少年の視点1
何か、心に引っ掛かるものがある。しかし、それが何なのかは見当がつかない。
日も暮れかけた、学校からの帰り道。夕焼けを浴びながら、少年は一人思案していた。足元には、薄く引き伸ばされた自身の影がひっそりとついてくる。
――どうして転校初日に、あの少女に既視感を覚えたのだろうか。
名前は確か、穂積瑠璃。肩まで伸びたちょっと長めの黒髪に、同じ色の大きな瞳。演劇部に所属しているらしい。落ちていたかつらを届けたときに、部室にいたのを見て理解した。
少年は、そのときの自分の行動を思い出してちょっと反省した。特に親しいわけでもない相手を、じろじろと眺めてしまったのだ。既視感の理由を探るためだったのだが、かなり失礼だったかもしれない。
少女はよそよそしい態度をとっていたのだが、今思えば、あれは自分を怖がっていたのだろう。無理もないことだと思う。
そういえばもうひとつ、不思議に感じたことがある。
演劇部室に入り、少女に歩み寄ってかつらを渡すまでの、あの間。少女と目が合ったときに、ふとある考えが沸き起こったのだ。
自分はかつて、このような場面に遭遇したことがある。緊張をはらむ視線を交わし、誰かに歩み寄った記憶が、かすみで隠れた彼方にある。
いつだったかは分からない。けれど、そのときほんの一瞬だけ、手に握っていたかつらはかつらではなかった。
――今この時、自分の手は、冷たい刃物をしっかり握り締めている。
――そして、目の前の穂積瑠璃を刺そうとしているのではないか。
確かにそんな妄想に取り付かれた。彼女に感じた既視感と、何か関係があるのかもしれない。
少年は、視線を上げて空をみる。東側の空は、徐々に赤から群青色へと変化していた。
「穂積、瑠璃か……んー、何なんだ、一体」
心が少々もやもやしたまま、少年は家路を急いだ。