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彼の思い、及び回想1

 待ちわびていた獲物が、やっと来た。


「遅かったな、瑠璃。もう五時近いぞ?」


 玄関に立つ少女は何も言わず、こちらを睨みつけている。

 玲旺那は短く喉を鳴らした。


「俺のものになる決心が、やっとついたか?」

「その前に玲旺那君と話があるの。あと、北斗君に会わせてちょうだい」

「いいよ。俺についてきて」


 先に自室に向かう最中、耐えきれぬ喜びのために、唇に笑みを形作る。


 腕に巻きついている蛇が、舌をちろりと出して少年を伺っていた。


○○


 手につかめるだけのものをすべてつかんだ男。それが他者から見た、ソティスの印象だ。


 王の子という、至尊の血筋。

 王位継承者という、将来を約束された地位。

 母譲りの、微笑も怒気も映える完璧な美貌。


 剣の才能も明晰な頭脳も、魔物討伐の際に兵を鼓舞する武勇も、その男は持っていた。

 生まれながらに備わっていたものも、努力の末に体得したものもある。


 それでいて彼は、どこかに空虚さを抱えていた。


 感情は凪いでいるか倦んでいるか、その二つになることが多い。魔物を相手にする時は当然緊張感もあるが、部下も優秀であり、先人達が残した優れた戦法と武器もあるので、それらに多いに助けられていた。身の危険を感じることは多々あるが、命を賭すほどの場面は数えるほどしかなかった。


 女たちは、頼みもしないのに側によってきた。適当に遊び、別れるを何度かした。


 また王族内で、ソティスの地位を脅かす程の優秀で有力な男子はいなかった。それゆえ権力争いとも無縁だった。


 物足りなさを感じながらも、どこかでこの人生を肯定していた。


 ただ、国を治めるに値する男であればいいのだ。この立場として生まれたからには、ふさわしく振る舞い生き続けることこそが人生。


 諦念と消極的な受容で満ちた時間に、目の覚めるような光が灯ったのは、いつだっただろうか。

 ソティスが欲しても手に入らなかったもの――それは、政略結婚の相手として検討されたことのある異国の少女だった。


(あれがカレンデュラ姫本人か)


 十五歳のソティスは、舞台上で舞う少女をぼんやり見ていた。


 隣国トゥデヤン国が宝石のごとく大事に扱っている、<光の子>というかんなぎのような存在。それに新たにカレンデュラが任じられたということで、数カ国の要人を招いたお披露目の儀が本日執り行われている。


 一国のかんなぎではあるが、<光の子>はかつて世に満ちる闇を祓った星を大事に祀り、かつそれを使って祈る者であるという。


 伝説を元にした迷信だが、信じている者も当然いるらしい。しかしソティスのヴィクライ国では、<光の子>を軽んじる傾向が強い。


 それでも王太子のソティスがこの場に出席したのは、国同士の問題をひとつでも増やさないようにするためだ。


 目前に繰り広げられているのは、過去より伝わる伝説の再現だ。しつらえられた舞台の上で、仮面をつけた神官たちが動きまわり、物語が繰り広げられている。


 この歌舞は文化の最先端を担うと自負するトゥデヤン国にしてはめずらしく、いにしえからの素朴な要素が強いものだ。


 大地を闇で蹂躙する魔物たち。嘆く人々は天に祈りを捧げる。そこに、簡素な白い服を着たカレンデュラが現れた。かんなぎらしく、肌の露出はほぼない。長い髪は編み込んでまとめ、薄いベールで覆っている。まだ十代前半であるためか、体つきも丸みが足りないように思う。どうやら彼女が星そのものを演じているようだ。仮面をつけず、美しいが幼い顔立ちを無表情に固定したまま、体全体を使い風のように舞う。その度魔物を演じる神官たちが倒れ、または舞台袖に退いてゆく。


 ソティスは、あくびが出そうになるのを必死でこらえた。


(三歳離れているなら妻に迎えるのはちょうどよかったのに、まさかこうなるとは。まあ、トゥデヤンの王族が我が国にきたら、居心地は悪いかもしれない。そういう意味ではあの姫は、ひとつ不幸を避けたということになるのか)


 そう冷めた感想を抱いた彼の心に数年後、激しい恋の芽が息づくことを、この時は知る由もなかった。




 この女がいい、という確信を得たのはいつだったのか、厳密にははっきりしない。


 少しずつ形を得ていた願望が、あるとき目に見える状態で心に鎮座していたと、表現するしかないのだ。


 ただカレンデュラに執着したひとつの理由は、婚約するかもしれなかったのに手の中を通り過ぎたから、というのはあったかもしれない。何せソティスの人生には、望んだものでもそうでないものでも、とりこぼした経験がほとんどなかったのだから。


 その日二十歳のソティスは、柱の影からカレンデュラの様子を伺っていた。


 その時は休戦協定の延長に関する話し合いのため、トゥデヤン国を訪れていた。だが途中で集中力が切れてどうしようもなくなり、気分がすぐれないと嘘をついて会談の場を抜け出してしまった。


 ソティスがいなくとも優秀な外交官がいるので、話し合いは滞りなく進むだろう。


 少々いたずら心を起こして、見回りの兵や役人達に見つからないようにしながら、敵国の王宮の奥まで足を運んだ。もし見つかってしまったら、迷子になったとでも言って開き直ればいい。


 そこで見かけたのが、普段は神殿にいるはずのカレンデュラだ。


(王宮に用があったのか。それにしても運がいい)


 彼女がいるのは、王族の居住区域と役人達が出入りする区域の境目かと思われた。

 ここまで咎められずに辿りついた自分に驚くと同時に、匂い立つような少女がすぐそこにいる幸運に感謝する。


(以前見かけた時よりも、美しくなったな)


 カレンデュラ自身は覚えてはいないだろうが、ソティスはこれまでに数度、彼女の姿を目にしていた。一番最初は五年前、彼女の<光の子>就任を、国内外に知らしめす儀式に招かれた時。


 その後も二度、トゥデヤン国へ国王代理で訪問した際に王族たちの歓待を受けることがあったが、その催しの中に彼女もいた。<光の子>である彼女はすぐさま退出したが、ソティスの網膜にはその美しさがしっかりと刻み込まれていた。


 いい女だから、これほどまでに惹かれるのか。

 決して手に入らないからこそ、いい女だと錯覚するのか。

 それももはや、どちらでもいいことだった。


 輝かんばかりの愛しい少女を目指し、ソティスは歩を進める。


 こちらに気づいたカレンデュラは、強い驚愕を瞳に浮かべていた。つき従う女官と違い、ソティスの美貌には関心を払っていないところがまた興味をそそる。


(いずれ失われる、上辺だけの美貌などどうでもよい、と。ますます気にいりましたよ、カレンデュラ姫)


『お初にお目にかかります、と言えばよいでしょうか。ヴィクライのソティスと申します。カレンデュラ姫よ、こんなところで出会うとは思いもよりませんでした。名高い<光の子>にお目にかかれて、至極光栄です』


 礼儀正しく振舞いながら、少女を上から下まで観察する。


 あいかわらずの、極端に露出の少ない衣服だ。上質な絹とひと目でわかる、白い布ばかりが使われているのは、彼女の神秘性の演出のためだろうか。髪はベールで覆われていて、顔と手首から先くらいしか肌は見えていない。足首まで隠れる程のすその長いドレスの上からさらに、貫頭衣のようなつくりの外衣をまとっている。その外衣のおかげで体の線がわかりにくいようにはなっているが、その禁欲的な様が反対に想像をかきたてる。


 などと考えていたら、明らかにカレンデュラが慄きながら応じた。


『黒太子様の武勇は、こちらにもとどろいております。とても恐ろしい方なのではと勝手に思っておりましたが、お美しくていらっしゃるのですね』


 無理に添えられた笑顔を見、悔やんだ。こちらの欲に満ちた視線に脅えたのだろう。

 帳消しにできるかは不明だが、ソティスは女どもが必ず喜ぶ極上の笑みを浮かべた。


『そのような異名を御存じでしたか。そうではなく、どうかソティスとお呼びください』


 これでもカレンデュラは惑わされず、ソティスに対しあくまで異国の要人に対する態度を貫き通した。


敵国の人間をこれ以上奥に行かせないためか、十代後半の少女はいじらしく言葉を紡ぐ。その流れで手の甲に口づけると、彼女は面白いくらいに動揺した。


(これは可愛らしい。かんなぎだから、男に慣れているはずはないからな。あなたにとって最初で最後の男になるのも、悪くはない)


 腰に手を回し抱き寄せると、ますますカレンデュラは脅えて縮こまる。


 彼女が逃げたがっているのは、さすがにわかっている。だがここまで来ると、手を伸ばす他に選択肢がない。


 極限まで喉が渇いていたら、水を求めるのは当たり前だ。それと同じで、この少女を味わいたい欲が止めどなく湧き出てくる。


『噂にたがわず、気高く美しいお方だ』

『ソティス様……』

『どうなさいました、姫? お顔の色が悪いようですね?』


 ここまで来て、彼女の唇を堪能しない手はない。そう思って顔を近づけたのに――


『カレンデュラ猊下』


 似たような年と推測される、男の声音が耳に届く。


(さすがに見つかったか。しかしこうして触れたからには、姫は私を忘れられないはずだ)


 しかしソティスの勘は、騎士の振る舞いをするその男を見て何かを告げた。自分の顔が不快で歪むのがわかる。


 カレンデュラの様子からも、彼女がその男を信用しているのがわかる。

 それは部下に対するものか。あるいは、それ以上の感情が交じっているのか。


 顔をあげさせた騎士の瞳には、静かな怒りが宿っていた。


(なるほど……この騎士が――アミアンが、カレンデュラ姫の寵を受けているのか)


 隣国の情報に交じっていた<光の子>の醜聞は、どうやら事実だったらしい。


 覚えていることを口にしたら、カレンデュラが視界の端で憤慨していた。よっぽど、この真面目そうなだけの騎士に惚れ込んでいるようだ。


『お前が、ネズミか?』

『僕は、アミアンという名の騎士です』

『帯剣が許可されていたら、お前と一戦交えたかったな。残念だ』


 これ以上ここにいてもカレンデュラには触れられないし、実力行使に出ようものならお互いの不利益を招く。最後に愛しい少女の姿を目に焼き付け、ソティスはその場を後にした。


 そっと振りかえると、落ち込む女官をカレンデュラとアミアンの二人がかりで慰めているようだった。


 再び前を向き、カレンデュラの腰に回していた左手を持ち上げる。確かに触れた温もりを思い出すように、指をそっと握りこむ。


 長いため息が、自然と口から洩れた。

 人生初の経験をしたのだと、いやがおうでも理解せざるを得なかった。




『ルメール、聞いてくれ。どうも私は失恋したようだ』

『はあ、そうですか……は? 何とおっしゃいました?』


 トゥデヤン国から戻って数日後。書類仕事にいそしむ財務官の乳兄弟に対し、ソティスはぼやいた。


『もう一度だけ言おう。私は、失恋したらしい』

『らしいって、自分のことではないのですか? なぜそこで推定の表現になるんです?』


 ルメールの机に広げられた報告書には、ここ最近魔物の跋扈がひどいため、地方からの収入がいつもより見込めないとの内容が詳細に書かれていた。


 それらを斜め読みしながら、ソティスは茶化すように言う。


『もう、相手に確認はできないからな。するつもりもない。あちらにはそもそも好きな男がいるうえに、私は嫌われてしまったらしい。さすがに彼女の態度でわかったよ』

『殿下を嫌う女がこの世にいるなんて、そんなことがあり得るんですね。一度拝見してみたいものです』


 ソティスは、一瞬だけため息をついた。どうやら自分は、少し落ち込んでいるようだ。あまりこの種類の感情を経験してこなかったため、戸惑ってもいる。


 ソティス自身は、決して女性を見下しているわけではない。が、これまで接してきた女性の大半は、自分に対して先を争うように群がり崇める、単純な者ばかりだったのだ。カレンデュラは彼女達とほぼ真逆だったと言えるだろう。


『正直なところ、私の笑みに堕ちない女がいるとは思わなかった。例えは悪いが、女性とは頼んでもいないのに私の周りをとびまわる、ハエと同じような存在だったのに、まさか私をハエ扱いする女性がいたとは。未だに信じがたいものがある』

『はは、一度だけでいいから、俺もそんなこと言ってみたいですよ』


 乾いた笑いを浮かべながら、ルメールは書類をソティスに差し出した。ソティスは受け取り、先程まで読んでいた内容をさらに頭に叩きこんでいく。


『仕事熱心でいらっしゃいますね。頭が下がります』

『武勇だけあっても、王は務まらない。あらゆることを、知っておかないといけないからな』

『苦手なものがあれば、優秀な人材に頼ればいいんですよ。そのための政府機関ですから。例えば、俺とかどうです?』

『だが優秀な人間を使う人間も、優秀である必要があるだろう?』

『確かにそうですが、優秀な人間を適切に配置さえできればよいのではないですか? その優秀な人間を凌駕する知識を身につけるのは、並大抵ではできないことですよ。まあ、殿下なら実現できるかもしれませんが』


 苦笑するルメールは、しかし本気でソティスを褒めているのだ。


『あなた様の可能性は、はかり知れません。きっと、歴史に名を残す立派な王になられるでしょう。俺は殿下の雄姿を、叶うのならばずっとお側で見届けたいと願っております』

『ありがとう。私もお前に期待しているぞ』


 そう、この世にこの身分で生まれ落ちたソティスが果たすべき役割は、それだ。

 個人的な失恋に浸る時間は無駄なのだ。


 突然扉の開いた音がしたかと思うと、部下が息を切らして駆けこんでくる。


『殿下、一昨日討伐隊が向かった魔物に関してですが、ウルク様が負傷して御帰還されました』

『叔父上が? ご無事なのか?』

『それが伝え聞くところによりますと、片腕が動かなくなっているとのことです』


 そこで言葉が止まり、沈黙が部屋に満ちる。ルメールが不安げにこちらを見上げるのがわかった。


『私が向かおう。急げばどれだけで到着できる?』

『いえ、これは作戦を練り直すべきです。最初に報告が上がった時から、くだんの魔物はこれまでと比べて異質だと言われております。これ以上、軍の損失を出すわけには参りません』

『だがこうしている間にも、民は生活と命を脅かされ苦しんでいるぞ。いざというとき盾になれず戦えもしなければ、この国の王族を名乗る資格はない』


 ソティスは急いで準備をさせ、大勢の兵を引き連れ、暁の訪れる前に王宮を発った。


 ――次に帰還した彼が以前の彼とは違う人物になってしまうことを、予想できる者は誰一人としていなかった。




『なんだ、この魔物っ!!』

『右翼が崩れた!! 周辺は援護に回れ!!』

『持ち場を固めろ!! これ以上先に進めるな!!』


 怒号と命令が飛び交う中で、ソティスは馬上の手綱を握る手に力を込めた。


(どういうことだ、この大きさは……)


 このヴィクライ国に出現する魔物は、怪鳥の姿のものが多い。今回の魔物も、その例に漏れていない。

 だが怪鳥は、どれほど大きくともせいぜい立派な雄牛一匹程度のものだ。ただしその魔物達が集団を成して村を荒らしたり、消えにくい炎や毒の混ざった水を吐いたりするので、結局は人間が束になって討伐することになる。


 負傷した叔父は決して凡庸な人物ではないが、怪我をしたとなると、どこかに油断があったのではないか。今回の魔物をじかに目にするまで、ソティスはどこかでそう考えていた。


 高く舞い上がった怪鳥が、翼を広げたまま地面に急降下してくる。

 影の長さは、陣形を展開する軍をすべて覆う程あった。目測だが、ソティスが知っている怪鳥の三倍か五倍くらいは大きいかもしれない。


 焔を閉じ込めたような不吉な色の瞳が、意味ありげに細められる。

 ソティスはとっさに剣を抜いた。


(来る……!)


 地面すれすれのところでぶつかることなく、鳥は平行に飛ぶことで兵と馬を蹴散らし、再び空へと舞い上がった。


 そしてなぜか軍から遠く離れた丘に着地し、そのまま身を丸めて動かなくなった。

 唖然とする兵士たちだったが、そのうち誰かが悲鳴じみた声をあげた。


『大変だ、殿下の御姿が見当たらないぞ! 誰か、ソティス様の行方を知っている者はいないか!!』




(くそっ、びくともしない!!)


 怪鳥のするどい鉤爪に捕えられたまま、ソティスはその魔物を見上げた。

 ところ構わず国土を荒らしまわってくれた、これまでの魔物とはどこか違う。こちらを睥睨する瞳は、いっそ人間と同じ知性があるのではと思うほどだった。


 ソティスだけを狙ってさらったものの、こうして地面に着地したあとも食い荒らすわけではない。

 どうやらソティスを、単なる獲物とは認識していなさそうだ。


(は、何を馬鹿なことを考えている。まさか、意図的に私を選んだわけではあるまいに)


 身をかがめた怪鳥の嘴の先が、ソティスの胸倉にこつんと当たる。

 かつてない危機に鼓動が早まるのを感じながら、剣を握る手に力を込める。


(私も、ここで終わりか)


 そのまま怪鳥は一切動かず、しばしソティスを凝視していた。

 さすがに不審を覚えた時、声が響く。


『やはりお前が良いようダな』

『……何?』


 思わず問い返したソティスに、怪鳥は目を細めた。


『この魔物では、私が動くには少々不便ダ。試したことはないが、一度人の子でやってミてもイイだろう。幸い、お前には適性がそれなりにアリソウだからナ』


 何と怪鳥そのものが、ソティスの頭の中に直接話しかけてきているようだ。


『何の冗談だ。お前が私に乗り移るだと? 魔物風情が、どうしてそんなことができる』

『ほう、魔物風情とナ?』


 嘴の先が動き、ソティスの肩をえぐった。灼熱を押し当てられたような痛みと共に、血の臭いが鼻をつく。


『ぐぁっ……』

『魔物ではないゾ。私は、この世界の始原を識る存在のひとつダ。だがそなたたち人の子ラが私につけた名称はないようだカラ、適当に神とでも呼ぶがイイ』

『は? 神?』

『そう。お前達が欲する神とはチガウがな。私は太古より、怨念を糧に生きてきタ。人の子を助け、光で闇を追い払っタ、私の憎き敵がイル。私はその者をぎゃふんと言わせてやりタイ。そしてそなたは、その力を使う少女が欲しいのダロウ?』


 ソティスは目を見開く。ソティスが欲しい少女とはただ一人、異国の王族のカレンデュラだ。


 <光の子>と呼ばれる、かんなぎの役割を果たす彼女。代々の<光の子>の祈りによってこの世の平穏が保たれてきたと、おめでたいことをさも当然のように言い張る者達に呆れていたが。


 まさかそのおめでたい話には、少々の真実が含まれていたのだろうか。


『私がどんな女を欲しているか、どうして知っている? ぎゃふんと言わせるとは、どういうことだ? さっきから話が見えないぞ。順番に説明しろ』

『結論から言おウ。あの星の力が弱まる周期に入った、またとない機会ダ。かの国を攻め滅ぼし星の力を地に貶メテ、祈りを捧げる少女を奪うのダ』


 再び怪鳥は、ばさりと翼を広げた。抜け落ちた羽根がひとつ舞い降りて、地面をつたうソティスの血に濡れる。


『これが上手くいけば、久方ぶりにコノ世界は私たちの住み良いところとナル!!』


 怪鳥の瞳がいっそう赤く輝いた後、暗い影が凝る。それが、ソティスの胸めがけて矢のように振りそそいだ。


 いや、矢だと思ったそれは、無数の真っ黒な蛇だった。


『なん、だ……う、ぐっ……ああああああっ!!!』


 すさまじい質量を伴った何かが、体中を駆け巡り、膨張し蝕む。のたうつソティスの苦痛を無視し、それは王太子の身も心も蹂躙しようとしていた。


 汗が止めどなく流れ、悲鳴が喉から迸る。血が煮えたぎりそうな痛みは永遠に続くかと思われたが、怪鳥が翼をたたむと同時に止んだ。


『く、何を……したん、だ』


 だが怪鳥は答えず、後方にどうっと音をたてて倒れ込んだ。


 急に日差しが目を刺し、手でかばったソティスの瞼の裏に、もう一人の自分の姿が映し出される。

 周囲の風景は、一瞬で灰色に変わっていた。


『たった今から私はお前、お前は私ダ。今後末永く、よろしくやっていこウ』


 後ずさるソティスを、もう一人のソティスが追い詰める。

 手首をつかまれ引き寄せらせ、背中から両腕がまわり、捕えられる。


『やめろ、はなせっ!!』


 抗うソティスから離れた場所に、一人の少女が現れた。


(カレンデュラ姫)


 とっさに手を伸ばした。だがカレンデュラはこちらを見て脅え、アミアンの元へ慌てて駆け去っていく。


 二度と振りかえらない少女の背中を、ソティスは暗澹たる思いで見つめた。


(そうだな、私はあなたにフラれたのだった。今さら助けを求めることなど、できるわけがない)


 がくり、と全身から力の抜けたソティスを、ソティスがさらにきつく抱きとめて。


『私にスベテを委ねれば、いずれ望む結果を招いてみせよウ』


 毒のような囁きに、涙に濡れた瞳を閉じた。

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