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シミュレーションRPG狂騒曲サラリーマンが剣士で王子様?  作者: 独身奇族
東奔西走編

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38/51

④『初めての騎馬は、匹夫之勇?④』

【前回までのあらすじ】

――愛馬を連れた少女ミディアの牧場に、ようやくたどり着いた遊撃隊。一行の前にタヌキ親父の副町長と疫病調査団の団長パラケスが現れた。疫病の蔓延を防ぐためとは言え、牧場の運営差し止めという釈然としない行政指導。まさに「お役所仕事」を絵に描いた様な二人の説明に藤堂の怒りが爆発した――


「ぐへへへ。藤堂王子様。王宮から正式な手続きを踏んで派遣された調査団に、横槍をお入れにならない方がよろしいのでは?」


 さっきまで顔面蒼白だった副町長の顔が、権力に尻尾を振る狡賢そうなタヌキ顔に戻った。ずり落ちそうになるズボンを掴む両手にも力が入る。


「そうだな。じゃあ、いったん牧場の運営を妨害する調査団への追及は止めよう」

「ぐへへへ。そうでしょう、そうでしょう。それがよろしいかと……」


「その代わり、副町長! お前を王子オレに対する不敬罪で処断する。覚悟しろ!」


「ひ、ひえええええ!」


 まさしく青天の霹靂にも等しい藤堂の断罪に、思わずタヌキ親父は両手で頭を抱えてガタガタとその巨体を震わせる。


 再びストンと足元に落ちたズボンに気が付きもせずに立ち尽くす彼の姿は、大きく迫り出した下腹に縦縞のパンツをはいた、まさにタヌキの置物そのものだった。

「装着!」


 王子がワザと副町長に聞かせるように右手をサッと振り抜く。金色に輝く光の粒子が煌いたと思った次の瞬間、藤堂の手にはショートソードが具現化していた。


「お、お助けを!」


 王子に胸倉を掴まれた副町長が、大きな顔から大量の脂汗を流して懇願する。首筋に突き付けられた白刃が、広い客間に差し込む陽の光にギラリと輝いた。


 みっともなく震え上がるタヌキ親父が、呼吸困難に陥りそうになりながらパクパクと口を開け閉めし、隣に立つ調査団のリーダーにすがりつくような視線を送る。


「パ、パラケス団長! は、早く君からも王子様をおいさめしてくれ」


 だが、副町長の窮地に王都から派遣された調査団の団長は、相変わらずのっぺりとした相貌に表情らしい表情を浮かべる事もない。


「藤堂王子。今ここで副町長を誅しても、事態の解決には至らないかと。むしろ王都との連携を欠く事になり……」


「原因不明の疫病の蔓延を食い止めるどころか、その手助けをしてしまう……ってか?」


 団長に皆まで言わせず、藤堂が途中でセリフを引き継ぐ。左手一本で副町長の巨体を浮かせていたが、そのままタヌキ親父の身体を突き放した。


「ぐはっ」


 無様に尻餅をつく副町長を尻目に、能面のように表情を崩さないパラケスは、慇懃無礼に腰を折る。 


「仰せのとおり。ですが、王子のお立場も十分理解出来ます。ここはひとまず調査団を牧場から一時撤収させます故、何卒副町長には寛大なご配慮を賜りたく」


「団長がそう言ってくれるのなら、俺としてもこれ以上とやかく言うつもりはない。内輪揉めの間に病気が拡大したなんてのは、こっちだって願い下げだからな」


 藤堂はどこか納得できない気分で、突き放した言い方になる。団長の顔に口の端を曲げた笑みを見た気がしたからだ。


(こいつ。単に疫病の調査団を指揮する役人にしては、身のこなしに隙がないな。確か王都から派遣された十二名の内、三名だけが疫病の専門家らしいが……)


 内心そんな思いを描きながら、細長い木板を敷き詰めた客間の床を這いずる様にして、部屋を飛び出していくタヌキ親父と、どこか得体の知れない団長を見る。


(少なくともパラケスというこの男、疫病の原因を究明する研究者には見えないぜ。事務系と言うよりも、どちらかと言えば冒険者。いや、ひょっとして……)


 藤堂は頭の中で現状整理しようとして、ジグソーパズルを組み立てようとする。だが、あまりにも情報量が少なすぎた。


 この疫病事件にどこか腑に落ちないもの感じてはいたが、それが一体何なのか? 今王子が手にしている僅かなピースでは、このパズルは完成しそうもない。


 厄介者が出て行ったのを見届けた夫婦が、熟考に沈む藤堂にようやく声をかける。


「王子様、この度は娘がご無理を言ったようで、ありがとうございました。あ、申し遅れました。私、ミディアの父でこの牧場主のエドウィンと申します」


「妻のエイコです」


 父親の方は真っ黒に日焼けした顔にチョビ髭男。奥方はブルーネットの巻き毛の美人。牧場経営者らしく、二人とも作業着のような服装に身を包んでいる。


(ちっちゃいな……。おっと、ヤバイヤバイ)


 藤堂が思わず口に出しそうになった言葉を慌てて飲み込んだ。小柄な少女ミディアの両親は、娘と同様に揃いも揃って背が低かった。


「いえ、別に大した事はしていませんから」


 外見アバターはこの国の王子だが、中身は社会人のサラリーマン。権力を嵩にきる奴には苛烈な口調で相手をするが普段はもちろん丁寧語だ。


「取り合えず目障りな調査団は、いったん牧場から引き上げるようです。牧童達にはっぱをかけて、通常の仕事へ戻るように言った方がいいですよ」


「父上! お聞き下さい。牧童頭のマックスが牧童達を連れ出して、牧場の仕事もせずに、真っ昼間から酒場で飲んだくれていたのです」


「そうか……」


 寡黙な牧場主は、愛娘から指摘されるまでもなく、使用人達のストライキ状態を知っていたようだ。頷いたままそれ以上口を開こうともせずに時が流れる。


「あなた、立ち話もなんですわ。皆様をいつまでも立たせておく訳にも参りませんし」


「ああ、そうだな」


「王子様、今夜はうちへお泊りになって頂けますよね。だったら、詳しいお話は夕食の時にでもいかがですか?」


 重くなる空気を振り払うように、妻のエイコが陽気な声を上げる。すぐにその空気を読んだサラリーマン王子が調子良く口を合わせた。


「町の宿屋にでも泊まろうかと考えていたんですが、遊撃隊のメンバー全員がお世話になっても構いませんか?」


「ええ、ええ。うちは、牧童達も一緒に牧場で寝起きしていますから。部屋だけはたくさんあるんですよ。さあミディア、皆さんをご案内してあげてね」


――■――□――■――


 広い牧場の敷地内の一角に、牧童達の生活する木造の家屋が数棟建っていた。その内の一つを貸切りにしてもらった遊撃隊のメンバーが居間に顔を並べる。


 丸太でこしらえた大きな丸テーブルを囲む。藤堂の左から順に時計回りでタニア、酒田、ロビン、竜馬が、硬そうな椅子にそれぞれ腰を降ろしていた。


「竜馬、疫病の調査団は十二名らしいんだが、お前が見た感じどんな風だった?」


「えーっと。兄貴に言われて、オイラ牧場のあっちこっちを動き回っているあいつ等を観察していたんだけど。やつ等、妙な格好の白ずくめの服装でさ……」


 藤堂が副町長と調査団の団長を相手に激しい舌戦を繰り広げている間、遊撃隊の他のメンバーは藤堂の指示で牧場内を見て回っていた。


「三人はローブを羽織っていたから魔術師だと思う。でさ、後の十人くらいはガタイの大きい奴ばっかり。調査団って言うより、あれはまるで軍隊だね」


「ロビン、お前はどう思う?」


「竜馬さんの意見に賛成ですね。タヌキのように太った男とキツネのような顔をした男が、白ずくめの集団を連れて町の方へ引き上げていきましたが……」


 寂れた牧場の客間を超一流ホテルのスィートルームと錯覚させるほどの美貌を持つアーチャーが、テーブルの向こうで微笑んでいる。


「疫病の原因調査にしては、周囲への警戒が半端じゃありませんでしたね。感染経路の特定と言うよりは、むしろ……」


「何かを探しているようだった……とか?」


 言葉を引き継ぐように口を挟んだ藤堂にロビンが賞賛の声を上げる。


「さすがです、王子。そして問題なのは、彼らが一体何を探しているかです」


「ね、ね。剣一? 今の話だと、牧場の麓で発生した疫病っていうのも、どこか怪しくない?」


 木製のテーブルに肘をつき、手の甲の上に形の良い顎を乗せたまま王子とアーチャーの話に耳を傾けていたシスターが、思いついたように口を開く。


「いいぞ、タニア。確かに怪しいな。例の【極めて局地的な疫病】の実態ってヤツ。どうやら俺達遊撃隊で独自に調べてみる必要がありそうだ」


「そちらの聞き込みは私にお任せください。明日の朝一番で疫病が発生した家を訪ねてみます。つきましては王子には、別の調査をお願いしたいのですが」


 遊撃隊の参謀役といった役回りがようやく板についてきたエルフが提案する。


「と言うと?」


「この町の役所です。あのタヌキとキツネのコンビが、どうも気になるのです」


「なるほど。発病した人間をロビンに調べもらっている間に、王子の俺が役所に探りを入れるって訳か。確かにその方が時間も手間もかからなくて効率的だな」


「そうですね。タヌキ親父は副町長、つまりその上には町長も居るはず。この町のトップから事情を聞き出すには、やはり王子が出向く方が賢明です」


「この前ベリハム村で、山賊のアジトとスライムの洞窟へ二班に分かれて出かけた時と同じだな。よし。明日も二組に分かれて行動しよう」


「ねえ剣一、タニアはどっち?」

「お前には、シスターの呪文で疫病が直せないかどうかを調べてきて欲しいんだ」


「うん、分かった。じゃあ、ロビンと一緒に発病した人がいる麓の集落へ行ってみるよ。キシリトール様のご加護がありますように」


 胸元が大きくカットされたデザインのセクシーな修道服に身を包むタニアが、両手を組んで目を閉じる。


「藤堂の兄貴、オイラもそっちへ一緒に行っていい? 役所とか警察とか、昔からどうも堅苦しい場所が苦手なんだよね、オイラ」


「悪いな竜馬。明日お偉いさん方の相手を俺がしている間、お前にはちょっとやって貰いたい事があるんだ」


「オイラにかい? 兄貴にそこまで言われたんじゃ、これはもう一緒に行くしかないね」


「先輩、僕はどうすればいいっすか?」


「鉄平も俺と一緒に来てくれ。ひょっとすると今日牧場から引き上げた疫病調査団と町役場で鉢合わせして、何かトラブルになるかもしれないからな」


「了解っす。そう言えば荒っぽい連中みたいっすからね。じゃあ先輩が町長達と喋っている間、僕は竜馬が動きやすいようにフォローするっす」


「ああ、頼む。ロビン、明日はミディアに麓の集落まで道案内を頼んでみるよ。いつ頃、どの家で、何人くらい疫病が発症したのか調べてくれ」


「分かりました」


「あ、そうそう、タニア。原因不明の病気ってのがどうも嘘っぽいのは間違いない。でも、不用意に患者と接触するんじゃないぞ」


「うふふ、大丈夫。タニアは、れっきとしたシスターだよ。ちゃんと神のご加護があるんだから」


「おいおい、王都から派遣された疫病調査団でも原因が特定できないんだから、ちゃんと手袋してから治癒呪文を試すんだぞ。念のため、うがいもちゃんと……」


「もう、剣一ってば。あんな白ずくめの調査団なんて、絶対におかしいと思っているくせに! あ、それともタニアの事がそんなに心配? ねぇ? ねぇ?」


 嬉しそうに両手を握り締め、豊かな胸の前でハの字に組む。大きな瞳をキラキラと輝かせながら、隣に座る藤堂の顔を覗き込んでくる。


「ば、馬鹿。お、俺は遊撃隊の隊長として、た、隊員一人一人の健康管理に気を配る義務があるんだよ。大体、お前はおっちょこちょいな所があるから」


 あたふたと言い訳をする藤堂の左腕に、タニアがそっと目を閉じながら自分の右腕を絡める。


「大丈夫だよ、無茶な事はしないから。ありがとう、剣一……」

 

 シスターのはち切れそうな制服越しに、極上の柔らかな胸の感触が藤堂の左肘へとダイレクトに伝わってくる。


(ぬおぉ! この“むにゃん”と押し返してくる低反発枕のような感触っ!)


 元々、仕事と剣道にしか興味のなかった藤堂は、リアル世界では女性にからっきしだった。


 こんな夢のようなシチュエーションは、サラリーマンの接客営業テクニックマニュアルにも載っていない。


「お任せ下さい、王子。タニアさんに無謀な真似はさせませんから」

「お、おう」


 気を利かせたロビンの合いの手にも、一言頷くばかりで顔を真っ赤に染めている。タニアに組まれた左腕は微動だにできず、頭から汗を噴き出すばかりだ。


「あーあ。二人とも熱い、熱い。オイラちょっと部屋の窓を開けてくるよ」

「ホントっすね。じゃあ僕はドアを全開にして空気を入れ換えるっす」


 王子とシスターのイチャラブに当てられた、竜馬と酒田の二人が椅子から立ち上がりかけた時、小さな人影が部屋に入ってきた。


――バタン!――


 扉を押し開けたミディアが、中へ足を踏み入れる。開口一番、丸テーブルを囲む遊撃隊のメンバー達に、夕食の準備が整った事を告げる。


「今夜は母上の手料理を堪能してくれ。おや、どうかしたのか?」


 室内の微妙な雰囲気を感じ取った騎馬少女が隊員達の顔を見回す。


「いえ。そんな事より牧場の料理ですか。これは楽しみですね」

「はにゃぁー、ロビン様―。たくさん召しあってくださいねー」


 モスグリーンの髪が軽くウェーブする天上の美貌に見つめられ、ミディアの小柄な身体がトロトロと床に溶けていく。


「あーあ、酒田の兄貴。オイラ、さらに室温が上がった気がするんだけど?」

「もう、放っておくっす。竜馬、二人でご馳走を平らげるっす」


「えっ? ご馳走? どこ?」 


 女戦士の酒田が何気なく口にした一言にタニアがピクッと反応した。直立不動の姿勢を取るや否や、今まで組んでいた王子の右腕を力任せに振りほどく。


「どわっ」


 椅子から投げ出された藤堂の事など最早眼中にない。まるで餌を探し求めるリスみたいに愛らしい小顔が、キョロキョロと部屋中を見回している。


 右手の人差し指をペロリと口に含んだかと思うと、風向きを確かめるように唾液の付いた指を立てた。開け放たれたままのドアに向かって指をかざしながら呟く。


「くんくん。どうやらご馳走はあっちの方角ね。ああ、キシリトール様。神のご加護に感謝いたします!」


「痛ててて。こら! そこは神様、関係ないだろ。単にお前の食い意地が張っているだけだ! ……って、あれ?」


 床に引っくり返った藤堂が腰を押さえて立ち上がる。彼の幼馴染に対する指摘はまさしく正論といった内容だったが、当の本人はすでに客間の扉の向こう側だ。


 いつの間にやら、ロビンと一緒に出て行ったのかミディアの姿もない。がらんとした部屋の中には、取り残された藤堂がポツンとただ一人。


「だから、肝心な王子オレを置いて行くなって言うのに」


――■――□――■――


 置き去りにされた藤堂が建物の外に出ると、牧場の裏手辺りから賑やかな声が聞こえてくる。同時に香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


 大きな特製のかまどを囲むように人の輪が出来ている。牧場主であるミディアの両親を中心に、遊撃隊のメンバー嬉しそうに歓声を上げていた。


 太陽が西に傾いた夕闇の中、かまどの中で轟々と勢いよく炎が燃え盛る。その上に据えられた金網は、三メートル四方の特大サイズ。


 かまどに放り込まれた丸太が、赤々と火に包まれている。網の目からチロチロと赤い舌を伸ばす炎の演舞が、色取り取りの食材に新たな命を吹き込んでいく。


「へぇー。バーベキューか、懐かしいな。昔は近所の河原でよくやったけど」


「もぐもぐ。剣一、遅いってば! むしゃむしゃ。お肉がなくなっても知らないよ。ごきゅん」


「うっ! ……いいからお前は、食べるか喋るかどっちかにしろって」


 金網の上に並べられた料理の数々。中でも肉と野菜が交互に刺された、一メートルは優に下らない長さの金串が、何十本と横並びになる様は壮観の一言に尽きる。


【ひょっとしてショートソードじゃないかのか?】


 誰もがそう疑いたくなる程長い金串の一番先には、牧場ならではのゴージャスな牛肉の赤い塊が、肉汁を滴らせてジューシーな歌声を披露する。


 次に目の覚めるような緑を主張するピーマンによる芳しい香りの弾き語り。さらに肉を間に挟んだその後には、黄色いトウモロコシの粒々が弾ける音を奏でる。


 またまた肉をサンドしたその下では、スライスされた真っ白な玉ねぎの輪切りからグツグツと汁が噴き出して、肉の旨味を引き立てるようにコーラスへと加わる。


 まさに料理の四重奏カルテット


 食材の持つ本来の味を壊さずにそのまま焼くだけ。シンプルだがその分奥の深いバーベキューは、肉と野菜のハーモニーを味わうには持って来いの料理だ。


「さあ、王子様。どうぞ召し上がって下さいな。私の手料理と言うのも何ですが、OK牧場の名物なんですよ。うふふ」


 ミディアの母が、肉汁が滴り落ちる金串を藤堂の前に差し出す。


塩麹しおこうじってご存知かしら? 肉を下ごしらえする時に、さっとまぶすだけで肉の旨味が何倍にも引き立つんですの」


「へえー。じゃあ遠慮なく。ふぅふぅ、おほっ! この肉、柔らかくて最高に美味いな。はふはふ。野菜も肉の脂っこさを消して、こりゃまた絶品じゃねえか」


「でひょ、でひょ? 剣一も、そう思うでひょ?」


 シスターの小さな唇の端から肉汁が顎へと流れ伝う。口一杯に肉と野菜を詰め込んで、さらにバーベキューにかぶり付くその姿はまるでリスかハムスターのよう。


 誰かに料理を横取りされるのが不安なのか? 王子の隣で舌鼓を打つタニアの手には、金串が三本ずつ握り締められている。


「だから、お前は食うか喋るかどっちかにしろって」


「もぐもぐ、らめらめ。キヒリチョール様の教えに……、ごくん。反しちゃうじゃない?」


「あのなー。シスターだったら、神様の名前ぐらいハッキリ口にしろよ」

「えへへ。隙あり! あむっ!」


 食欲魔神と化したその瞳が光った瞬間、タニアは藤堂が握るバーベキューの金串にむしゃぶりついた。


「どわっ! お、俺まだ二口しか食べてないのに。離せ、離せってば、この!」


 ブンブンと腕を振り回す。


 だが、制服姿の身体をスルメイカのようにビローンと伸ばす見習い聖女の幼馴染は、脱力状態にもかかわらず王子の金串をガッツリと咥え込んで離さない。


「なっ? お前、両手にまだ何本もキープしているだろ! 畜生、なんて食い意地が張っていやがるんだ」


 ついに自分の金串を諦めた藤堂に、してやったりの表情でタニアが胸を張る。


「ふっふっふ。油断大敵、火がボウボウだよ、剣一」


 そんな事を言いながら、両手に握り締める確保済みのバーベキューを表、裏と器用に引っくり返しながら焼き上げる。


(クソッ! ソッチがその気なら、コッチにだって考えがあるんだぞ……)


「じゃあ、俺はあっちのステーキを頂くことにするか」


 藤堂が視線を投げた先には、厚さ数センチもあるボリュームたっぷりのサーロインステーキが、じゅわじゅわと肉汁を滴らせながら出番を待っている。


 溢れ出る肉の旨味が、金網を伝って下へと流れ落ちる。その度にかまどの炭火が喜びの声を上げて香ばしい匂いを撒き散らす。


 両手の金串を引っくり返す事に忙しいタニアも、王子の呟きに釣られて豪華なステーキに眼をやった。


 タニアのその動きを気配だけで察した藤堂。古武術【中丞流】免許皆伝は伊達ではない。


(かかった!)


 彼女の意識を巧みなフェイントでバーベキューから逸らし、がら空きになったシスターの右手をホールドしてガッチリと固定した。


「さっきのお返しだ! いっただきまーす」


 タニアの白い手を掴んで離さず、彼女が握り締める三本の金串の内の一本に狙いを定め、あーんと大きく口を空けた。


 だが、その時。


――プスッ!――


 右手を拘束されたシスターは、自由な左手に持つ金串を何の迷いもなく、彼女のバーベキューにかぶりつこうとする王子の舌に突き立てた。


「うぎゃぁあー! 痛っへー。刺さっへる、刺さっへるっへ!」


「もう、剣一ったら王子の癖に意地汚いんだから。タニアが幼馴染だから笑って許してあげるんだよ。他の女の子だったら、本当にドン引きなんだから」


 ニッコリ微笑むシスターの背に後光が射す。藤堂に横取りされそうになった料理がようやく焼き上がったのを確認してから、一口で一気にそれを頬張った。


「主ひょ、彼の者にょ御霊みちゃまを回復しゃせ給え。ライヒャ。あれ?」


 口から溢れ出す肉と野菜の焼き汁を気にもせず、モグモグと咀嚼を続けるタニアが、おかしいなーと首を捻る。


「そんな口一杯に料理を詰め込んらまま、回復呪文を唱えへも効果ないらろ! 口の中が血ららけで、傷口にソースが沁みへ痛ひんだ。早く治してくれ」


 藤堂の方も痛みで麻痺する舌のせいで、しっかりとろれつが回らない。大きく口の外へ出してココ、ココと舌を指差す。


「え、何?」


 だが、すでに王子のダメージや回復呪文は彼女の記憶の彼方へ飛んでいた。遊撃隊の紅一点。回復役のシスターの手には、食べ終えた料理の金串はもうない。


 その代わりに、バーベキューの食材を金網に乗せるトングでステーキを掴むタニアが、キョトンとした顔で藤堂を見つめ返すばかりだ。


                         ――続く――

【あとがき】

 事件が徐々に明らかになってきました。白ずくめの調査団とその背後に見え隠れする副町長に藤堂王子の遊撃隊はどう立ち向かうのか? ストライキ中の牧童たちと遠く王都の王宮から糸を引く第二王子の影。謎と陰謀が渦巻く原因不明の疫病イベントをクリアして、世界統一の足がかりを築くために東奔西走する。

 次回『初めての騎馬は、匹夫之勇?④』乞うご期待!

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