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⑨『初めての騎馬は、匹夫之勇?⑨』

【前回までのあらすじ】

――ネットカフェからシミュレーションゲームの世界へと転生されてしまった藤堂、酒田、竜馬の三人。OK牧場を廻る疫病事件の謎に目星を付けた藤堂は、ウサギ妖精のフェアリーを使って一計を案じる。一方、原因不明の疫病をでっち上げてまでOK牧場に固執する免疫調査団の団長パラケスは、マウントパーソンの副町長を焚き付けて最後の詰めに取り掛かった。

 藤堂が立ち上げた遊撃隊VSパラケス率いる疫病調査団。のどかなOK牧場が今まさに戦場へと劇的に変化する。パラケスが咽から手が出るほど欲しいOK牧場の秘密とは? 果たして藤堂の打った手は功を奏するか?――


「魔術師のくせに、戦闘ではまったく、役に立たないお前達を、一体誰が拾ってやった? いいか、その恩を忘れるなよ? お前達は私の影だ。影が喋るか? 影が物を考えるか?」


 フードに隠れて魔術師の表情は見えない。だが、その口元から滴り落ちる鮮血が廊下の床に血溜まりを広げていく。


「何だ、その反抗的なその目は? ふん、まあ良い。身の程知らずのお前の勇気に免じて先ほどの質問に答えてやろう。あんなタヌキなど放って置けば良いのだ。元々、奴は……」


 エキサイトした団長は、さらに口に出そうとした言葉を忌々しそうに飲み込んだ。役所の事務員達が聞耳を立てていることにようやく気づいたからだ。


「チッ、喋りすぎたか。おい、いつまで寝ている。お前はコイツをさっさと薬草で回復しろ。そっちのお前は、疫病調査団の全員を裏庭に集合させておけ。いいな?」


「は、はい」


 部下の魔術師は命令どおりにギクシャクと動き始めた。一人裏庭とは逆方向の廊下の奥へと歩き去るパラケス団長に魔術師三人は「どちらへ?」と尋ねることもできない。


 そんな部下の思惑など関知せず不敵な笑みを浮かべるパラケスはそっと呟いた。


「ではそろそろ。OK牧場の決闘といこうか?」

 その日の深夜、広大なOK牧場の敷地の最北端。一寸先も見えぬ闇の中、淡い光が人魂のようにユラユラと揺れている。


「ジェイク、どうだ?」

「たぶんココだよ、アーサー。でも、念のためにもう少し掘ってみるよ」


 牧草地を掘り起こした深さ五メートルは優にある狭い穴の中。白いフード姿の魔術師二人が、お互い背中合わせのまま土壁に手を当ててモゴモゴと何かの呪文を唱える。


「ああ、確実に鉱脈を探し出さないと。これ以上、団長の逆鱗に触れるのはゴメンだぜ」


 二人の上から別の声が響いた。縦穴の中の魔術師達が見上げるともう一人の仲間が諦め切ったように疲れた顔で彼らを見下ろしている。


 周囲に警戒の目を向けながら縦穴の入り口で待機する男は、マウントパーソンの町役場でパラケス団長から暴行を加えられた魔術師のリーダーのトーマスだ。


「上の様子はどうですか? 牧童達に気づかれるとマズイですから。何かあったらすぐに言ってください」


 穴の底から不安げに響いてきた声に、トーマスは何とか元気付けようと二人に励ましの言葉を掛ける。


「心配ないよ、ジェイク。奴らは牧場の仕事を取り上げられてストレスが溜まっているんだろう。朝から晩まで酒を飲んで憂さ晴らし。俺達の事なんて気にも留めない筈だ」


「了解です。じゃあもうひと踏ん張りしますか。掘ってー、掘ってー、また掘ってと……」

「二人とも疲れたら俺が代わるからな」


 牧場関係者ですらほとんど見回りに来ない牧草地。夜明けまでにはまだ遠い。黙々と掘削作業を再開した白い格好の魔術師達を照らすランタンの光だけがそこにあった。


 だが、その時突然。暗闇の向こうから場違いに明るい声がこだました


――よう、ご同業の三人さん。精が出るね?――


「だ、誰だ! クソッ、敵か? 二人とも早く登って来い!」


 まさかこんな場所で突然声を掛けられるとは想定外だった。だが、すぐに疫病調査団の魔術師リーダーは、仲間が入った縦穴の入り口を背にして応戦態勢に入る。


――まあ、まあ落ち着いて。オイラ達、決して怪しい者じゃないよ?――


 声色の違いから闇の向こうに潜む者はどうやら二人組らしい。リーダーのトーマスは、ワザと大声を張り上げて仲間のアーサーとジェイクが穴から這い出る時間を稼ぐ。


「ふざけるな、こんな場所でしかも時間。いきなり声を掛けられて怪しくない訳があるか!」


――怪しいのはお互い様でやんすよ。免疫調査団の魔術師さん方々……――


「な、何故それを? 貴様達、OK牧場の牧童か?」


 ようやく縦穴から這い出たアーサーが闇に向かって叫ぶ。


――ブッブー、残念ハズレだよ。ほら、大丈夫だってば。オイラ達何もしないから安心していいよ。もう一人の仲間も早く引き上げてあげなよ――


「……そうか、貴様達。藤堂王子の遊撃隊だな」


――ピンポーン。正解でやんす。今からそっちへ行ってこっちの顔を見せやすね。ホント、何にもいたしやせん。ただ、あっしの話をちょっと聞いて欲しいだけなんでさ――


 一瞬の間をおいて、五メートル程先にパッとランタンの明かりが灯った。フードを被った二人組の姿がボンヤリと闇に浮かんでいる。


 魔術士のトーマスは、アーサーが最後の一人ジェイクを引っ張り上げたのを背後に確認した。と同時にリーダーとしての決断を下し、背後の二人に低い声で指示を出す。


「いいか? 二人とも。俺が奴らに攻撃魔法をぶち込む。お前達はその隙に逃げろ!」

「で、でも、トーマス。貴方はどうするんです?」

「俺はあいつ等をココで足止めする。お前達はこの事を団長に報告するんだ。いいな?」


 トーマスがひそひそ声で仲間に指示を出している間、遊撃隊の二人は闇の中からゆっくりとした足取りで近づいて来た。


「フンッ!」


 トーマスは縦穴を掘り返してできた土の山に向かってパンッと両手を合わせた。次の瞬間、子供の頭ほどの大きさの土塊がふわりと空中に浮かび上がる。


「これでも喰らえ、マッドボール!」


 近づいて来るランタン目掛けて魔法を放つ! だが、淡い光に照らされる小柄な方の人影は、高速で飛んできた魔法の土塊を華麗なステップで見事に避けた。


「うひゃー。あっぶねー」

「今だ! アーサー、ジェイク。走れ! 早くここから脱出するんだ!」


「分かった!」

「後は頼みます」


 背後にいた仲間の気配がスッと離れるのを確認したトーマスは、さらに呪文の詠唱に入る。しかし、目の前に現れたもう一人の敵が唱える魔法に思わず耳を疑った。


「悪いでやんすね。ここであんた等に逃げられると藤堂王子に顔向けができないんでさ。ほいっと!」


――ズ、ズ、ズ! ズガガガガガ!――


 突如、深夜の牧草地に轟音が響いた。局地的な地震が発生し、地面から巨大な土壁が隆起していく。見上げるほど何層にも重なる断層が疫病調査団の三人を半円状に取り囲んだ。


「ば、馬鹿な! これは、土の魔法?」

「俺達とはレベルが違うぞ!」

「に、逃げられませんよ。ど、どうします?」


 退路を完全に絶たれた三人は、目の前に出現した想像を絶する魔法にすっかり逃げる気力を失った。暗闇の奥からようやく姿を見せた二人に気が付きもしない。


「えーっと。まずは、あっしの話を聞いて……」


「ちょっと、ゲンさんってば! オイラ思うに、こういう場合はまず挨拶と自己紹介から始めるべきじゃない?」


「そ、そうでやすか。どうもいけねえや。あっしはすぐ結論を急ぐ癖がありやすからね」

「という訳で、ここはひとまず休戦ってことで。魔術師さんたち、どうかな?」


「……降伏勧告じゃないのか? まあ、確かにこちらには撤退する手段もない。かといって俺達には攻撃力などある筈もない。分かった、休戦に応じるとしよう」


 疫病調査団の魔術師リーダーの言葉に残りの二人も諦めたように警戒態勢を解いた。


「じゃあ、あっしから自己紹介からさせていただきやす。名前はゲンガーバルトシュタイン。皆からはゲンさんって呼ばれておりやす。見てのとおり土の魔術師でやんす」


「オイラは竜馬。職業は盗賊だよ。藤堂の兄貴……、いけねっ、藤堂王子が立ち上げた遊撃隊のメンバーだよ」


「……私はトーマス。故あって今は疫病調査団の一員としてパラケス団長の下で働いている。後ろの二人はアーサーとジェイク。我々は三人とも土の魔術師だ」


「なるほど。やはりご同業ですな。どうやら藤堂王子の読みが的中ってところでやんすか。じゃあまずは、あっしの話を聞いてもらって……」


「もう、ゲンさんってば。とにかく立ち話もなんだからさ。ほら、休戦協定のテーブルに着くってことで。まずはそこら辺に座って話さない? 話も長くなりそうだしさ」


「そうでやんすな。では、ほいっと」


 口の中でなにやらゴニョゴニョと呪文を詠唱する。だが……。


「こりゃいけねえ。どうやらさっきの大技一発で魔力がすっからかんになったでやんす」

「あはは、ゲンさんらしいや」


 その光景に思わず苦笑いを浮かべたトーマスが両手をパンッと合わせて息を吐いた。


「フンッ!」


 掛け声と同時に牧草地の地面がズンッと円を描いて切り取られる。両手を広げたくらいの大きさでせり上がってきた円柱が腰の高さでピタリと止まる。気が付けばその台座は緑に覆われた円卓となって五人の前に鎮座していた。


 すかさずリーダーの意を汲んだアーサーとジェイクも同時に両手を打ち鳴らす。次の瞬間、続けざまにボコボコと土が盛り上がり、五脚の椅子が円卓を囲んで均等に配置された。


「場所はそちらで用意して頂いた。せめて休戦協定に着くテーブルと椅子ぐらい、こちらが提供させてもらう」


「おお、すげぇ! やるじゃん! オイラ、今猛烈に感動しているよ」


 驚きで目を見張る竜馬を筆頭に全員が輪になって円卓の席に着いた。


「何を今更。退路を封鎖したそちらの土壁魔法に比べたらこんなものは児戯に等しい」


 背後に聳え立つ絶壁の土壁を振り返ってトーマスが小さく首を振る。


「いやいや、違うって。そりゃ確かにゲンさんの魔法に比べたら見劣りするかもしれないよ。でも、オイラが「やるじゃん!」って言ったのは、あんた達の心意気のことだよ」


「心意気?」


「ああ、そうさ。あんた達、三人とも土の魔術師だってね? 縁の下の力持ちじゃん。こういった芸当がさらっとできるのはオイラ凄いと思うよ」


「土の魔術師を評価する人間がまさか敵に居るとは驚きだ。縁の下の力持ち……と言ってくれるのは感謝する。だが、結局はどこへ行ってもお荷物でしかない役立たずだ」


「で、でもトーマス! 今回の作戦で功績を収めれば僕達だって……」

「ジェイク、余計なことを言うな!」


 トーマスは隣に座る若い魔術師をたしなめる。


「あんた達には悪いと思いやすが……。あっしらは、疫病調査団の悪巧みを全て見抜いておりやすぜ? 藤堂王子はこういう腹の探りあいは得意みたいでやすから」


「な、何だと!」


「でも、女の扱いだけは全然駄目だけどね」


「あ、竜馬。いいんですかい? そんな事言って。今回は大勢で押しかけると戦闘になりそうだからってあっしら二人を指名されて、ワザワザ王子は席を外したんでやんすよ?」


「あー。今のは無し。ねっ、頼むよ」


 二人の漫才に三人の魔術師が目を点にしているのを見たゲンさんは、咳払いを一つして話を戻す。


「ウォホン。すいやせん。話が脱線して。要するに疫病調査団は、OK牧場で原因不明の疫病の調査をしているフリをして、実はこの土地の地質調査をしていたんでやんしょ?」


「うっ、どうして分かった?」


「あっしも土の魔術師の端くれ。それくらい分かりやすよ。まあ突然、隣村からこのマウントパーソンの町まで藤堂王子に呼び出された時は、いったい何事かと思いやしたけどね」


 肩をすくめる遊撃隊のゲンさんは、魔術師というよりも土建屋の親父にしか見えない。


「牧場に着いてすぐにピンときやしたよ。ズバリ、ココには『銀の鉱脈』が眠っているでやんしょ?。それもかなりの埋蔵量が」


 銀の鉱脈。この世界において、銀は地球上でのレアメタルに匹敵する価値がある。中でも銀を精製して作った武器や防具は、通常の鉄や鋼のアイテムとは比較にならないほどの攻撃力や防御力を有している。


 各国の王達は、地下資源としての銀を血眼になって捜し求めていた。


 それもその筈。配下の騎士団に銀の武具を満遍なく装備させるだけで各国の戦力比は一変し、現在の国境線が一夜にして塗り替えられるとまで言われている。


「……ふぅ。そこまで知られているとは。残念ながらこれで終わりのようだな」


「クソッ! パラケス団長に、俺達「土の魔術師」の存在価値を認めさせる千載一遇のチャンスだったのに……」


「ねえ、アーサーさん。あんた本当にそう思っているのかい?」

「どういう意味だ?」


「昨日の昼、町役場で遊撃隊と疫病調査団がやり合いそうになったのを覚えているかい?」

「もちろんだ」


「実はオイラ、あれからもう一度役場に顔を出してみたんだ。兄貴……じゃなくて藤堂王子に頼まれた情報収集がイマイチ不十分だったからね」


「それが何か?」


「役場の職員が皆口を揃えて心配していたよ。あのいけ好かないキツネ顔の団長にトーマスさんがフルボッコにされたって」


「あっ!」


 ちょっとしたトーマスの意見具申に腹を立てた団長が、役場の廊下で魔術師のリーダーに暴行を加えるのを黙って見ているしかなかった苦い記憶がアーサーの脳裏に蘇る。


「ねえ、ジェイクさんはどう思う? さっき『今回の作戦で功績を収めれば僕達だって……』って言ったよね? でも、本当にそう思うのかい? オイラには信じられないんだ」


「ぼ、僕は……。その……」


 疫病調査団で一番若い魔術師ジェイクは、他の二人の顔色を伺いながら口ごもる。


「役場で聞いたよ。あんた達、パラケス団長の影なんだって? 戦闘に向かない土の魔術師がいくら頑張っても、あのキツネ面が褒めてくれるとは到底思えないんだよ、オイラ」


「そうだ。あの人は土の魔術師など体の良い探索機械としか考えていない。使えるだけ使う消耗品。結果を出さなければ……壊して捨てるだけだろう」


「その点、うちの兄貴は違うぜ! ゲンさんだってあんた達と同じ土の魔術師だし。オイラなんて盗賊だぜ? でも、兄貴はオイラ達を仲間にしてくれたんだ」


「そちらの魔術師、ゲンさんと言われたか? 貴方は土の魔術師と言っても我々とはレベルが違う。藤堂王子もそれを見込んで……」


「それはどうでやしょう? トーマスさん、さっきあんた攻撃魔法を使われやしたよね?」


「マッドボールのことか? あれは土の魔術師の初歩も初歩。うちで一番若いジェイクでさえアレくらいは使えるが……」


「そうでやすよね。でも、笑わないでくださいまし。あっしには無理なんでやんすよ」

「ま、まさか! これほどの上級土壁魔法を操る貴方が?」


「ホントだよ。ゲンさんは戦闘にも出たことないよ」

「馬鹿な。信じられない。なぜそんな魔術師を藤堂王子は重用する?」


「だからうちの兄貴は、パラケスなんかとは違うんだって。オイラだって攻撃力なんてほとんどないし戦闘には向いてないよ。でも、人にはそれぞれ役割がある。兄貴はそれをちゃんと分かってくれているんだ。だから、オイラは遊撃隊で自分にできることをやっているんだ」


「ココだけの話、あっしら元々は山賊の一員だったんでさ」


 ゲンさんがそう言いながら口の端に苦笑いを浮かべる。


「山賊? 遊撃隊というのは、確か藤堂王子直属の公的な部隊ではないのか? にもかかわらずそのメンバーが山賊出身とは……」


「ええ、その辺りは王子のお人柄でやんす。山賊をやっていた時も戦闘力はからっきしだもんで、毎日毎日地面を掘り返して山賊のアジトを広げていたんでさ」


「僕達に似ている……」


 ゲンさんのカミングアウトを聞きながら若いジェイクが呟いた。


「そりゃそうでやんしょ。同じ土の魔術師なんだから。で、その山賊の首領って奴がまた酷い男でやんして。あっしなんかいつも「魔術師どこ行きやがった? さっさと穴を掘りやがれ!」こればっかりでやんした」


「うんうん。オイラなんか「働かざるもの食うべからず」って散々ぶん殴られたよ」


「そんな折に藤堂王子が山賊を退治してくれやしてね。それなのに敵であるあっしを倒さずに手を差し伸べてくれやしたんでさ。攻撃力の「こ」の字もない、こんなあっしに」


「オイラだってそうさ。戦闘なんて大嫌いな臆病者の盗賊だよ。でも……。でも、兄貴はこんなオイラのことを『必要』だって言ってくれたんだ」


「そうか。貴方達の境遇は大体分かった。それで休戦協定とはどういうことだ?」


「ようやく本題って事でやんすね。あっしは腹芸なんて苦手でやす。だから単刀直入に言いやすぜ。藤堂王子からの伝言は一つ。あっしらの力になっておくんなさいって事で」


「な、何? 俺達に疫病調査団を、パラケス団長を裏切れと言うのか!」


「いいや、違うよ。オイラ、裏切るって言うのは人と人が対等の立場で初めて成立すると思うんだ。でも、パラケス団長はトーマスさん、アーサーさん、ジェイクさん三人と対等かい? 人間扱いしない相手を裏切ると裏切らないとか、おかしいだろ?」


「確かに君の言うことはもっともだ。我々三人がきわめて理不尽な扱いを受けているのは事実。しかし……」


 リーダーの戸惑いに答えるようにアーサーが口を開いた。


「なあトーマス、確か団長はこう言ったよな……」


――お前達は私の影だ。影が喋るか? 影が物を考えるか?――


「けれど、俺達にだって意思はあるだろ! 感情だってそうだ。土の魔術師は機械じゃないんだ。もう嫌なんだよ、こんな生活は。OK牧場の地下資源の秘密もバレた。トーマス、ここは休戦協定の申し出に乗ってみるのが得策じゃないか?」


「そうだな。だが、俺達はいつも三人一緒だ。ジェイクの意見も聞いてみたい」

「え、僕ですか?」


 牧草地の土で出来た急ごしらえの休戦協定のテーブルを囲む四人の目が、この場で一番若い魔術師に注がれた。


「あ、あの。その、僕なんかがこんな場で意見を求められても……」

「いいんだ、ジェイク。的外れだって良い。素直な気持ちを言ってくれれば良いんだ」


「じゃ、じゃあ。僕が思ったことは……。ひとつだけ。ゲンさんと竜馬さんは、僕達をちゃんと名前で呼んでくれた。それが何だか嬉しかったな。だって、僕達って他人から名前で呼んで貰う事なんてずっとなかったから……」


 若い魔術師の一言にトーマスとアーサーは、ハッと息を飲んだ。


「ジェイクさんの想い。あっしも山賊時代に同じでやんしたから良く分かりやす。山賊の首領は、あっしのことをいつも「魔術師」としか呼ばなかったから」


「そうだ。そうだったな、ジェイク。団長も俺達のことを名前で呼んだ試しがない。そもそも俺達は影呼ばわり。いつだって……」


――そこのお前、結果を報告しろ――

――そっちのクズ、これをやっておけ!――

――早くしないか、土野郎――


「こっちも雇われている身だからな。ある程度の命令は仕方がない。黙って従うよ。だがな、どうして団長は俺達を名前で呼んでくれないんだ? 俺達だって一生懸命やっているんだ。それなのに……。罵倒されたら凹む。殴られたら痛いんだ。クソッ!」


 三人の中でちょうど中間の立場にあるアーサーが吐き捨てる。


「影に感情は要らないのさ」

「トーマス……?」


「だが、俺達にだって感情がある。土の魔術師という誇りもあるんだ。聞いてくれ、アーサー、ジェイク。このままだと俺達は一生団長の影のままだ、それでいいのか?」


「良い訳あるか!」

「ずっと影のままなんて、僕は絶対に嫌です!」


「そうだ。パラケスは俺達三人を見分けようともしないクズ指揮官だ。もうあんな奴には付いていけない。俺は遊撃隊の休戦協定の申し出に賭けてみようと思う。どうだ?」


「いいぜ。俺は異議なしだ」

「僕も賛成です」


「ヒャッホウ! そうこなくっちゃ! オイラに任せておくれよ。絶対に悪いようにはしないからさ。うんうん」


「ふぅ。これで何とか藤堂王子から託された大任を果たせたでやんすね」

「ゲンさん、兄貴に言われたことがまだあったんじゃない?」


「おっと。お目付け役は厳しいでやんす」

「だってそれがオイラの役割だからね」


「トーマスさん。先ほど貴方は、パラケス団長が貴方達三人の見分けが付かないとおっしゃられた。違いやすか?」


「いや、そのとおりだ。特に今回の疫病調査団には我々三人以外に魔術師は同行していない。名前どころか、魔術師イコール自分の影という認識しかないだろう。それが何か?」


「ふんふん、なるほど。そこも王子の読みどおりでやんすね」


「団長を裏切るのは承知した。だが、知ってのとおり我々の攻撃力は期待しないで貰いたい」


「大丈夫でやんす。昨日の今日でいきなり元の仲間に向かって攻撃魔法をぶちかませとは言いやせん。間違いなく疫病調査団と遊撃隊は戦闘を開始するでやんすが、その時は三人ともどこかに身を潜めていただければ結構」


「加勢しなくてもいいのか?」


「ご心配なく。ちなみにあっしだって戦闘に参加するつもりはございやせんぜ? その辺は王子にもちゃんと申し上げてありやすから」


「ゲンさん。もうそろそろ場所を変えてもいいんじゃない? ここは暗いし飲み物だってないしさ。それに兄貴もOK牧場で首を長くして待っていると思うよ」


「トーマスさん達もあっしなんかより藤堂王子に直接会って話した方が安心でやんすね」


「ちょ、直接? 王子にお目通り頂くと言うのか?」

「大丈夫。兄貴はそんなの気にしない性質だから」


「じゃあ、そういう事で休戦協定は無事締結。あとは場所を変えて共同作戦の綿密な打ち合わせといきやしょう。ほいっと!」


 ゲンさんが呪文を唱えた。数個のランタンの薄ら灯りに照らされた巨大な土壁が、地響きを立てながら元の地面へとずり下がっていく。


――ズ、ズ、ズ! ズガガガガガ!――


 免疫調査団に見切りをつけた三人は、再び呆気に取られながら究極ともいえる土魔法を見つめている。


「あーあ。オイラ、腹が減って仕方がないよ。OK牧場の奥さん、何か食べ物を出してくれないかなー」


「あっしが聞いた話だとまたバーベキューで肉を焼いて頂けるとか」

「嘘? マジで? あの塩麹のタレが最高に美味いんだよ。じゃあ早く行こうよ」


「ちょ、ちょ、ちょ。竜馬、そんなに急がなくても……」

「だって向こうにはスーパー大食いシスターのタニアが居るんだよ? こんな場所でモタモタしていたらあっという間に肉がなくなっちゃうよ」


「うっ。それにはあっしも激しく同意でやんす」


 そう言いながらゲンさんも盗賊の後を追って走り出す。なんの話か分からずにキョトンとする三人を振り返り恭しく宣言した。


「では、お三方。申し訳ありやせんがここからOK牧場の厩舎までダッシュをお願いいたしやす。特製焼肉を食べたくないって人は別でやんすがね」

【あとがき】

 すいません。前回あとがきで申し上げたOK牧場の決闘には到達できず。いやー、伏線の回収って難しいですね。(さらに別の伏線まで放り込んでいたら世話がない)

 OK牧場の謎は、全て解けた! 事件の真犯人はお前だ! 次回、シミュレーションRPG狂騒曲サラリーマンが剣士で王子様? 『初めての騎馬は、匹夫之勇?』ファイル……いくつだっけ? 君にこの謎が解けるか?


――ネクスト独さんずヒント! ピポー、ピポーピポ――


「ウサギ妖精」


「バーベキューじゃなくてフェアリーの丸焼き?」

「キャーーーーーー! それは駄目駄目ぴょ~~~ん」

「おいおい……」


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