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シミュレーションRPG狂騒曲サラリーマンが剣士で王子様?  作者: 独身奇族
鵬程万里編

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33/51

⑤『王子の村興しは、空中楼閣?⑤』

【前回までのあらすじ】

――藤堂の見込んだとおり、村外れの草原に出来た洞窟にスライムが再ポップした。机上の空論だった村興し計画は、このまま上手くいくのか? 一方、竜馬たちも山賊のお宝を首尾よくゲットできるのか?――


 立っているのもやっとと言う程の揺れが、薄闇に包まれる地下アジトの通路を襲った。押しつぶされる不安が、村人達をパニックに陥れる。


「あわわわ?」

「じ、地震だか?」


 だが、のんびりとした竜馬の声が腰を抜かしかけた老人達に掛けられる。わざとゆっくりした口調に、誰もが思わず“えっ?”と聞き耳を立てる。


「みんな! ゲンさん得意の魔法がどんなものか、その目で見られるよ!」


 戦乱の世を長年生き抜いてきた村人達は、膝が笑うほどの震動による恐怖よりも噂に聞く土の魔法の正体を確認する好奇心の方が勝った。


「おおおっ? 通路を塞いどった土の壁が!」


 老人会の面々が、一斉に驚きの声を上げた。


 土の魔法で地面からせり上がっていた土壁が、ゲンさんの解除呪文で元へとずり下がっていく。丸く掘り抜かれた通路の先が、上から徐々に姿を見せ始めた。

 ワーシントン王国の最北端に位置するベリハム村の近く。秘薬草を求めて冒険者が集まる辺鄙な山間に、昨日まで山賊たちが住処にしていた地下アジトがある。


 アーチャーのロビン、盗賊の竜馬、そして魔術師のゲンさんが、村人達を率いて地下通路を進んでいた。もちろん彼らの狙いは山賊が残したお宝の山。


 通路を塞ぐ土の壁が、ゲンさんの唱える解除呪文でズズズーッと地面にしずみ込んでいった。


「この先が大広間に繋がっているんだ。昨日オイラ達が山賊を全滅させた時、ゲンさんの魔法がこの通路を塞いじゃったのさ」


「すいやせん。山賊の副首領が別働隊を率いて村へ向かったのを慌てて追い駆ける破目になっちまって。この土壁を元に戻すのをすっかり忘れていやした」


 土の魔法を解除したゲンさんが、自分の頭をコンッと叩く。魔術師のフードを脱ぎ捨ててネジリ鉢巻でもすれば、どこから見ても土建屋の親父だ。


「凄えな、ゲンさん!」

「全くじゃ。無駄飯喰らいどころか、天下の大魔導師様じゃ」


 奇跡のような魔法を目の当たりにした老人会の村人達が、一斉に土の魔術師に駆け寄る。手を握り締めたり、肩を叩いたりして心の底から彼を褒め称えている。


「え? いや、あっしはそんな大そうな魔術師じゃ……」


 今までこれほどの賞賛の嵐に遭遇した経験がないゲンさんは、嬉しいやらくすぐったいやら何とも言えない表情で年寄り達に取り囲まれていた。


 坑道を塞いでいた土壁が消え、一行が大広間に差し掛かる。壁という壁に設置された蝋燭に灯された明かりが、まだ大広間を明るく照らし続けていた。


 土で出来たテーブルと椅子が乱雑に並んでいるのは、昨日の戦闘時のままだ。ナイフやコップなどの食器が散乱する中、あちこちに赤黒い血の痕が見える。


 獣脂の燃える臭いと蝋燭の明かりの揺らめきが、静かに大広間を埋め尽くしていた。つい昨日、ここで苛烈な戦闘があったなどと信じられない光景だ。


 遊撃隊が山賊の首領に苦戦を強いられた長机に挟まれた通路。そこが戦場とは気が付かない老人達が、物珍しそうに辺りを見回しながら通り過ぎる。


 何事もなく宝物庫の前までたどり着いた村人が、不思議そうに口を開いた。


「ここが宝物庫だか? だども、扉も何もねえだな」


 坑道の行き止まりの土壁を手で触りながら、老人会の一人が首を捻る。


「ちょっと下がって下せえ」


 ゲンさんが再び呪文を唱えると、今度は坑道の土壁に縦一直線の亀裂が走る。そこから土壁が左右にスライドしていき、宝物庫の扉が開いた。


「へえー、こんな仕掛けがしてあったんだね。普通に扉があればさ、オイラ盗賊のスキルで鍵をこじ開けてコッソリ中に入れたんだけどなー」


「さあどうぞ、お入り下さい」


 ゲンさんがそう促すと、今まで沈黙を守ってきたシスター真由美が我慢できずに宝物庫の中へ飛び込んでいった。


「お宝、お宝! 貴金属とか宝石なんかもあるかしらー?」


 ギリギリまでカッティングされた悩ましいシスターのコスチューム。深い谷間の大きな胸を揺らしながら、意気揚々と突入する彼女はまるで悪の組織の女幹部だ。


――■――□――■――


 一方、こちらは村外れの草原の地下に存在した広大な空間。藤堂率いる第二班はスライムが再ポップする出現ポイントを特定するために、狩りを続けていた。


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 青紫色したボススライムが、断末魔の雄叫びを上げてベチャリと地に伏せる。ドロリと流れ出た液状の中身が、腐臭を放ちながらシュワシュワと白煙をあげた。


「さて、これで魔物を全滅させたのも三週目だ。村長、魔物の再湧き場所をチェックしてみてどうだった?」


「はい。有難い事に三回とも同じ場所でスライムが再ポップしました。これなら観光客を含めたパーティでも比較的楽に狩りが出来そうです」


「そうか。魔物は三十分程度で再湧きするから、あとはいかに効率よくお客を捌いていくかだな」


「ねね、剣一? この戦闘エリアってボススライムが二匹も出たじゃない? と言う事は、観光客のパーティも二組で回せばいいんじゃない?」


「おっ、いいなソレ! 一つのパーティに付き、雑魚スライム五匹とボススライム一匹をセットで討伐させてミッションクリアって感じにするのか」


「うんうん。それならお客さんも二倍の人数が捌けるよ」


「うーん、ちょっと待てよ。それだとパーティが倒すモンスターが半分の数になるぞ。子供達がレベルアップするために必要な経験値が得られるか?」


「王子様、その心配には及びません。このアトラクションのターゲットは、十歳からの子どもがメインですから」


 村長がスライムの再出現ポイントを記した紙を懐に仕舞い込む。


「今日の戦闘だけでも村の若者は、全員レベルアップしましたから。戦闘するのも初めてで、しかもレベルゼロの子どもであれば、なおさら間違いないでしょう」


「あっ! ちょっといいだか? オラ今思いついたんだども、十歳の子どもにいきなり弓矢を持たせて、ぶっつけ本番でスライムをやっつけろっていうのは……」


「なるほど。いくら大人が魔物を取り囲んで反撃もないようにしても、実際に目の前でスライムを見ると、怖がって身がすくんじゃう子どもも居るだろうな」


 遊撃隊のメンバーと村人達が、村興しの根本を揺るがすような発言に頭を悩ませる。今まで大人の目線でばかり考えていたが、ターゲットは十歳程の子どもだ。


 藤堂やタニアのように十六歳以上であれば、この世界ではすでに大人の仲間入りをしている。実際に喫煙や飲酒も王国の法律で認められているくらいだ。


 この戦乱の世では、街中で見かける人々の中でも武器を携行している人がほとんどだ。ある程度の年齢になれば、武器を手にして闘う事に心理的抵抗がグッと減る。


 小さい頃からそんな状況で暮らしていれば、子どもといえどもそれが当たり前の世界だという認識が芽生える。精神的にも強くなる。


 だが、さすがに十歳程度では、中には引っ込み思案な子どもいるに違いない。そんな年端もいかない少年少女に、どうやって武器を取らせるか……。


「ジャーン! そんな時はフェアリーにお任せだピョン!」


 藤堂の頭上に妖精界に通じる次元の穴がポッカリ開いたかと思うと、体長二十センチのウサギ妖精が、お馴染み黒のバニースーツ姿で飛び出した。


「何か良いアイデアでもあるのか?」


「マスター、簡単だピョン。そんな弱虫ちゃんは、事前に楽しく練習させちゃえばいいピョン」


 フェアリーが透き通った四枚の羽根で地下の大鍾乳洞の空間を飛び回る。光苔に照らされたブロンドのポニーテールが揺れる様は幻想的ともいえる。


「どうやって?」


「これって、アトラクションでしょ? 難しく考えないで、ゲームだと思わせれば良いピョン。魔物じゃなくて、いたずら好きなスライム君を懲らしめるピョン」


 空中で羽ばたきながら静止するフェアリーが可愛くウィンク。彼女の一言で藤堂の脳裏に、ネズミをモチーフにした某大型テーマパークの記憶が蘇った。


(そうか! アトラクションの前には、係員の説明が付き物だな。イミテーションの短剣やロッドを子どもに渡して、あらかじめ予行演習させておくのが常だ)


「なるほど! 本番前に子どもに小さい弓を渡して、練習させておくって訳か」


「うんうん。いいね、それ。ゲンさんに土の魔法で、お客さんの順番待合室を兼ねた射的場を作ってもらったら? 剣一」


「ああ、デフォルメしたスライムのイラストを、土壁に立てかけて的にするか。親と一緒に遊び感覚で恐怖心を事前に取り払うんだ」


「的の絵になるスライムの中心に弓矢が命中したら、十点とか?」

「じゃあ二十点以上で、特製カードをプレゼントなんてどうっすか?」


「さっき言っていたお客を待たせるデメリットが、さらに解消されそうですね」

「オラんとこの坊主、試しにやらせてもらってもいいだか?」


「いいだな、それ! いっそのこと、村の子ども全員をレベルアップさせるって言うのはどうだ?」


「本番前の弓矢の予行演習に、レベルアップした村の子どもを使ったら? 同じくらいの子どもがビュンビュン矢を射るのを見たら、観光客の親も安心でしょ?」


 三人寄れば文殊の知恵。遊撃隊と村人合わせて二十人以上の画期的な知恵が、次から次へと飛び出してきた。広大な地下空洞にザワザワとした議論が飛び交う。


「ようし、聞いてくれ。皆のおかげで今日の目的はバッチリ達成できた。スライムの再ポップの確認。再ポップまでの所要時間、そして出現場所の特定だ」


 洞窟に踏み込む前に藤堂が説明した三つのポイント。その結果に非常に満足した様子で、村長以下二班として一緒に付いて来てくれた村人達の顔を見回した。


「さっき皆が出してくれた意見が、この村の未来を左右するんだ。いいか、遠慮したら負けだ。どんな馬鹿馬鹿しい考えでも遠慮なんかするな」


「もう、何言っているの? もともと剣一が考えついた村興しが、“スライム王国”だよ。馬鹿馬鹿しいにも程があるじゃない? 誰も遠慮しないって!」


 弾ける様な笑顔で叫んだタニアの声に、洞窟内に村人たちの爆笑の声が巻き起こった。


「じゃあ、今日のところはこの辺で引き上げるか?」

「賛成! 村の婦人会が腕によりを掛けた料理をこしらえて、待っている筈です」


 村長のセリフにモンスターを倒して続けて疲労のピークを迎えていた村の若者達が、再び元気を取り戻す。若いだけあってさすがに現金なものだ。


「俺が先頭に立って洞窟の入り口まで皆を誘導する。最後尾は鉄平、頼むぞ」

「了解っす」


――■――□――■――


 藤堂達の第二班が帰り仕度を始めた頃、山賊の残した財宝を確保するために地下アジトへ出向いた第一班のメンバーは、宝物庫へ足を踏み入れたところだ。


「お宝、お宝! 貴金属とか宝石なんかもあるかしらー?」


 メリハリの効いた魅惑のボディをまるで悪の組織の女幹部と見えなくもないコスチュームで包んだシスター真由美が、喜び勇んで宝物庫に飛び込んでいった。


 眩いばかりの金銀財宝が、ざくざくと部屋一杯に積み上げられて……いなかった。土壁をくり抜いて棚にした小部屋に、いくつかの武器や防具、道具が見える。


 まるで、スーパーマーケットの閉店セール最終日だ。何も置かれていない棚も目立つ。村の道具屋の方がまだ品揃えが良いかもしれない。


「あららら?」


 倉庫の中を見渡して、どこか拍子抜けしてがっかりした様子のシスターに、土の魔術師ゲンさんが申し訳なさそうに声をかける。


「宝物庫って言う割には、びっくりするくらい中は狭いでやしょ? 期待させたかもしれやせんが、現実には田舎の山賊が集めたお宝なんてたかがしれてやすよ」


「そうみたいね」


 部屋の棚の上で無造作に陳列された武器や防具といったアイテムを手に取りながら、シスター真由美が残念そうに呟いた。


 恐らくは、秘薬草のクエストを達成しようとこんな辺鄙な田舎までやってきた、哀れな冒険者達から山賊どもが巻き上げた品々だろう。


 そんなあまり価値がなさそうなアイテムの中、シスターが何となく気になったアイテム。磨けばまだ使えそうな鉄の胸当てを彼女の細い指が摘み上げる。


――カラン――


 すると、ゲンさんの土属性魔法でコンクリートのように固められた宝物庫の地面に、乾いた音が響き渡った。


「あら、やだ。この防具壊れているじゃない。部品が取れて落ちちゃったわ」


 松明と蝋燭の明かりだけを頼りに、床へ転がった部品を探し求める。


 床に膝をつく色っぽいシスターの制服が制服だけに、もし室内が昼間のように明るければ男達の目線は自然と彼女の肢体に注がれたに違いない。


 だが、運よく宝物庫の中は薄暗かったので、シスターのお宝ポーズに目を奪われる事もなく、目当ての物はすぐに村人の一人が見つけ出した。


「シスター、これだべか?」


 村の老人会に所属する爺さんが、嬉しそうに皺だらけの手を差し出す。その掌には防具の外れた部品ではなく、オレンジ色に光輝く宝珠が乗せられていた。


「何かしらこれ? 虹の宝珠ですって?」


 鶏の卵ほどの大きさのアイテムは、彼女の眼前にポップアップされた所持品データに【虹の宝珠】として表示されていた。


 老人から渡された玉を手に取ってしげしげと眺める。シスターである彼女の魔力に反応したのか、陽の当たらぬ宝物庫にまばゆい橙色の光が満ち溢れた。


――■――□――■――


 妻のシスター真由美が山賊のアジトの地下で見慣れぬアイテムをゲットしていた頃、第二班に同行していた夫である神父は、藤堂達と一緒に公民館に戻っていた。


「全能なるキシリトール様。今日のご飯が食べられるのも、貴方様のおかげです」


 食事に対する感謝の言葉を厳かな口調で唱える中、婦人会の奥様連中によって用意された昼食の良い香りが、公民館の大広間にゆっくりと広がっていく。


 畳敷きの公民館の大部屋、スライム討伐に参加した全員が座る目の前にそれぞれお膳が置かれ、岩魚の塩焼や山で採れた山菜のおひたしが並べられている。


 もちろん村人全員が、ワーシントン王国の国教として保護されているキシリトール教の敬虔けいけんな信者だ。


 神父のありがたい言葉を聞き終えて、食欲をそそる料理を前にしながら皆が一斉に手を合わせる。


「いただきます」


 掛け声がアーメンではないところなど、相変わらず宗教感はぐだぐだである。


 藤堂は、茶碗に盛られた白いご飯を美味しそうに箸で口へ運ぶ村人の姿を見ても『ナイフとフォークじゃないのかよ?』などと今更ツッコミを入れたりしない。


 女性陣で構成された留守番部隊を張り切って指揮していたチュートリアルは、まるで分身の術でも使っているかのように部屋のあちこちを飛び回って世話を焼く。


「こちらのお膳に、お漬物がありません。あ、焼き物はそちらから順にお出しして下さい。はいはい、お茶ですね。今すぐ参ります」


 老体に鞭打って働くそんな執事の姿に、ある意味感動しながら藤堂も大皿に盛り付けられた芋の煮っころがしに箸を伸ばす。


 もぐもぐと芋を口に入れて頬張りながら、ちょうど隣りの席で食事を取っている神父に声をかけた。


「なあ、ちょっといいかな?」

「は、はい。少しお待ちいただけますか、王子?」


 そう断りを入れながら修道服に身を包む彼は、給仕を務める村の婦人会の一人を呼び止めた。


「すいません。味噌汁とご飯のお代わりお願いします!」

「は、早い! もう二杯目かよ」


「あははは、まさか? 見習いシスターのタニアじゃあるまいし。私はすでに四杯目を平らげたところです」


 ふふんっと得意げに鼻を鳴らしながら、ようやく藤堂の方へと向き直る。


(この前、教会でご馳走になった時にも感じたけれど……。キシリトール教って、食べる量とスピードでキャラクターのレベルを決めているんじゃないか?)


 どうだと言わんばかりの顔をうんざり見つめながら、藤堂は心の中で呟いた。


 向かいの席では、物凄い勢いでご飯を口へかき込むタニアが、おかずの入った大鉢を次々と空にしていく。


「それで王子様、何か気になる事でも?」


 だがどちらかと言えば、神父の方こそ怒涛の追い上げを見せてお代わりを重ねるシスターの食べっぷりが気になっているようにも見える。


「いや。了解もなしに俺が考えた村興しに神父夫妻を巻き込んで、本当に済まないと思ってさ」


「何をおっしゃいます。確かに私はキシリトール教会の本山からこの村へ派遣された人間です。ですが、長年ここで生活して妻ともここで結ばれました」


 まさに聖職者の鏡といった笑みを浮かべる。迷える子羊は、彼の霊験あらたかなスマイルをひと目見ただけで恭順するだろう。


「私と妻は、今ではれっきとしたこの村の住人ですよ。ほら、ご覧下さい。皆の嬉しそうな顔を。この村に未来を示して頂き、感謝しているのは私も同じなのです」


 シスタータニアの父であるジョナサン伯爵が、全幅の信頼を置く有能な神父。


 ワーシントン王国の武の要、ジョナサン家の安全な直轄領から遠く離れた山村に、伯爵が愛娘を送り出す決意を固めたのも、ひとえにこの神父の存在がある故だ。


「そう言ってもらえると、俺も安心できるよ。いや、さすがタニアの親父さんが、一目も二目も置く神父だ。出来る男は、心が広いって言うか……」


「王子様、お話中失礼します」


 藤堂が珍しく相手を褒めようとしたところを、当の神父がみすぼらしい修道服姿の袖口から片手を伸ばして話を中断させる。


「タニア、さらに腕を上げましたね。だが、そこまでです!」

「へ?」


 王子の目が点になる。神父の叫び声を耳にして幼馴染のシスターに視線を移す。そこには何と両手に箸を装備したタニアが、豪快な食欲を見せ付けていた。


 ダイナミックな両箸使い。疾風怒濤の勢いで次から次へと食物を口へと放り込む。

 おかず、ご飯、おかず、ご飯、おかず、ご飯……。


 永遠に繰り返されるリフレインが、嵐となって周りの村人を寄せ付けない。まるで吸引力が落ちないどこかの掃除機のように、村の炊き出し料理を吸い込んでいく。


「もふもふもふ。まひにゃ、みんふはまにまへないんまから!」

「口一杯の食べ物を詰め込んだまま喋っても、何を言っているか分からねえよ!」


 思わず畳の床から立ち上がった藤堂が、食欲魔神と化したタニアに怒鳴る。

 だが、美少女シスターは聞く耳を持たない。


 神父に差をつけられたご飯のおかわりアドバンテージを取り返すべく、口の中に詰め込まれたおかずをゴキュンと飲み込んだ。


「ふふふ。タニア……、私に負けないと言いましたね?」


 おもむろに神父が口を開く。なぜか彼の背景が暗黒面に切り替わり、端正なその顔立ちが影に包まれる。不気味に光る両眼だけが暗闇の中に浮かんでいる。


「さっきタニアがモゴモゴ喋ったセリフ、よく判断できるな?」


 だが、藤堂の疑問はあっさりと神父に無視された。キシリトール教の名の下に、教会の二人による食い意地の張った戦闘の幕が切って落とされる。


「しゃらくさい! まだまだひよっ子のシスターなどに、むざむざ遅れを取る私ではない!」


「おーい! 『しゃらくさい』とか、『ひよっ子』とか聖職者にあるまじき発言になっているぞー」


「ちちちっ、神父様。剣一なんかと話し込んでいたのが運の尽きね。タニア、もうご飯のおかわり五杯目に突入したんだから。このまま一気にラストスパートだよ」


「こらこら。お前も『剣一なんか』とか『運の尽き』とか、シスターを辞めちゃっているようなセリフを吐くんじゃない」


「勝負!!」


 王子の仲裁? も功を奏さず、見事にハモった神父とシスターが大食いバトルに突入する。


「だぁぁぁ! 爺さん、黙って見ていないで何とかしてくれよ」


 思わず天を仰ぐ王子が、公民館の留守番部隊を陣頭指揮する老執事に泣きついた。


「若様、ご安心下さいませ。このチュートリアル、こんな事もあろうかと既に手は打ってございます」


 教会の二人が座る前に置かれたお膳の上から、瞬く間に料理と言う料理が消え去っていく中、老執事は余裕の表情で眼窩にはめた片眼鏡を外した。


 不敵な笑みを浮かべる老人が、どこからか取り出したハンカチで片眼鏡を拭き始める。バリッと着こなす燕尾服を見事に翻して叫んだ。


「婦人会の皆様、今こそ貴女達の真価を発揮する時ですぞ。予定どおりの手筈でお願いします!」


 チュートリアルの号令一下、公民館の厨房がにわかに活気づく。料理を運んでくる女性の数が、一挙に三倍に膨れ上がった。


 彼女達が胸の前で捧げ持つ特大のお盆の上には、料理が山盛りになった鉢がいくつも並べられている。


 呆気に取られていた王子がハッと気が付いた時には、公民館の台所から続く婦人達の行列が、熾烈な争いを繰り広げる教会の二人の席までズラーッと繋がっていた。


「じ、爺さん? 手は打ってあるって、まさか?」


 王子が信頼する老執事を恐る恐る振り返ると、案の定チュートリアルは【地獄の関西弁魔王】モードに突入していた。


「教会が、なんぼのもんじゃあー! 物量作戦でいったれやー!」


 捲くし立てるような執事の絶叫に、婦人会のメンバーがあらかじめ決められていた定位置に付く。神父とシスターの両隣、四人の主婦が仁王立ちになった。


 そんな周りの状況にお構いなしでガツガツと食べまくる教会側の二大戦力を、まるでわんこソバを給仕する職人のように婦人会側の四名が押し戻していく。


 食う、盛り付ける、食う、盛り付ける、食う、食う、盛り付ける、盛り付ける。


 消費と補填。


 最初は拮抗していた泥沼の攻防戦だったが、徐々に公民館の留守を預かっていた婦人会側に優勢の兆しが見え始めた。


「この先、教会には村興しのスライム王国で回復役としてお世話になります。村長の私が許可します。婦人会は村の食糧備蓄倉庫が空になるまで闘って下さい」


「おいおい! 村長までワル乗りしてどうするんだ?」


 もう勘弁してくれとばかりに畳にへたり込む藤堂が肩を落とす中、給仕に忙しい女性陣は村長の一言でさらに勢いを増す。


「ハイ、焼き魚を十皿追加!」

「こっちは、ご飯のおひつ五棹さお追加だよ」

「味噌汁の大鍋三つ、ヤケドしないでおくれよ!」


 食べ尽されて中身が空になった鉢が厨房に戻される一方、料理が山盛りになった皿が替わりに運ばれてくる。


 地の利を活かし村の食糧倉庫を全て開放して、次々と料理を出し続ける婦人会の二正面作戦が、教会が誇る二匹の魔神の食欲を減退させていく。


「う、うぷ。タニア、ちょぴっと苦しいかも?」


 さすがにご飯の特盛り十三杯目のおかわりに差し掛かったところで、シスターが口元を手で押さえる。


 思わず湯飲み茶碗のお茶に手を伸ばしたところに、神父の叱責が飛んだ。


「タニア、食事中にお茶を飲む事は身の破滅だと何度も教えたはず。口の中に頬張った料理をザーッと胃の中へ流し込む快楽……。それに身を委ねてはなりません」


「あっ!」


 湯飲み茶碗を掴もうとしたタニアの手が止まる。


「いいですか? 目先の欲望に溺れ、【お茶腹】になってしまえば、せっかくのご馳走を残してしまう。キシリトール様は、さぞやお嘆きになるでしょう」


(そ、そんな神様がいるかぁぁぁぁあ!)


 二人の言動を目の当たりにした藤堂は、もはや口を開く元気も残っていなかったので、とりあえず全身全霊をかけて心の中で突っ込んでいた。


「でも、神父様の顔色も良くないよ、大丈夫?」


(そ、それだけ食ったら、誰でも胸焼けぐらいするだろぉぉぉぉぉぉお!)


「心配いりませんよ、タニア。私はまだ大丈夫ですから」

「でも、このままじゃ……」


 箸が止まったシスターの不安どおり、教会側の戦力を叩き潰そうとする料理やご飯でてんこ盛りになった食器が、うず高く二人の前に積み上げられていく。


「無心で食べるのです。そうすれば、神はきっと私達に救いの手を差し伸べて下さいます」


(どんな救いの手だよ? 二人合わせて丼鉢で三十杯も食べたんだ。さすがにもうこれ以上は食えねえだろ? 早く“ご馳走さま”しろって!)


 神父の言葉に呆れ果てた藤堂が、ジト目で二人を見つめながら無言の突っ込みを入れた。


 まさにその瞬間! 救いの手が現れた。


「あら、あなた。どうしたんですか、お料理をそんなにたくさん残したりして?」


 公民館の引き戸がガラリと開けられると、妖艶な声が大広間に響き渡った。


 まるでボンデージ衣装のように際どすぎる制服に身を包んだシスター真由美。山賊のアジトから戻ってきた最後の食欲魔神が、炊き出し会場に降臨した。


 たった一人の女性が、絶対的に不利だった戦局をあっと言う間に引っくり返す。神父とタニアが食べ残した皿が瞬時に綺麗さっぱり空になる。


 嵐のように料理と言う料理を喰らい尽くす美魔女が、たゆんたゆんと巨大な胸を波打たせながら気だるそうに呟いた。


「おかわり、まだかしら? うふふ」


(もう、いい加減にしてくれ!)


 そう思いながら、藤堂は大根の黄色い漬物をバリバリ噛み砕く。シスター真由美にご飯もおかずも横取りされて、もうそれしか食べる物が残っていなかったのだ。


                         ――続く――

【あとがき】

 それぞれの任務を終えて、ようやく公民館へ戻ってきた面々。藤堂の村興しに対する調査は期待どおりの結果だった。一方山賊の地下アジトでは、めぼしいお宝はなかったものの【虹の宝珠】が見つかった。

 この不思議なアイテムは、この先藤堂の世界統一への険しい道程にどんな役割を果たすのだろうか?

 次回、鵬程万里編⑥『王子の村興しは、空中楼閣?⑥』乞うご期待!

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