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ACT37 神か、そうでないか

 光がささない暗闇の中にいたら、目を開けていても閉じていても、同じ暗さが広がるだけ。

 絶望も希望も生まれる余地がないほどの、永遠に続く諦念がそこにある。


 遠くに見える玲旺那君は、ソティスだった時にそんな思いをしたんだろうか。


 気を失ったままの玲旺那君は、両腕を横に広げ宙に浮いていた。はりつけにされている格好の彼の体に、見たこともないほど太い蛇が巻きついている。


 迷いなく走っていたはずの体が、前に進みにくくなった。水中をかきわけているような抵抗を感じる。それが徐々に泥とか、固まりかけの石膏の中を歩いているみたいになってきた。


 息苦しさも覚えた。感じる力が強くなり、どんどん圧縮されてる。


「玲旺那君を返して。もう、解放してあげて!」


 叫んで星を掲げた。私の周りから闇が退散していく。玲旺那君に巻きついていた蛇が、びくっと首をひっこめた。


 今だ、と思って必死に走った。


 玲旺那君の姿がソティスに変わる。私は飛びつき、そのまま抱きしめた。

 さっきの要領で必死に祈る。苦痛からの絶対的な解放、そして穏やかな安寧を。


「彼をもう、むやみに苦しめないで」


 抱きしめた腕の中で、ソティスのかすれた息が聞こえた。


「カレンデュラ姫?」


 その時になって私は、自分がカレンデュラの姿に変わっていたことに気がついた。


「この小娘は、タチが悪イナ。私も神だというに、敬意を払わないとハ。二人まとめて、絞め殺してヤロウカ?」


 ソティスだけに巻きついていた蛇が、私の体にも巻きつく。直後、とてつもない圧迫感を感じた。

 背中に這う蛇の胴体が、ぎりぎりと私たちの体を締め上げる。


「あ……ぅ……」

「逃げ、ろ……姫、あなただけなら、何とかなるはず、だ……」

「嫌です……絶対に、嫌!!」


 息がろくに吸えない中、私はソティスのわき腹に這う蛇の胴体に、星を押し当てた。蛇が叫び、飛びすさって私たちから距離をとる。


 今のうちだ。私はまず、ソティスの右手首を闇から引き剥がした。続いてもう片方と、足も。


 私たちは無事、地面に降り立つことができた。すべてのいましめを解かれ自由になったソティスは、不思議そうに私を見ている。


「どこか痛みますか?」

「いや……敵の私を、助けてくれたのだな」


 そう言った直後、ソティスはがくりと膝をついた。長い間、あの蛇の影響を受けていたのだ。そう簡単に動けないのだろう。


 彼の頭上に星をかざそうとした瞬間、私の体は横に飛んだ。


「きゃあっ!!」

「姫!!」


 蛇の胴体に打たれたのだ、と気づいた時には、細い舌がちろちろと私の頬を舐めていた。


 起き上がろうとしたところに、硬質な闇の瞳が覗きこんでくる。

 根源的な恐れが、肌をざわつかせた。

 こんな上位の存在を相手にしていたのか、と今さらのように認識する。


 人が笑うように、蛇が口をにまっと開けた。呑みこまれる。そう確信する。


「カレンデュラ猊下っ!!」


 すぐに誰だかわかる、聞き覚えのある声が耳に届く。


 その人物は蛇の瞳を蹴りあげ、さらに剣で一刺しをくれた。

 のたうつ蛇に剣を向けながら、彼は私に手を差し伸べる。


「お怪我はありませんか?」

「アミアン……?」


 ああ、またこうして、駆けつけてきてくれるなんて。私の騎士で、大好きな人。


 手をとって立ち上がる。どちらからともなく指を握り合わせた。その温もりに、泣きそうになる。


「しかし、妙な気分ですね。僕は北斗一馬という少年のはずなのですが、どうしてかアミアンの頃に戻ってしまっている。僕はもう死んでいるというのに」

「私もそうよ。そして、ソティスも以前の姿になっている。この空間のせいだと思うわ」

「これも、あの魔物のしわざですか?」

「魔物かしら。それともあの存在の言うとおり、神なのかしら。私ごときにはわからないわ。ただひとつ言えることはあれを退治しないと、私たちは無事では済まされないということよ」


 まだ蛇は、何かをののしるように叫んでいる。傷が回復してないのだろう。


 私たちは手を取り合ったまま、ソティスの元へと移動した。彼は苦笑している。


「見せつけてくれるな。仲の良いことだ。私への嫌味か?」


 言葉よりは怒ってないようなので、私はひそかに胸をなで下ろした。


「あるじをお守りしているだけです。やましい意味などありません。あなた様が負傷されているようなので、とりあえず側に来ただけでございます」


 対するアミアンは、どこかなげやりに応対している。やはり、ソティスを相手にするのは複雑なんだろう。


「私に仕える者でないのだから、私までかばう必要はないぞ。既に過去の身分など関係なくなったのだからな」

「僕はそうしたいのですが、一馬が玲旺那も助けたいと望んでいるのですよ。ひどい目にあっておきながら、もの好きなものです。ですから多少はお守りします。ですがあなた様も剣を扱えるのですから、足手まといにはなることのないようお願いいたしますよ?」


 刺のある言い方に、ソティスはくつくつと笑っている。私は内心ハラハラしていた。


 この物言いは、平凡な貴族だったアミアンが王族だったソティスに対してできる、精一杯の抗議のつもりなのだ。ソティスはそれもわかっているのか、不快な様子はない。


「経験の浅いお前にだけ、格好つけさせるつもりはない。私も一応武人だからな」


 無理に立ち上がろうとしたソティスの体を支えながら、彼の背に星を当て、祈る。やがて星から光が消え、私はソティスから離れた。彼は腑に落ちない顔をしていた。


「どうしてだ。星に触れても痛みがない。それどころか体が軽くなったぞ」

「あの蛇の力が弱まっているのでしょう。ソティス様に対する支配も、なくなっているのです。この機会を逃してはなりません。私があの蛇を完全に滅します」


 ソティスを完全に救うために。

 そして、あまりに遅くなったけれども、みずからの罪を少しでも償うために。


 両の手をきつく握り合わせ、さっきよりは大人しくなった蛇を睨んだ。遠くにいる蛇は、ゆっくりと地面を這っている。こちらの出方を伺っているのだろうか。


「猊下、あまりにも危険です」


 靴の音を高く鳴らして、アミアンが私の前に回りこむ。


「危険なのは承知の上よ。でも私にしかできないことなの。あの蛇が再び力を蓄える前に、この不幸を断ちきらなくては」

「しかしそれでは! あなた様をお守りする騎士として、僕は僕を許せません!」


 一瞬、言葉を失った。感情をここまで高ぶらせたアミアンを、見た覚えがなかったから。


 そうだ、彼は操られたソティスと戦い負けている。あの自称神の恐ろしさを、私より先に肌で感じているのだ。


「騎士が主人を戦いに向かわせるなど、そんなことは許されません……あってはならないのです。僕には大した力などありませんが、それでもあなた様をお守りしたいのです。なのに、こんなに無力だとは」

「違うわ。あなたは充分、私の助けになってくれた」


 アミアンの拳をとり、私の両手でそっと包み込む。


「神殿から逃げて泣いていた私を慰めてくれたこと、覚えてる? あの時は、本当に嬉しかったわ。騎士を辞めさせられた後も、私のために戦ってくれた。命まで捨てて、私を守ろうとしてくれた。そんなあなたが無力なはずがないわ。それに私も、なす術なく大事な人を失うのはもう絶対嫌なの」


 指をほどいて、また握り合わせる。アミアンの体温を感じる。私の目の前で息絶えた人の鼓動が、息吹が、ここにある。


「私が守られていたのは<光の子>だから。そうされるだけの特別な理由が、役割があったからよ。それを今果たさなければ、守ってもらう資格などないわ」

「猊下……」


 呆然とするアミアンに、ふわりと笑いかける。


 と、いくつもの断末魔の悲鳴が耳をかすめた。アミアンがとっさに私を抱きしめてかばう。

 周囲を見ると、何十匹もの小さな蛇達が転がっていた。


「これだから、経験の浅い者は困るのだ」


 抜刀しているソティスが、私たちに背を向け大蛇と対峙していた。


「ここは戦場だぞ。しかも味方は三人きりで、相手はやっかいでご立派な神だ。二人きりの世界に入るのは結構だが、もうすこし周囲に気を配った方がいい。それこそ、騎士の名が泣くぞ?」


 振り返り、一瞬厳しい視線を向けたソティスは、直後ににやりと笑う。心なしか、アミアンの頬が赤く染まった。


「助けてくださったのですね。ありがとうございます」


 礼を言うと、彼はまた正面を向いた。


「違うな、私自身のためだ。姫に何かあっては、私はあの蛇から逃れる方法を永遠に失うからな」


 アミアンは無言で剣を抜くと、ソティスの隣に並ぶ。


「この危機を失念いたしておりました。申し訳ありません」

「まあ許そう。今は私一人でどうにかできたからな。さて、ここからどうしたものか」

「何か策でもおありですか?」

「本音を言えば、一旦退却したいくらいだ。姫があの蛇に近づき星を使うまでに、私達二人と剣二本でどうにかなるか……ここでぐだぐだ言っても仕方ない。やるしかないな」


 私も二人の背に近づいた。ソティスは前方を注意しながら、小声で作戦を話す。


「私がおとりになる。お前は姫を守りながら蛇に近づき、姫が蛇の急所を狙う」

「それではソティス様が危ないですわ」

「あまり見くびっては欲しくないな、姫。あの蛇に支配されておいて偉そうな口をたたく資格はないかもしれないが、これでも一応何体もの魔物を相手にしてきたのだ」


 確かに魔物を相手にした経験値は、この中ではソティスが圧倒的に上だ。

 アミアンが低い声で問い返す。


「ですが、魔物は基本的に集団で討伐するものです。三人のうち一人だけがおとりになるなど、もっての他では?」

「王族だった時はそうだが、もう死んだ身だ。そんな細かいことに構う必要はない」

「その体は、今は月影玲旺那のものであることをお忘れなく」

「そうだったな。だが私が今話した策以外に、良い方法はないだろう?」


 今度は苦笑したソティスだったけど、瞳がやや好戦的にきらめいている。少しだけ子供っぽい。


 その美貌と身につけた所作に惑わされがちだけど、彼はやんちゃなところもあるのだ、と思わされた。


「承知いたしました。時間がありません。それでよろしいですね、猊下」


 アミアンの確認に無言でうなずく。


 同時に、また数体の小さな蛇が躍りかかってきた。


「先に行く。後から必ずついてこい」


 ソティスは短く言うと、矢のように降る蛇たちの中をまっすぐに駆けていった。

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