③『王子の村興しは、空中楼閣?③』
【前回までのあらすじ】
――藤堂が考えついたベリハム村の復興計画。未だ詳細は不明だが、遊撃隊と村人達が一丸となってその準備が整えられていく。一方、南部戦線では、味方からも冷血部隊と恐れられる第十三小隊の隊長ギシュベル。そして王弟ガスバルの懐刀、ガーネット騎士団の蛇と揶揄されるエドモンドが手を結んでいた――
「ご安心下さいませ。このチュートリアル、留守番部隊でこそ我が本領を発揮できますゆえ。お昼ご飯を楽しみに、皆様は現場作業の方を頑張って下さいませ」
昨夜、村長と綿密に打ち合わせ準備が済んでいるのだろう。大きく開かれた公民館の扉の向こうから野菜を切る音が聞こえ、味噌汁のいい香りも漂ってくる。
「よし。じゃあ一斑に選ばれたメンバーは、山賊の地下アジトに向かって出発してくれ! 現地では、遊撃隊の指示に従って行動するように」
「了解」
ロビン、竜馬、ゲンさん、シスター真由美。そして村の老人会メンバーが、大きく頷いて公民館を後にする。
「さあ、俺たち二班も行くか」
「うん! 剣一、いよいよ村興しのスタートだね。村外れの草原へ出発侵攻!」
(それを言うなら、出発進行だけど。まあ、いいか)
ワーシントン王国の最北に位置するベリハム村。その中央に建てられた公民館から、大勢の人が流れ出して行く。
その流れは二手に分かれた。一方の班は、村を出てさらに北上するために北門へと急ぎ、別の班は村外れにある草原へと足を運ぶ。
「ところで村長。ほら例のバリケードって、まだあそこに設置したままだよな?」
草原に向かう第二班を陣頭指揮する藤堂が、相変わらず軽快な足取りで前を行く老人に声をかける。
「はい、もちろんです。あんな魔物にまた村へ侵入されたら大変ですから」
初めてこの村を襲ったスライムの脅威を思い出したのか。村長が少し身震いしながら王子の方を振り返った。
「ねぇ、剣一? スライムを使った村興しだけど、成功するといいね!」
そう言いながら、幼馴染のシスターが藤堂の腕を取る。長身の王子から、ちょうど頭一つ分だけ背の低いタニアが、斜め下からワクワクした視線を投げかける。
そう。藤堂が貧困に喘ぐ僻地の村を復興させようと思いついた計画は、何とスライムによる村興しだった。
先日この村を襲った魔物といい、昨日の山賊騒ぎといい、この村には近年にない凶事が続いている。
普通の人間なら、こんな災い続きの出来事など早く忘れてしまいたいと考えるだろう。
だが、藤堂はこの逆境を何とか活かすことが出来ないかをずっと考えあぐねていた。そこで思いついたのが、この【スライムによる村興し】である。
元々は突拍子もない王子のアイデアだったが、ふとした偶然から元山賊の土の魔術師であるゲンさんを仲間に加えて、一気に現実味を帯びてきた。
「いけるんじゃないっすか? 僕なんて、最初先輩から村興しの説明を聞いた時、『嘘? それマジっすか?』だったけど。すごく面白そうっす」
サラリーマン時代からの部下が、あっけらかんとした口調で話に割り込んでくる。女戦士のキャラに身をやつした? 酒田は相変わらず呑気な性格だ。
「そうだといいが。まあ、とにかくだ。昨晩説明したとおり、俺が思いついた村興しは、スライムを使って国中から観光客を呼び寄せるのが基本的な構想だ」
――スライム王国――
まさに「災い転じて福と成す」を地でいく王子の発想だ。昨日、作戦司令室に詰め掛けた村人達も、最初は開いた口が塞がらなかった。
こんな辺鄙な田舎にテーマパークを建設しようという構想自体、無茶を通り越して異常だ。観光客など来るはずがない。だが……。
「ここ数ヶ月、先輩を探してワーシントン王国を渡り歩いたっすけど、その時僕が見た限りじゃそんなイベントやアトラクションは、どこにもなかったと思うっす」
「そりゃそうよ。だって今、大陸中でずっと戦争が続いているじゃない? こんな殺伐としたご時世に、のんびりと行楽に出かける人なんて滅多にいないもん」
「村長の私が言うのもなんですが……。確かに行政の立場からすれば、子供達が遊ぶ公園の整備などは、財政的にも後回しにせざるを得ませんね」
「でしょ、でしょ? ましてやテーマパークだもん。隣町どころか、もう王都にだってそんなのある訳ないよ」
「それを十二分に踏まえた上での村興しですからね。でも王子様? あれはアトラクションと呼んでも良いのでしょうか?」
「ははは、『君もスライムを倒して、レベルを上げよう!』か? もちろんアトラクションだろ。しかもスライム王国の目玉イベントさ」
村長の問い掛けに藤堂が照れ臭そうに鼻をこする。
「最初は秘薬草のクエストを使って、何とか村興しが出来ないかを考えていたんだ」
「ああ、なるほど。秘薬草はワーシントン王国の中でも、この村の近くでしか採取出来ませんから」
「僕やロビンのように、冒険者なら一度はここを訪れるっす」
「でも、でも。やっぱりその数って、あんまり多くないよね?」
「恥ずかしながら、今シスターが言われたとおりです。その冒険者の来客を見込んで数年前に建てた宿も、今では閑古鳥が鳴いている状況でして……」
泣き出しそうなほど情けない表情になった村長が、草原へ急ぐ足を止める。
大事な村のお金を使って着工した一大事業が、結果的には失敗に終わってしまった事に、誰よりもその責任を重く感じているのだろう。
「だよね。村の財政を潤すくらいまで観光客を呼ぼうと思ったら、やっぱり秘薬草のクエストじゃインパクトに欠けるよ、剣一」
「俺もそこで行き詰っていたんだ。今はこんな戦時下だ。大勢の人をこの辺鄙な村まで引き寄せられるモノが、果たして秘薬草のクエスト以外にあるかどうか?」
「それが、スライムだったのね」
「ああ。俺もお前も、つい先日レベルが上がったばかりだろ? それは、たまたまスライムや山賊を倒した結果だ」
「オ、オラみたいな村人だって、戦闘に参加すればレベルアップ出来るのは証明済みだど!」
山賊との攻防戦でレベルアップした当の村人も、草原に向かう王子たち二班に配属されていた。
「俺とタニアは十六歳で……」
実際は二十六歳の藤堂が少し恥ずかしそうに口をつぐむ。このゲーム世界で二人は幼馴染という設定だが、その中身はいい年をしたサラリーマンだ。
「オ、オラ。今年五十歳になっただど」
「ウォホン。つ、つまり俺が言いたいのは、レベルアップには年齢や性別だけじゃなくて、職業も一切関係ないってことだ」
「だから『君もスライムを倒して、レベルを上げよう!』なんだ。職業とか年齢とか、あえて特定していないキャッチフレーズだね」
「ですが、レベルアップを支援するのであれば、ターゲットの年齢層などある程度までは絞り込むべきかと考えますが?」
「そうだな、下は十歳くらいかな」
「えっ、十歳? まだ子どもじゃないっすか!」
女戦士の酒田が信じられないといった表情で思わず立ち止まる。
「先輩の計画って、僕達が観光客とパーティを組んでスライムを一緒に倒すんっすよね? そこで経験値を溜めたお客さんは、めでたくレベルアップする」
「そのとおり」
「でもそれって、子どもじゃなくて大人が相手っしょ?」
「もちろん。だが、その大人って言う生き物は、自分がレベルアップするという理由だけじゃ、その重い腰を中々上げないものなのさ」
「へ?」
藤堂が言った意味が分からないのか、女戦士の酒田が首を傾げる。
「いいか? 誰だってレベルアップすれば多かれ少なかれ嬉しい。だが、それは大人にとって、絶対的な欲望に繋がる訳じゃないんだ」
「今の王子様の言葉。オラよく分かる気がするど。レベルが上がるのは確かに嬉しいだども、それだけの為にワザワザ僻地まで出掛けて行くかって言われるとね」
昨日、山賊との戦闘でめでたくレベルアップした村人が実感をこめて呟く。
「そうですね。村人や商人などは、戦闘のない普通の暮らしでも徐々にレベルアップはしますから」
「だろ? だから余計に大人をその気にさせないと駄目なんだ。最初の内は物珍しさも手伝って繁盛するかもしれない。だが、それだけじゃこの計画は破綻する」
「この村へワザワザ足を運ばせる強い動機ですね」
「それだ! 大人って言うのは自分自身が二の次でも、自分の子どもには少しでも早くレベルアップして欲しいと思うんじゃないか?」
「それこそ、まさに親心でしょうね」
「確かに。HPが少しでも上がれば、怪我で大切な命を失くす危険も減ります」
「うんうん。それこそ今回の山賊の件もそうだけど、子どもが小さい内にレベルアップできるとやっぱり親は安心できるんじゃない?」
「いつ戦火に巻き込まれるとも限らないからな。人より早くレベルアップするのは決して悪い事じゃない」
「若い内に素質が認められた人なら、騎士団に入れる可能性だってあるよ。実家の騎士団でも、村人から戦士に職替えして入った人が結構居たもん」
何を隠そうタニアは、ワーシントン王国の武の要であるサファイア騎士団を擁するジョナサン伯爵の愛娘だ。
一本気な性格の彼女の父親は、貴族至上主義ではなく実力本意で騎士団を精強にした男である。
貴族の子弟だけを採用する王弟ガスバルのガーネット騎士団などと違い、彼は村人や商人といった職業でも才能があれば自分の元へ招き入れた。
「後は、誰でも簡単にレベルアップが出来るかどうかが、焦点になってきますね」
「それは鉄平が言ったとおり、村人達が観光客の親子と一緒にパーティを組んで、一時的にスライム討伐ツアーを結成すればOKだ」
「後は草原の地下洞窟に沸いた魔物を一緒に倒して、レベルアップの手伝いをしてやればいいんですね」
「ひょっとすると、子どもだけじゃなく両親も一緒にレベルアップできるかも?」
「そう言う訳だ、鉄平。ぶっちゃけた話、俺が考え付いたのは、子どもを出汁にして、この辺鄙な村まで全国の親を引っ張り出そうって魂胆なのさ」
「うはっ! 先輩って、やっぱり悪どいっす」
「馬鹿野郎、『やっぱり』って何だ?」
酒田の言葉にタニアや村人も声を上げて笑った。
――■――□――■――
ワーシントン王国の南部戦線、国境沿いの山奥の村。今では冷血部隊によって廃墟となった一角に設営された大型のテントから、二人の武将が姿を見せる。
「さて、では私はこれで失礼します。至急王都へ戻り、王弟殿下へ急ぎご報告をせねばなりませんから」
「くくくっ、勅命の件は了解したじゃん。ガスバル殿下に伝えてくれ、エドモンド。ここを引き払って砦に戻り次第、すぐに北上するってね」
「分かりました」
「遊撃隊か、楽しませてくれそうじゃん。……む?」
薄気味悪い笑みを浮かべる若い隊長ギシュベルが、不審な気配に気が付いたように眉をひそめる。
その時、みすぼらしい格好をした年配の男が、山の斜面から転がるようにして二人の前へ飛び出してきた。
「む、村が! オラの家が……、ああ……」
変わり果てた故郷の姿に呆然となった村人が、膝から崩れ落ちてペタンと座り込む。どうやらこの村の生き残りのようだ。
年老いた眼にぼんやりと映り込む黒々とした廃墟の影。
その一角。第十三小隊、通称冷血部隊の天幕の前に無言でこちらを見つめる二人の戦士の姿が、ようやく老人の思考に浮かび上がってきた。
「戦士様、ちょっとお聞きしますだ! 一体何があったんで? 誰がこんな事を? 誰がオラの村を焼き払っただ?」
ヨロヨロと覚束ない足取りで、エドモンドとギシュベルの元へ歩み寄る。薄汚れた服装の腰には古びた手斧が一本。どうやら老人の生業は木こりのようだ。
浅黒い顔に大きく見開いた眼が、一夜にして彼の人生を狂わせた凶行の犯人を探し求める。
「くくくっ。お前、この村の者か? 残念だったじゃん。ここは俺達が殲滅した。敵国に生まれたのが運の尽きじゃん。あははは」
冷血部隊の若い隊長が、不気味な冷笑を浮かべながら一歩前に出る。
「て、敵国? あんたら、ガーネット騎士団の戦士様だど? そっちの人の制服、前に街で見た事あるだよ。オ、オラ達の村は……、ワーシントン王国の村だど!」
木こりの老人がブルブルと全身を震わせる。今にも掴みかかりそうになる両手が、徐々にエドモンドに向かって伸ばされていく。
「何! この村が、まさか?」
「あんたが今言った隣国の村は、ここから山を一つ越えたところだ! 敵の国境線は、国境線は……。か、川の、川の向こうだど!」
冷血部隊によって廃墟と化した村。唯一の生き残りである老人が血を吐く思いで叫んだ。エドモンドは苦虫を噛み潰したように、その顔を見つめるしかなかった。
「あ、あんたら何て事を! み、味方の領民を皆殺しにしただか! 返せ! オラの嫁と子どもを返せ! 村のみんなを返せ! オラ達が一体、何したっていうだ」
エドモンドの胸ぐらを興奮した皺だらけの両手が掴みあげる。村人の瞳から怒りの炎と悔し涙が噴き出した。
その背後。ギシュベルが、抑揚のない声でポツリと呟いた。
「鬱陶しいじゃん」
一切感情のこもらぬどうでもいい投げやりの言葉が、老人の慟哭をせき止めた。
「な、何て言っただ? 今、何て言っただ!」
憤怒の表情で振り返った老人を、冷血部隊の死神剣士が一刀両断に切り捨てた。
「ウギャアー!!」
目にも留まらぬ斬戟は、血液の噴き出す傷跡からようやく袈裟懸けの一撃だったとしか分からないほど凄まじい。
抜刀した刃はすでに鞘に収められている。淡い光のエフェクトに包まれた老人の遺体の名残が、幾つもの煌きと化して虚空へと消えていく。
「どうした? 何か言いたい事でもあるじゃん?」
大刀の柄に手を掛けたまま、ギシュベルがスッと目を細める。
だが、王弟の懐刀と呼ばれるエドモンドは、死神の殺意が篭った問い掛けに顔色一つ変えずこう答えた。
「隣国と通じていた村の生き残り。取り逃がさずに済んで、良かったですね」
「隣国と通じていた……か。ぎゃははは、そりゃいい。スパイは殺せってか。さすがガーネット騎士団の蛇、やっぱり言う事も違うじゃん!」
すっと構えを解いて凶悪な武器から手を離す。
一触即発の事態をかろうじて回避したエドモンドが、王都から飛ばして来た自分の愛馬にヒラリと飛び乗った。
「では、ギシュベル。これで失礼します。王弟殿下の勅命、確かに伝えましたよ」
「ああ、了解したじゃん」
グッと手綱を引き寄せて馬体をクルッと反転させる。村の中央を通る小道に溢れかえる瓦礫を器用に避けながら駆けるエドモンドの姿が、徐々に小さくなっていく。
その時、大型の天幕から見計らったように副官が出てきた。細身な隊長の二倍はあろうかという巨体を揺らしながら、冷酷な上官を上目遣いで盗み見る。
「隊長、ここを引き払って砦に戻りやすか?」
「あ? 戻らねえよ。せっかくの襲撃にケチがついちまったからな。山の向こうに、敵の村がまだあるって話じゃん? だったら潰さないと駄目だろ」
豆粒ほどの大きさになった王都からの使者を遠くに見つめながら、ギシュベルが楽しそうに抜刀する。
「くくく。僻地の山村とは言え、我が王国の領地を敵の軍隊に蹂躙されたまま黙って帰る奴がいるか? さっきの木こりのジジイの弔い合戦だぜ。ぎゃははは」
凶刃を何度も何度も振るう。狂ったように笑い続ける若い上官に、デブの副隊長がビクビクとお伺いを立てる。
「勅命の方は、どうしやす?」
「けっ! あんな胸糞悪い蛇の言う事なんか馬鹿正直に一々聞いていられるかって! 王弟殿下の命令も、大至急って訳じゃなさそうだったじゃん?」
「ですな。エドモンドの話じゃ、最初は遊撃隊を支援してやれって事らしいですし。面倒な事は後回しでも構わないでしょうな」
「その内、気が向いたら北上してやるじゃん。援軍のフリでもしてさ。けど、最後はココ一番って場面で裏切って、第四王子かシスターを後ろからバッサリ……」
死神の独り言を気に止める様子もなく、副官が天幕の中に怒鳴り散らす。
「てめえら! いつまで寝てやがる。出発準備しやがれ! 目標は、一山越えた処にある村だ。今度こそ本当に敵国の村だからな。気を抜くんじゃねえぞ!」
――■――□――■――
村外れの草原。大地を渡る心地良い風がザーッと吹き抜けていく。緑の大海原のあちこちには、白い巨石がその頭部を突き出している。
長く生い茂った若草が、まるで波のように寄せては返す。山あいの小道を通って姿を見せた藤堂達第二班のメンバーを手招きしているようだ。
王子と二人、ワーシントン王国の王城からこの村に連れて来られて以来、タニアにとって一番お気に入りの場所。
だが、誰彼となく耳を澄ませると、風の音に混じって微かにうなり声ともうめき声とも違う音が、どこからか聞こえてくる。
そんな中、ようやく遊撃隊と村人達が草原に足を踏み入れた。一番奥にある岩山の裏側にポッカリ開いた大きな洞穴の前にはバリケードが設置されている。
呪札が貼り付けられた防御柵に近づくと、穴の奥から異様な臭気が辺りに漂ってくるのを感じずにはいられない。
「どうやら村興しの主役は、元気そうだな」
何気ない藤堂の減らず口で、腰が引けていた村人達の緊張がフッと和らぐ。
「ねえ、剣一? 今日の具体的な段取りは?」
「ああ、今から説明するよ。みんな、バリケードの前に集合してくれ」
シスターのタニアと女戦士の酒田。教会の神父に村長以下村人達が勢揃いする。
「最初にみんなで洞窟内のスライムを一掃する。その後、魔物が再び出現するかを確認する。これが今日出向いてきた理由だ」
モンスターはどうやって現れるのか? その事について、ハッキリと知っている者はいない。今回、王子はそれをみんなで確認するという。
村人達がお互いに顔を見合わせたり、首を捻ったりしている。
「王子様、その時何か注意すべき点はありますか?」
村長が右手を上げて尋ねた。皆を代表した老人の質問に多くの者が、その答えを求めて藤堂を見つめる。
「ポイントは三つ。一つ目は、倒したスライムがHP満タンで再び復活するか?」
「それって【再沸き】とか【再ポップ】とか呼んでいるアレっすよね、先輩?」
「ああ。実を言うと洞窟内のモンスターがもし再ポップしなかったら、俺の計画はそこで頓挫するんだ。村を脅かす魔物を一回退治して、はいオシマイなのさ」
「あ、そっか。それって皮肉だよね。村にとって危険なスライムは、一刻も早くやっつけるべきなのに。逆に、どんどん沸いてくれないと村興しにならないなんて」
子どものレベルアップを餌にして、ワーシントン王国中から観光客を集めようとする藤堂が描くストーリー。
もちろん彼らが村に落とす金で困窮した財政の立て直しを図り、遊撃隊への資金援助を確固たるものにするという壮大な計略だ。
だが、それはスライムが何度倒されても必ずまた出現するという大前提のもとに構築された計画だった。
そこが崩れると藤堂の計画はまさに“取らぬタヌキの皮算用”になってしまう。
「二つ目の確認ポイントは、再ポップまでの経過時間だ」
「なるほど。たとえ魔物の再沸きが確認出来たとしても、それが丸一日も掛かったのでは、パーティを組んで経験値獲得ツアーを実行しても割に合いませんからね」
それまで口を閉じて事の成り行きを見守っていた神父が、納得したように大きく頷いた。
「ああ。例えば三十分くらいの間隔でスライムが再ポップしてくれると、観光客のレベルアップを手伝うのにもずいぶん効率が良くなるんだがな」
「それで、最後の注意点は?」
「再ポップの出現場所かな」
「確かにモンスターがどこに出現するかが分かっていれば、慌てずに済みますね」
「村長サンの言うとおりっすね。でも毎回同じポイントに現れてくれるに越したことはないっすけど、実際の出現場所って結構ランダムな場合が多いかもっすよ」
「そこで、ゲンさんの出番だ」
「土の魔術師さんでしたっけ? その人に一体何をやってもらうんですか?」
昨晩王子の家のリビングに顔を見せなかった村人の一人が、疑問を口にした。
「スライムの出現場所がランダムだったとしても、無数にポイントがあるわけじゃないと思う。だからそれらを取り囲むように土の魔術で壁を作ってもらう」
「そっか、さっすが剣一! 頭イイね、うんうん」
手を叩いて喜ぶ幼馴染のシスターが、満面の笑みで王子の腕に抱きついてくる。
(……あのな、タニア。お前は昨日の夜、俺の説明を聞いた筈だろ? ひょっとして、今やっと意味が分かったんじゃないだろうな?)
内心では呆れてそう思ったものの、邪険にして振りほどくにはあまりにも魅力的な柔らかさが、藤堂の左腕に押し付けられた。
「要するに、今から俺達が入って行くこの地下洞窟をゲンさん得意の魔法で、いくつかのスペースに区割りしてもらおうって事さ」
「観光客に万一の事があっては大変ですから。いくらパーティを組んでいるといっても、魔物は一匹ずつ相手にして戦闘するのがベストです」
山賊の地下アジトでの戦いで経験したとおり、ゲンさんが作る土の壁はキャラクターが越えることの出来ない進入不可エリアを作り出せる。
飛行タイプでもない限り、それを越えて移動することは出来ない。よって、常に一つのスペースに一匹の魔物が出現するように区画割りを行うのだ。
パーティを組んだ観光客が、ひと部屋ずつ順番に攻略していく。その結果誰でも安心してモンスターを倒す事ができ、安全にレベルアップが見込める。
「王子。この目の前にある呪札付きバリケードは、その代用になりませんか?」
「おっ。さすが神父、鋭いね。確かにしばらくの間なら、十分使えると思うよ。だが、コレだと耐久面なんかで不安が残るんだ」
草原の一番奥にある岩山の裏側に開いた洞穴の前に設置された防御柵。藤堂は村人達が見守る中、両手に力を込めてバリケードをギシギシと揺らせてみる。
「それに比べて土の魔法は、半永久的だからさ」
「だよね。丸太とかロープを準備するのも大変じゃない? バリケードを作る手間を考えたら、やっぱり魔法でパッパってやった方が楽チンだもん」
「ゲンさんには悪いけどな」
昨夜、藤堂が『この計画には、土の魔術師が必要不可欠』と言ったのはこういう訳だった。
――続く――
【あとがき】
ようやく明らかになった王子の村興し計画。机上の空論は、果たして現実と成りうるか? それとも空中に建てた楼閣のように幻となって消えてしまうのか。
一方、王弟ガスバルの勅命を受け、不気味に暗躍する冷血部隊が、その血に飢えた牙を遊撃隊へ向けるのはいつ?
次回、鵬程万里編④『王子の村興しは、空中楼閣?④』乞うご期待!
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