ACT5 少女は文化祭を待ちわびる
「どうしてあなたとわたくしは、一緒にはなれないのでしょう?」
講堂に入るなり、ヒロイン役の若山先輩の声が耳に飛び込んできた。私は練習の邪魔にならないように、観客席側で見守ってる多崎知尋の隣にそっと座り込む。
「瑠璃、一体どこふらついてたの?」
知尋がまるで咎めるようにささやいてきた。
「ごめん。ちょっと具合悪かったんだ。もう大丈夫だから」
「しっかりしてよね。あんた一応、キャストなんだから」
そうなのだ。
私はこの劇で、主人公の家の召使い役をすることになっている。
ちなみに劇はどんなストーリーかというと、まあ、一言でいうとロミオとジュリエットみたいな感じ。
ある男女の報われない恋物語なんだけど、せっかくの文化祭だし笑える劇にもしたいということで、少しコミカルな場面も入っている。
顧問の先生を中心に、部員全員で春から台本を練り上げ、頑張って作った作品だ。だから、何としてでも成功させたい。
「できることなら、僕も魂の朽ち果てるまで、あなたと共にいたいと望んでいます。それ以上に、何を望めばいいのかわからない。それ以外の幸せなど、ないとも考えてます。けれど、運命の女神が、僕達を引き裂くおつもりなのでしょう」
こっちは若山先輩がやる役のお相手。なんと、玲旺那君が演じているのだ。このキャスティングは、玲旺那君の人気を利用して観客動員数を増やそうという、顧問の山岸先生ことヤマセンの考えに違いない。
でも確かに、玲旺那君はこの役が合っているとしみじみ思う。彼は学年で、いや学校で一、二を争うほどの整った容姿もさることながら、お芝居がダントツで上手いのだ。台詞に込める感情表現と身体の動きが合致していて、中学生とは思えないほどなんだよね。
例えば私なんかは、驚く演技をしなきゃいけない場面があったとして、その後の展開がわかっているからイマイチな驚き方しかできないんだけど、玲旺那君は脚本の流れを理解しているのに、初めてのことのように驚く演技をきっちりできるのだ。台詞だけじゃなくて、身体もしっかり使って。
それでいて、見ている人を惹きつける圧倒的な華やかさも備えている。舞台に立つ彼は、空間を塗り替える能力を既に持っているのだ。私が彼に思いを募らせた理由の一つは、これかもしれない。
「ウーン。相変わらずだなあ。玲旺那君は」
と、知尋が大物プロデューサーの真似事でもするみたいに、満足げに唸る。
「相変わらずって、どういうこと?」
「すっごく、いい」
「え?」
「これは立ち見も、たくさん現れるかもしれないね」
「そうだね。玲旺那君人気あるから」
その人気者である玲旺那君と付き合っているのは、何を隠そうこの私。でも、このことは部員の誰一人として知らないのだ。なぜかというと。
「もしも、部内恋愛禁止じゃなかったら、今頃すごいことになってたな、絶対」
「……こわーい。考えたくない」
万が一、私と玲旺那君が付き合ってるってばれたら……揉めに揉めて、無事じゃいられないだろうな。
「だから瑠璃、悪いことは言わないからあきらめなさいよ」
「え! 何のこと?!」
鳥肌が一気に立った。勘のいい知尋には、わかってたのかな。
「とぼけても無駄だよ。玲旺那君に片思いするのは、時間がもったいないからやめといた方がいいと思うな。もし、どうしても気持ちを貫きたいっていうなら、部活辞めるしかないんだから」
ああ、何だ。そういうことか……ふう、安心した。