で弓に矢をつがえるロビンの身体が七色に輝いた。
「射っ!」
仲間に警告を発した敵の脇を三本の矢がすり抜ける。一足遅れでロビンのマス目のちょうど斜向かいに待機した迂闊な剣士に間接攻撃が炸裂した。
「ウガッ」
頭、胸、腹の縦一列。三か所をほぼ同時に射抜かれた敵は、短いうめき声をあげて絶命した。HPゲージが瞬時に白へと変わり白装束姿が闇へと消えていく。
「さっすがロビン! ナイスクリティカル。略してナイクリ!」
「ナイクリ……ですか?」
「イイってイイって、気にしない気にしない。あんまり意味はないんだからさ。うーん、何て言うかさ。ほら、ノリってヤツだよ」
「ああ、なるほど。味方の士気を鼓舞する声援の一つですね」
「良いわね、そのナイクリ。タニアも声援しちゃうから、白装束を片っ端からやっつけちゃって」
爆乳シスターが手を叩いてピョンピョンと飛び跳ねる。胸元をハート型にくり抜かれた、けしからん聖女の制服から巨大な胸が今にも飛び出しそうだ。
「ちっ、だから言わんこっちゃない。それにしてもこのキザ野郎、結構いい腕してんじゃねえか」
「ああ、取り囲んで直接攻撃するのはイイとして、後の奴らに注意してやった方がいいかもな」
仲間が一人瞬殺されたのを目の当たりにした白装束の二人が顔を見合わせる。そこへようやく残りの三人の戦士が斧を肩に担いだまま到着した。
「俺達のお楽しみはまだ残っているんだろうな、ヘッヘッヘ」
「なんだ、手こずっていやがるのか?」
「だらしがねえな、剣士ども」
「馬鹿野郎、そうやってふざけた口をきいた奴がアッサリあの世生きだぜ」
「ああ、あの色男、タダ者じゃねえぞ。舐めてかかると酷い目にあうぞ」
「マジか?」
「わ、分かった」
「射程距離のマス目に入らなきゃいいんだろ?」
丸太小屋の壁を背にしたフォーメーションが功を奏し、人数的な戦力差は三人対五人にまで縮まった。さらに攻撃できるマス目はわずか三か所。
実際にはロビンと竜馬が三人の白装束と相対し、残りの二人は少し離れて待機するしかない。五人で隙間なく遊撃隊の三人を取り囲めば、すぐに必殺の弓矢が飛んでくるからだ。
だが、それでも絶対的な戦況の不利は覆りそうもない。正面と側面からの直接攻撃にロビンは手が出せず、攻撃力の低い竜馬にも痛打が浴びせられる。
「タニア、おいらの回復は後でいいから。二人を相手にしているロビンを先に……」
高い敏捷性を誇る盗賊の回避にも限度がある。敵戦士の重い一撃を喰らった竜馬が歯を食いしばって耐える。
「うん、分かった。次のターンで回復するから。もうちょっと頑張って。主よ、彼の者の御霊を回復させ給え。ライファ!」
天から光の輪がいくつも降臨し、三分の一近くまで斬り減らされたロビンのHPが半分近くまで回復する。
「ありがとうございます。まだまだいけますよ」
「しゃらくせえー。反撃できないイケ面アーチャーとすばしいっこいだけの盗賊をいたぶるのも飽きてきたぜ。オウ、お前ら、そろそろケリを着けようぜ!」
白装束の一人が気勢を上げると残り四人の疫病調査団のメンバーが、各々武器を振りかざしながら「オウ!」と応えた。
とその時!
――お待ちなさい!――
凛とした声がOK牧場にこだました。突如、侵入不可だった丸太小屋の扉が開け放たれ、一頭の巨大な馬が戦闘フィールドに姿を現した。
「私はOK牧場の一人娘ミディア。我が家の敷地内で狼藉を働く不届き者ども、よく聞け。今から藤堂王子の遊撃隊に助太刀いたす。この細身の槍の錆にしてくれる、覚悟しろ!」
「な、何だ? あの馬。団長の駿馬よりもデカいぞ」
「ひょっとして騎馬兵……なのか?」
「けっ、ビビるんじゃねえ。騎馬兵つっても所詮一人増えただけじゃねえか。しかも女のガキだぜ。ちょうど手が空いている二人で相手してやれ」
――おーっと、一人じゃないぜ――
馬上で槍を構えるミディアの後ろ。丸太小屋の扉の奥から馬に跨る牧童達が一騎、また一騎と姿を見せる。
「お嬢さんを一人で闘わせるなんてOK牧場のカウボーイの名折れですぜ」
牧童頭が照れたように鼻を擦りあげる。
「マックス……。いいのか? 私にはこの槍がある。だが、お主達には武器がない」
「へへっ。心配ご無用。俺達は武器なんかなくてもこのロープがありますぜ。自慢の投げ縄で奴らを縛り上げてやりますぜ。なあ、みんな!」
――オウ!――
「お前たち、悪者共にみせてやるんだ。……カウボーイ魂って奴をな」
そう言いながらOK牧場主のエドウィンが耐火煉瓦を使った特性かまどを組み上げる。
「ビビるんじゃないよ、暴れ牛と同じさ。もし怪我をしたらすぐにココへ戻っておいで。アタシ自慢の塩麹をまぶしたバーベキューを食べれば、HPなんて速攻回復だよ!」
夫に負けじと妻のエイコはテキパキと肉や野菜を串に刺して並べていく。見る見る内に戦闘フィールドの一角がバーベキューガーデンへと早変わりした。
「父上、それに母上まで……」
馬上のじゃじゃ馬娘の目に涙が光る。
「ロビン様を助けるんだ。ハイヨー、ポニーちゃん!」
「ミディアお嬢さんに続け! 遊撃隊を取り囲んでいる白装束ども残らず引きはがせ」
【あとがき】
戦闘シーンも大詰めを迎えております。あちこちに貼った伏線をこっそりと回収しながらの描写に筆が進まない。(でも一時期のスランプに比べれば雲泥の差があるw)それでもなんとか執筆を続ける独さんに励ましのコメを(コラコラ)
ほんの少しでも興味が惹かれたお優しい読者様。ぜひ画面上の【ブックマークに追加】をポチッと押してくださいませ。不定期更新の我が拙作が更新されたら自動的にお知らせしてくれますよ。便利便利~。




