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ACT4 少女は少年と対峙する

 演劇部室は、校舎の北側にある。日当たりが悪くて多少じめじめしてるけど、私はここが好きだ。

 人通りが少ないからなんとなく落ちつけるし、ひとりでぼんやりしたいときはここに限る。


 今は放課後で、本当は数日後の文化祭に向けて劇の練習をしなくちゃいけないんだけど、体調が悪いからと先生にことわって、抜け出してしまった。


 嘘はだめだと分かっていたけど、本当は、劇をやるような気分じゃないんだ。


 私は、昨日転校してきた男の子、北斗一馬君のことが、ずっと気になっていてしょうがなかったのだ。斜め後ろに座っている彼がいつ剣を抜いて襲いかかってくるのかと、そんなことばかり考えていた。


 自分でも変だなあと思う。たかだか夢の中の出来事に、こんなに振り回されるなんて。そのせいで初対面の男の子に、こんなにびくびくするなんて。 


 でも私の中の何かが、危険信号を発しているのは確かだった。理由はわからない。けれど、馬鹿馬鹿しいと無視することも難しかった。


 静かな部屋で、時計の針の音が鳴る。もう5時半だ。さすがにそろそろ、練習に行った方がいいかな。少しは落ち着いてきたし。

 私がそう前向きに思った瞬間だった。背中にさっと悪寒が走る。いきなりの嫌な予感、その理由に気がつく前に、部室の扉が開いた。


 現れた人物を見て、私は言葉を失った。


 北斗君がこちらを見据えて、静かにそこに立っている。時が止まってしまったように、私たちはお互い何も言わなかった。

 切れ長の瞳が、私を視線だけで貫いているみたい。教室にいる時よりも、険しい目をしている気がする。


 北斗君が、ゆっくり近づいてくる。逃げたいのに、足は床に縫いつけられたままだ。どうしよう、助けを呼ぶ声が喉にはりつく。誰か、助けて、誰か……。


 彼が右手を持ち上げた。鋭利な刃物が残酷な牙をむいて……と思ったけど、その手にあるのはよく見ると茶髪のカツラだった。


 とっさに事態が飲み込めなくて、私は口を開けたり閉じたりを繰り返す。


「あれ……な、なんで?」

「廊下に転がってた。演劇部のだと思って、持ってきたんだ」


 簡潔に言うと、北斗君はずいっとカツラを突きつけてくる。


 カツラは、今度の文化祭で使うものだった。どうして廊下に落ちてたんだろう。


「……わざわざ、ありがと」


 ほっと胸をなで下ろす。そうだよね、転校してきたばかりの中学生が同級生を刺しちゃうなんて、そんなこと起こるはずがないよね。あんなこと考えて脅えるなんて、どうかしちゃってるなあ。


 北斗君は首をめぐらして、散らかっている部室内を物珍しそうに眺めている。それからまた、私に目線を戻した。


 うーん、悪い子じゃないとは思うんだけど……やっぱり、ちょっとだけ怖いよ。


「穂積さん、だっけ? 俺と同じクラスだよな」

「……うん」

「演劇部なんだ?」

「うん」

「今度、文化祭で何かするの?」

「うん……一応」


 ああ、すごく雑な返事しかできてないなあ。不審に思われそう。頑張って何か言わなきゃ。


「私も、舞台に出るんだ。もしよかったら見に来てね」


 その後二言三言言葉を交わして、北斗君は出ていった。扉が閉まった瞬間、体中の緊張が一気に解けてその場に座り込んだ。思わずため息をつく。


 だめだ、やっぱり、あの子が怖くってしょうがない。こんなふうにいちいち怯えていたら、絶対に身が持たないよ。


 けれど、へたりこんでる暇はなかった。なぜならこのカツラを使う越乃先輩が、カツラがさっきからずっと見当たらないと言って、あわてて部室に駆け込んできたからだ。

 私は、そのまま越乃先輩と一緒に部室を出て走って行った。

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