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少年の視点7

「お姫様の気分はどうだ、一馬?」


 笑みを浮かべるマルムを、混乱した頭で見上げる。

 かつての同僚が生前の姿のまま現れたのには驚いたが、まさか彼に抱きかかえられて二階から飛び降りるとは思いもしなかった。


 おかげで、世界全体がぐらぐらと揺れているように感じる。

 マルムは一馬を立たせ、剣でビニール紐を切った。腕をさすると、徐々に血が巡っていくのがわかる。


「悪かったな、来るのが遅くて。もう大丈夫だ。後は俺に任せとけ」


 ぽんぽん、と頭を軽く叩かれる。過去によく見たことのある気持ちいい笑顔に、一馬はなぜか泣きそうになった。


「マルム……」

「なんだ? まあ、話は後にしような。今は緊急事態だ。瑠璃ちゃんが言ってたけど、お前は早く学校か警察に行った方がいいんじゃないのか? ここでの家族も、きっとすごく心配してるぞ」

「でも、穂積さんが! それに月影はどうするんだ?」


 マルムは急に表情を引き締め、今しがた自分が飛び出した窓を見上げた。


「瑠璃ちゃんもエキナセア様も、俺が守るよ。かつての俺は、あるじを残して死んでしまった不忠者だ。この汚名返上は、今するっきゃないからな」


 マルムの、剣の柄を握る手に力がこもる。一馬は身を乗り出した。


「だったら俺も連れて行ってくれ!」

「いいや、駄目だ。一馬が今するべきことは、無事をみんなに知らせることだ。いいな、すぐに学校でも家でもいいから、とにかく安全なところに行け。俺達のことは心配するな」


 またマルムはにやり、と快活に笑う。

 アミアンだった頃、その笑顔にどれだけ呆れ心が和らいだか、わからない。


「瑠璃ちゃんとエキナセア様に、格好いいところをみせる絶好の機会だ。だから邪魔しないでくれよ?」


 そしてマルムは驚くほどの跳躍をみせ、窓に吸い込まれていった。


 視線を落とした一馬は、地面に膝をついた。視界が揺れている。

 監禁状態がとけたのはいいが、体が重たい。それに朝から口にした固形物は、玲旺那がくれたパン一個だけだ。胃が空腹を訴えて仕方がなかった。


 けれども今すぐ助けを求める気にはならなかった。


 親や兄弟は心配しているだろう。迷っているこの瞬間だって、学校の先生や警察を含めた沢山の大人が自分を捜索しているに違いない。


 一刻も早く安心させるために、無事を告げにいく必要があるのは、充分過ぎるほどわかっているのだけれど。


(悪いな、マルム。俺一人だけが、ここから離れる訳にはいかないよ)


 一馬は己に克を入れ、立ち上がった。


 自分だけが保護されるわけにはいかないと思った。この家には玲旺那に狙われていることを知りつつも、わざわざ来てくれた瑠璃が残されているのだ。


 昨日一馬が捕まったりしなければ、彼女はこんな危ない橋を渡ることはなかった。


(かつてのあるじに格好つけたいのは、俺も一緒だよ)


 強く念じ右腕を振ると、長剣が手に現れる。

 暮れゆく夕日を反射する鋼が、一馬の決意をよりいっそう燃え上がらせた。


「いや、前世の繋がりなんて関係ない。今の俺が、今の穂積さんを好きになったんだ。好きな女の子のピンチには、何かしたくなるのが当たり前だ」


 一馬は玄関前に立ち、取っ手に手をかける。さいわいなことに鍵はかかっておらず、ドアは何の抵抗もなく開いた。


 玲旺那の自室がある二階へ駆けあがろうとしたが、視界の端にあるものをとらえた。


「誰だ?」


 廊下から居間に続く引き戸が開いたままだった。ソファーに隠れているが、床に投げ出された誰かの足がのぞいている。


 急きたい心を押さえ、一馬はその人に近づいた。


 おそらく玲旺那の母親だろう。ソファーの上に荷物を置いたまま床に倒れ、すうすうと寝息をたてている。

 薄く化粧をし、車の鍵を手に握ったままだった。昼寝の最中とは思えなかった。


 彼女の頭上付近には、例の黒い蛇がとぐろを巻いて目を閉じている。


(帰ってきてすぐ、月影が蛇を使って眠らせたのかな……本当にあいつ、何でもできるんだな)


 玲旺那は、母親は何らかの用事で実家に帰っていた、と言っていた。それが予定外に、日中戻ってきたのだろう。そして同級生を誘拐したとばれる前に、力を使って眠らせたのだ。


(放っておいても、平気なのかな。自分の母親にこの力を使うくらいだから、そこまで心配することはないのか)


 蛇のまぶたがゆるりと開く。一馬は全身に緊張をみなぎらせ、剣を構えた。


 蛇はこの家の主と言わんばかりに、悠々とした態度でいた。しばらく睨みつけたが、まるで動こうとしない。


 どういうことか見極めようと必死に目をこらし、あることに気がついた。

 蛇の尾の先端部分が、崩れている。まるでより合わせた毛糸を、無理にほぐしたみたいに。


 一馬はこくりと唾をのみ、剣先で蛇の体をはらった。とぐろを巻いたまま宙を飛んだ蛇は、離れた床に着地する。

 のろのろと床を這う姿を見て、やっと理解した。どうやら弱っているらしい。


 今度こそ蛇を切り捨てると、その姿は霧のごとく散っていく。

 ひとつ安堵の息を吐き、一馬は思案する。


(あの蛇だけが弱っていたのか? それとも操っている月影に、何かあったのか?)


 それを確かめる意味でも、すぐ二階へ向かった方が良さそうだ。女性は目覚める様子はないが、時間が経てば何とかなるだろうと信じるしかなかった。


 階段を駆け上がる最中、どん、と激しい打音がした。

 辿りついた先で見たのは、これまた意外な光景だった。


「マルム、これ以上はやめて!!」


 悲鳴をあげるエキナセアと、自らの腕を押さえ、床に腰をおろすマルムがいる。


「ここで無理しないで、いつ無理をするっていうんですか?!」

「でも駄目よ。これ以上は、あなたの魂が深く傷ついてしまうかもしれない。そんなのは見てられないわ!!」

「そうなったら、エキナセア様に星で癒してもらいますよ!!」

「あなたもわかっているでしょう? 私では星は上手く扱えない。力不足なのよ」


 そこでエキナセアが、一馬に気がついた。彼女は一瞬あっけにとられたように、固まる。


「あら、一馬君、どうしてここに?」

「え……あ、どうしてここにいるんだよ。早く学校にでも行けって言っただろ?」


 それに答えるより先に、一馬はマルムにかけよった。

 彼の効き腕である右手には血が滲んでいた。それだけでなく服も焦げたように、いくつも穴があいている。


「一体どうしたんだ、この怪我?」


 思わず手を伸ばして、何もつかめぬまま指先が空中をさ迷った。

 マルムが、苦々しく顔をしかめる。


「まだ、受肉の現象が戻ってないみたいだな。くそ、こんな時に」

「だから言ったでしょう。焦る気持ちはわかるけど、これでは何も出来ないわ」

「でも、瑠璃ちゃんが中にいるんですよ?!」


 悲鳴のような声につられ、一馬はひとつの扉を仰ぐ。つい先ほどまで閉じ込められていた玲旺那の自室だ。


「穂積さんは、まさかここに?」


 エキナセアが、目を伏せ頷く。


「瑠璃ちゃんはこの中よ。玲旺那君と二人きりで。ごめんなさい、私には何も出来なかった」

「エキナセア様に責任はありません。俺の判断が間違っていたんです。瑠璃ちゃんを安全な場所に連れていってから、あいつと対峙するべきだった」


 マルムが怪我をしてない手を強く握りしめ、額に当てる。一馬は立ち上がるが、素早く制止された。


「だめだ、無暗にその扉にさわるな。俺は何度か開けようとして、このザマだからな。何がおこるかわからないぞ」


 改めてマルムの怪我を目にし、背筋に寒いものが走る。


「あいつ、やっぱり結界がつくれるんだ」


 思い出すのは、今朝のことだ。窓の外を確認しようと手を伸ばしたら、見えない力でふっ飛ばされた。


「全く、卑怯だよな。蛇は操るわ剣は出すわ、おまけにはじきたい人間をはじく結界までつくれるなんて、やりすぎだろ。普通の人間ができることじゃない。まるで魔法使いだ。一体どれだけ隠し玉を持っているんだか」


 悔しさをごまかすような乱暴な口調に、一馬は引っ掛かるものを感じる。


 エキナセアも何かに思いあたったのか、深いため息をついた。


「本当に情けないわ……どうして早く気がつかなかったのかしら」

「どうかされましたか、エキナセア様?」

「短くて冷え冷えした新婚生活だったけど、私の記憶の限りでは、ソティスは魔法使いに準ずるような扱いはされていなかったわ。そもそもかのヴィクライ国はとても現実主義的なところがあって、私たちのトゥデヤン国以上に、魔法なんて信じていなかったわよ」


 一馬もアミアンだった頃の記憶を辿った。


 アミアンが生きていた時代、魔法はおとぎ話の中だけに存在するものだった。魔法使いと呼ばれる人たちはいたのかもしれないが、広大な草原の隅に咲く一輪の花のように、普通の人々からすれば全く目立たない存在だった。


 魔法も架空のものという常識があったからこそ、<光の子>の役割の重要性を正しく理解している国民も少なかったのだ。騎士になる前のアミアンも、その一人だった。


「ただソティスは、魔物退治から奇跡の生還を果たして以降、魔物が操れるようになったそうだけど。その現象自体はヴィクライ国では何度か起こることがあったそうだから、誰も問題にしていなかった。けれど彼の乳兄弟が言うには魔物退治以降、ソティスは人が変わってしまった。私が知っているのは、それだけ。ああでもどうして、これらの情報が結びつかなかったのかしら。魔法使いではないのに、魔物退治をさかいに魔物を操れるようになった。ついでに、人が変わってしまった……ああ、憎しみにとらわれていた過去の自分が、腹立たしいわ」

「え、まさか」


 顔をあげたエキナセアの瞳は、強い確信に満ちていた。


 一馬は彼女の言葉を、代わりに紡ぐ。


「ソティスは魔物退治の時に、魔物に魂を乗っ取られた。おそらく自らの意思に反して。そのせいで、様々な力が使えるようになったんだ」

「そう考えればすべてが納得いくわ。その時ソティス黒太子という人間はこの世から消えてしまって、別の人格になってしまったのよ」


 深刻な沈黙が流れる中で、マルムがエキナセアと一馬を交互に見る。


「ちょ、二人とも何を理解したっていうんだよ。ちょっとずるいぞ……えーとつまり、ソティスは魔物退治に赴いた際、本当は魔物に敗北していて身体を乗っ取られた。その後、普通の人間じゃなくなった状態で我が国を攻め滅ぼした、と。そして生まれ変わっても普通の人間じゃなくて、前世と同じような力を操れる状態のまま、ということでしょうか?」

「ええ、そんなところだと思うわ」


 一馬は、一度は床に置いていた剣を握りなおした。それに初めて気がついたのか、マルムが目を丸くする。


「その剣ってまさか」

「うん、アミアンだったころの剣だよ」


 よく見ればマルムが取り出している剣も、同時に支給された同じ型の剣だった。


「少し前、夢の中にアミアンが出てきたんだ。彼を受け入れたら、こういうことができるようになった。俺だってもう月影と同じで、前世から逃げられなくなってる」


 それは瑠璃も一緒だ。

 彼女から奇妙な夢を見るという話を聞かされてから、あまりにも遠くに来てしまった気がする。


「だから、俺はこの部屋に入らないといけないんだ」


 改めて、扉を見る。妙な気配を感じる訳でも、中が透視できるわけでもないのに、ただ、強い思いをこめてその奥を見ようとした。


「あの時の決着を、今度こそつけてくるよ」


 立ち上がり一歩踏み出しかけたところで、腕を引っ張られた。振り返るとエキナセアが、そっと何かを手に握らせてくれた。


 一馬はほぼ無意識のうちに片膝をつき、こうべを垂れる。


「エキナセア様、恐れ多いことを」


 言ってから数瞬、一馬もマルムもエキナセアも、それぞれ絶句していた。

 エキナセアが慈しみをこめて微笑む。


「瑠璃ちゃんと一緒ね。アミアンだった頃の名残りなのかしら?」

「そういや、アミアンとエキナセア様ってちゃんと言葉を交わしたことなかったよな? 顔を合わせたことくらいはあったかもしれないけど」

「うん、カレンデュラに付き添って王宮に行った時に、『新しい騎士です』って紹介されたことならあったよ」

「そうだったわね。マルムと違って、あなたはずっと礼儀正しかったわ。あれは家柄を気にしていたゆえだったのね」


 そこでマルムが、面白くなさそうに半眼になる。


「どうせ俺は、貴族の息子らしくない無作法な男ですよ。親父にも散々小言を言われましたよー」


 そのお高く止まらないざっくばらんな態度が、アミアンと打ち解ける理由だったことは確かだろう。一馬はそう思ったが、何となく黙っておいた。


 手に握りこんだものを、指を広げて確認する。


 それは瑠璃が持っていた星だった。

 中心に、スパンコールのような星がさらに五つ。そのうちのひとつだけが、ふるふると震えていた。


「どうしてこれがここに……?」


 そう言ってから、すぐに思い出す。瑠璃が玲旺那を油断させるために、彼女はこれを窓の外に投げ捨てていた。


(俺のせいだ。俺のせいで、穂積さんは星を手放したんだ)


 冷たくなる指先を、エキナセアがそっと両手で包みこむ。


「私が、瑠璃ちゃんにこれを返せなかったの。私たちはおそらく、この部屋には入れない。でもアミアンの頃を思い出した一馬君なら、この星があれば瑠璃ちゃんの元に行けるかもしれないわ」


 エキナセアは細い指で星に触れ、祈るようにささやく。


「どうか、この若者をお守りください。この者が無事、正当に選ばれた<光の子>の魂を持つ者の元へ行けますように」


 ちり、と星が皮膚にこすれた感覚がした。そのままエキナセアは一馬の手を両手で包みこむ。


「二人の無事を祈っているわ。ごめんなさい、こんなことしかできなくて」


 一馬は首を横にふった。


「いいえ、ありがとうございます」

「あら、丁寧に話さなくてもいいのに。もう私たちは、以前のような身分にしばられなくてもいいのよ?」

「一馬、頼んだぞ」


 怪我のまだ痛々しいマルムに頷いて、立ち上がる。


 試しに剣の柄でドアノブを何度か叩いてみた。弾かれるような反動が腕にきた。


 マルムとエキナセアが、背後で息をのむ気配がする。一馬は星を右手に握りこむと、そのままドアノブに手をかけた。

 激しい静電気が炸裂した感覚があったが、それも一瞬だった。扉は何なく開き、その隙間に身を滑り込ませる。


 見渡す光景に、言葉を失った。


 玲旺那の部屋は、一馬の六畳ある自室よりやや広かった。そこが消失していて、眼前に広がるのは黄昏時のようなほの暗い空間だった。しかも果てが見当たらない。


 右手を握りしめると、星が再びちり、と皮膚にこすれる。


「わかってる。持ち主の元へちゃんと連れていくから。だからどうか、今だけでいいから、俺に力を貸してくれ」


 暴れる心臓をなだめ、未知の空間へと一歩足を踏み出した。

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