⑥『王子の村興しは、空中楼閣?⑥』
【前回までのあらすじ】
――二組に分けた遊撃隊と村人達がそれぞれの任務を終えて、ようやく公民館へ戻ってきた。魔物の再ポップ調査を行った藤堂率いる二班では、期待どおりの成果が得られた。一方、山賊の地下アジトに向かった盗賊の竜馬達一班は、めぼしいお宝はなかったものの【虹の宝珠】をゲットする事ができた。この不思議なアイテムは、ゲーム世界の統一という険しい道程を歩む藤堂にどんな影響をもたらすのか?――
「あら、あなた。どうしたんですか、お料理をそんなにたくさん残したりして?」
公民館の引き戸がガラリと開けられると、妖艶な声が大広間に響き渡った。
まるでボンデージ衣装のように、際どすぎる制服に身を包んだシスター真由美。山賊のアジトから戻ってきた最後の食欲魔神が、炊き出し会場に降臨した。
たった一人の女性が、絶対的に不利だった戦局をあっと言う間に引っくり返す。神父とタニアが食べ残した皿が瞬時に綺麗さっぱりと空になった。
嵐のように料理と言う料理を喰らい尽くす美魔女が、たゆんたゆんと巨大な胸を波打たせながら気だるそうに呟いた。
「おかわり、まだかしら? うふふ」
(もう、いい加減にしてくれ!)
そう思いながら、藤堂は黄色いお新香をバリバリ噛み砕く。シスター真由美にご飯もおかずも横取りされて、もうそれしか食べる物が残っていなかったのだ。
藤堂達の第二班に続いて、山賊のアジトから公民館へと戻ってきた竜馬達一班の面々も、遅ればせながらようやく炊き出しの昼食にありついたところだ。
「……と言うわけで、藤堂の兄貴。山賊のお宝には目ぼしい物が見当たらなくてさ。オイラとしては、びっくりするような金銀財宝を期待していたんだけどなー」
婦人会が炊き出した昼食のご飯粒を口の周りにくっつけた盗賊の若者が、お茶碗を片手に残念がる。
「仕方がありませんよ、竜馬さん。所詮は山賊が溜めこんだアイテムですから」
「そうそう。あっしは宝物庫をこしらえた時にお宝を見てやしたから。財宝といっても冒険者から奪った金品だけだってのは、端から分かっていたんですがね」
竜馬の隣で昼ごはんに舌鼓を打つアーチャーと土の魔術師は、年若い盗賊の後見人といった風情だ。
「だが、今の俺達のレベルにちょうど見合った武器や防具だって、結構あったらしいじゃないか?」
「うん。山賊のお宝の中にダガーがあったからさ。オイラも初期装備だった盗賊のナイフからやっと武器の変更ができたよ。あんまり攻撃力は変わらないけどね」
「お前の場合は、カギ開けや盗むとかの盗賊スキルを活かすのが本業だからな」
「そうだね。どっちかというと防御力のある鎧とかがあれば良かったのに」
「竜馬さん、それだとせっかくの素早さが活かせませんよ。基本的に盗賊は最前線に出ることはありませんが、敵と出会ったら相手の攻撃をかわすのが先決です」
「そうだね、ロビンの兄貴の言うとおりだよ。宝物庫の中に銅の鎧なんかもいくつか転がっていたけど、どうやらオイラには装備できないみたいだったしね」
「まあ、とにかく良くやってくれた。村の老人会にも改めて礼を言うよ。皆が山賊のお宝を運んで来てくれたおかげで、遊撃隊の装備が底上げできたからな」
昼食を食べ終えてお茶をすすっている村人達に向かって、藤堂が深々と頭を下げると老人や若者達が慌てて姿勢を正す。
「とんでもありませんよ。王子様」
村人の誰もが畏れ多いと思いながら、いえいえと横に手を振った。
何者かの手によってこの世界に放り込まれた藤堂は、シミュレーションゲーム上では王子の役割を演じている。
仕方がなく他のキャラクターと話をする場合に使う言葉遣いは、上から目線の口調で通しているものの、中身はただのサラリーマンにすぎない。
他人に頭を下げてなんぼ。
そんな社会人の常識が身についた藤堂は、そのアバターが今は例え王子あったとしても横柄な態度を取る事はない。
「先輩! ホラ、見て下さいよ。僕の新しい得物っす」
所持品データをポップアップさせた女戦士の酒田が、一言“装着”と呟く。すると次の瞬間、ズンッと地響きに近い音を立てながら凶悪な武器が出現した。
「どわっ! 馬鹿野郎、こんな場所でそんなデカイ戦斧を出すんじゃない!」
思わず仰け反った藤堂の言葉どおり、酒田が具現化させた戦斧は、今にも公民館の床を突き破りそうな程の迫力だ。
「あーあ、見ろよ。武器の先っぽが、畳にめり込んでいるだろ! さっさと仕舞え!」
ただでさえ体格の良い女戦士が戦斧を構えると、まさに鬼に金棒のようだ。よほど嬉しいのか、先輩サラリーマンの忠告にも耳を貸そうとしない。
「山賊の首領が振り回していたアレと同じ物っす。今僕が使っている大斧よりも、ずっと攻撃力が高いから重宝しそうっす」
まるで槍のように長い柄の重心を掴み、巨大な戦斧を両手で器用にクルクルと回転させる。ギラギラと輝く凶刃が、唸りを上げて大広間の空気を切り裂く。
「ぶはっ! あ、危ないど。に、逃げるだ!」
酒田の近くでまだ食事中だった村人が、及び腰になって大広間の畳の上を一斉に逃げ惑う。
――キンッ!――
その時、抜き打ちで放った藤堂の刀が銀色の閃光を放つ。
「斧を仕舞えって言ったのが……、聞こえなかったか。鉄平?」
藤堂の長剣が、酒田の巨大な得物をギリギリと押し込んでいく。本気モードの鍔迫り合いに、新しい武器を手にして有頂天になっていた酒田が悲鳴を上げる。
「き、聞こえたっす。も。もう武器は人前で出さないっす」
ようやくロングソードを引いた王子に、ぜえぜえと肩で息をする女戦士が畳の上にへたり込んだ。
「ふう、死ぬかと思ったっす」
酒田は元々高校時代、柔道のインターハイチャンプである。武器を手にしない近接格闘であればともかく、剣技では中丞流の免許皆伝たる藤堂に遠く及ばない。
「ふん、分かればいい」
ヒュンッと長剣の風切り音が聞こえたかと思うと、次の瞬間藤堂の新しい武器は具現化を解かれて、所持品データへと戻っていった。
「そうそう、王子様。山賊のアジトで偶然こんな物を見つけたんですよ。汚い防具から転がり落ちて出てきたんですが、宝石にしては少し妙じゃありません?」
食欲魔人のシスター真由美がようやく腹八部目になって落ち着いたのか、色っぽい目付きで藤堂を見つめる。
イメクラ店の女の子が身に着けるような、限界ギリギリまで布地がカットされた彼女の制服。大きく開いた胸元に聳え立つ雄大な谷間が強調されている。
「えーっと、確かココに入れたはずなんだけど……」
彼女の白い手が胸の奥に差し込まれる。藤堂は知らず知らずの内にガン見状態で彼女の雄大なバストに視線を走らせていた。
「ちょっと、剣一ったら。ドコを見ているのよ!」
いかに剣の達人といえども、幼馴染が放つ不意打ちには対応できなかった。タニアの肘撃ちが綺麗に藤堂の脇腹を捉える。
「グハッ!」
腕を組んでツンとそっぽを向くタニアを横目に恨めしそうに見つめる。
ゲホゲホと咳き込んで涙目になる王子に、シスター真由美がようやく胸の谷間から目当ての物を取り出して手渡す。
「あ、あったわ。ホラ、これ。【虹の宝珠】ですって!」
藤堂の所持品データにそう表示されたアイテムは、山賊の地下アジトで見つかった時と同じく、藤堂の掌の上でメタリックなオレンジ色の輝きを放っている。
「何だ、コレ?」
魔力を秘めているのは十二分に感じ取れる。だが、宝石のようなこの珠が一体どんなアイテムなのか? 所持品データには、何も説明が示されない。
親指と人差し指に宝珠を挟み、片眼を閉じて透かすように仰ぎ見る。キラキラと煌く輝きが、公民館の大広間を橙色に染めている。
「誰か、【虹の宝珠】について何か知らないか?」
「若様、この爺に少しばかり心当たりがございます」
老執事がそう言いながら村人を押しのけて前へと進み出る。どうやら大食いバトルでシスター真由美に敗れた痛手から、ようやく立ち直ったようだ。
陣頭指揮していた婦人会の支援による物量作戦が、彼女の参戦によって完膚なきまでに叩きのめされた結果、チュートリアルはさっきまで前後不覚に陥っていた。
「それは【虹の宝珠】と呼ばれる宝玉の一つかと……」
「宝玉の一つ? 他にも何個かあるのか?」
「ウォホン、さようでございます。伝説では七つの宝珠が存在するとか。それぞれが虹の一色に光り輝く魔法のアイテムですな」
「何に使うんだ? 特別な効果でもあるのか?」
「申し訳ありません、私めが存じているのはそこまででございます」
(そうか……。結局またおかしなアイテムが増えたって事か。ゲーム当初から、【分からない、使えない、捨てられない】三拍子揃った“コレ”と同じか)
【所持品】
┏━━━━━━━━━
❙ ショートソード
❙ 秘薬草
❙ 秘薬草
❙ 虹の宝珠
❙ 運命の鍵
┗━━━━━━━━━
所持品画面をポップアップさせながら、心の中で呟いた。
王子の所持品データの最後にいつも表示される【運命の鍵】は、使うどころか取り出す事も出来ずに、数少ない藤堂の所持品欄を圧迫し続けている。
「ハイハーイ! マスターってば。そんな時はフェアリーにお任せだピョン」
藤堂の疑問に応える様に、ウサギ妖精の可愛い声が公民館の広間に響き渡る。王子の頭上に開いた次元の穴から、小さなバニーガールがひょっこり顔を覗かせた。
まるでトンボの羽のように煌く透明な翼をせわしなく動かして、妖精の身体が空中でホバリングする。私の出番とばかりに、ピンクの耳がピョンと立つ。
「えーっとね。フェアリー達ウサギ妖精の世界では【虹の宝珠】を七つ集めし英雄は、異世界へと通じる虹の橋を架ける事が出来るって言われているピョン」
えへんっ! と胸を張るフェアリーだったが、その言葉に血相を変えた藤堂の手がパッと翻る。
「何だと!」
次の瞬間、空中に浮かんでいた小さなバニーガールは、彼の掌にギュッと掴まれていた。
「どこだ? 他の宝珠はどこにある?」
「ううっ、マスター! 苦しいピョン。て、手を離……し……て」
「ちょっと、剣一ったら。フェアリーが死んじゃうじゃない!」
藤堂の突然の剣幕に驚いたタニアが、キューっと目を回しているウサギ妖精を王子の手から奪い取る。
「大丈夫?」
タニアが心配そうに介抱するのを横目で見る藤堂の頭にパッと天啓が閃いた。
(よし! どうやらこれが、ゲームクリアの具体的な目的のようだな……)
「先輩! フラグが立ったみたいっすね?」
藤堂と同じくこのシミュレーションゲームの世界に無理矢理引きずり込まれた酒田が、待っていましたとばかりに親指を立てた。
(鉄平の言うとおりだ。ゲームクリアの条件が「この世界の統一」だなんて、今まであまりにも漠然としていたが、これでようやく進むべき道が見えたって訳だ)
「ケホ、ケホ。マスターったら酷いピョン!」
フェアリーがタニアの掌から舞い上がり、藤堂の顔の前でぶうたれている。
「悪い、悪い。それでウサギ妖精の世界に伝わる話だと、【異世界】って言うのはどこを指すんだ?」
「うーん? フェアリー達の世界じゃないし……。そうかと言って、もちろんマスターたちが生活しているこの世界でもない事は確かだピョン」
「私が飛び出してきたエルフの世界でもないみたいですね。そのような伝承は聞いた事もありませんし」
超イケ面のアーチャーが、出奔してきた生まれ故郷を思い起こす。どうやらウサギ妖精界と違い、ロビンのいた人型妖精界には虹の宝珠に関する伝説はないようだ。
「そうか、焦っても仕方がないな。みんな、ちょっと聞いてくれ……」
大勢の村人と遊撃隊のメンバーが顔を揃えるベリハム村の公民館。藤堂が深刻そうに一声掛けると、騒がしかった畳敷きの広間が水を打ったように静まり返る。
「俺はこの先、村を離れて世界を統一する旅に出る。大法螺を吹くつもりはない。これは、どうしても遣り遂げなきゃならない事なんだ」
「剣一! もちろん遊撃隊も一緒だよね?」
「ああ。きっと苦労ばかり掛けると思う。だけど、俺一人じゃとても無理だ……」
「皆まで仰いますな、王子様。ご心配なさらずとも、今ここにいる全員が貴方様の味方ですよ」
村長がにこやかな笑みを浮かべながらそう言うと、村人達が口々に賛同を伝え始める。
「わし等、力も金もありゃしませんが、出来る事があったら何でも協力させて頂きますよ」
「何を言う! 今回取り掛かったばかりのプロジェクト【スライム王国】を成功させれば、この村も財政的に余裕が出来る。王子様を支援できるじゃないか」
「そうじゃ、そうじゃ! 明日からさっそく準備に取り掛かるだ。遊撃隊が居なくたって、わしらだけで十分出来るだよ。村人の意地を王子様に見ていただくだ!」
老人会、青年団、婦人会の誰もが、決意を胸に秘めた熱い思いで藤堂を見つめる。
「……ありがとう」
薄っすらと浮かぶ涙を悟られないように、目頭を押さえながらポツリと呟いた。
(やばいな。今、本気でグッときた)
生き馬の目を抜くようなサラリーマン生活の時には、思いもよらなかった感情が藤堂の心の奥底から湧き上がって来る。
「この村が、俺の故郷だ!」
何の計算も無く自然と口を突いて出た王子の言葉を耳にした村人達が、一気に感情を爆発させる。
「王子様、万歳! 王子様、万歳!」
誰かがこう叫ぶと、後は誰もが我知らずの内に続いていた。
公民館の広間を仕切る襖が人々の声でビリビリと震えだす。畳の上で何度も何度も村人の両手が高く掲げられた。
――続く――
【あとがき】
ついに藤堂が、村人の前で自分の決意を表明した。
王子が発案した「スライム王国」の村興し。そのレールを引き終えた彼は、後は村人たち全てを委ねて【虹の宝珠】を探すため村を離れる。
戦火渦巻く中、藤堂を待ち受ける新たな運命やいかに?
次回、新章スタート。
東奔西走編①『初めての騎馬は、匹夫之勇?(仮題)』乞うご期待!
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