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ACT33 少女は救出に向かう

「これは俺個人の感想なんですけど。一馬が囚われのお姫様になって、どうすんだって話ですよね。確かに、一馬には戦う力はないでしょう。あいつは本当にごくごく普通の人間ですよ。以前がアミアンだった、ってだけです。けどいくら非力だからって、瑠璃ちゃんを心配させて泣かせるのはどうなんですかね。さらわれた状況はわかりませんけど、おそらくは一人でソティスに立ち向かおうとしたのかも。だとしたら無謀ですね。ソティスは蛇を操れるみたいですし、せめて俺がこうしてしっかりと実体化するまで待っていてくれてもよかったのになあ。あでも案外、瑠璃ちゃんに助けられるのを心待ちにしてる、とか?」

「はいはい、そこまでにしましょう、マルム」


 エキナセアにたしなめられ、マルムは舌を出して首をひっこめた。

 知らなかった。マルムって、けっこうぺらぺら喋る人なんだな。


 カレンデュラの前だと、仕事だから当然なのかもしれないけど、それなりに騎士として凛々しくふるまっていたのに。


 授業が終わってからすぐさま教室を飛び出した私は、昨日も来た公園にいた。

 そこでエキナセアと待ち合わせをしていたのだ。そこにはマルムもいた。


 マルムは昨夜、私の祈りで力が満ちた後、この周辺を探っていたらしい。本人は偵察だと言ってたけど、単に好奇心に突き動かされただけなんだろう。


 そして今朝ある住宅の中に、アミアンとソティスの気配を感じたというのだ。


「不思議ですよ。俺もエキナセア様も誰かに乗り移っている時以外は、眠りの最中のごとくぼんやりしてたし、その辺をわけもわからず漂っている時間が圧倒的に長かったんです。けど瑠璃ちゃんの祈りのせいかけっこう意識もはっきりして、地上にどんな動きがあるのかも知れるようになりました。そのおかげでしょうね、一馬の居場所を察知できたのは」


 私は脱力のあまり肩を落としそうになった。

 私たちからすれば、北斗君は昨日からずっと行方不明だったけど。マルムは今朝、北斗君を見つけていたというのだから。


「ああ瑠璃ちゃん、睨まないでくださいよ」

「瑠璃ちゃんって呼び方、止めてほしいな。マルムが言うとちょっと受け入れられない」

「そんなあ、つれない」

「私も瑠璃ちゃんって呼びたいから、大目に見てあげて?」


 エキナセアに微笑まれたら、許すしかないじゃないか。


「もしかして、エキナセアが私に授業を受けるように言った理由って……」

「ええ、私もあなたに話しかける前に、アミアンの魂の気配を感じ取っていたの。それで彼の命は脅かされていないとわかった。マルムも私も、生前ソティスとアミアンに会っているから、二人が同じ建物にいるってことが簡単にわかったみたいね」


 なじるつもりはなかったけど、私は思わず口にした。


「それなら、二人で北斗君を助けてくれてもよかったんじゃないの?」

「それも当然考えましたよ。ただ、いくつか障害があったんです。まず建物の一部ではありますが、結界が張り巡らされています」


 どきりとした。玲旺那君、ていうかソティスってそんなこともできるのか。


「それと今俺もエキナセア様も、瑠璃ちゃんだけにしか姿は見えてないですけど、魂だけのわりにははっきり存在感がありますよね? それが今朝はまだ希薄でした。その状態で一馬を救出するのは、現実味がなかったんです。だからと言って瑠璃ちゃん一人向かわせるのは、もっとまずいでしょう? ただ今の俺ならどうにか騎士として、かつての同僚を救えると思います」


 つまりマルムの言いたいことは、マルム自身が戦力になるまで待つ必要があった、ということなのだ。


 確かに丸腰で玲旺那君の元へ行くより、誰かの助けがあればとっても心強い。

 それでもひとつの不安が胸の内に渦巻いて、消えなかった。


「北斗君、怪我とかしてないかな」


 あるいは怪我がなくったって、玲旺那君に傷つけられてるかもしれない。

 その可能性がぬぐえないので、本当はすぐさま北斗君を探したかったのだ。


 ただ……星の力を使えば、北斗君はすぐ回復するだろう。かつて玲旺那君の操る蛇に噛まれた彼を、私は助けたことがあるから。


 でもだからといって、問題なく治癒ができても、その時感じた痛みまでは忘れられないよね。


「大なり小なり怪我はしてるかもしれないですけど、心配し過ぎなくてもいいと思います」

「どうして?」

「もし一馬が本当に目障りだったら、今回のことを待たずにとっくに消しているでしょう。ソティスだった奴にとっては、一馬が生きていてかつ無事であることに価値があるんですよ。瑠璃ちゃんを脅すための大事な人質を、害する意味がない。瑠璃ちゃんの怒りを買って、反撃されるかもしれないですからね……ただまあ、腕や足は折ってもいいと、あいつなら考えかねないかもしれないけど」


 背筋に冷たいものを感じながら、冷静に恐ろしい見解を述べるマルムを見返す。


 彼はアミアンと同い年。ソティスが攻めてきた時に彼に操られ、自ら喉を刺し亡くなった。その二十歳頃の姿のまま、私の前に現れている。


 戦う性質を持った騎士の彼は、冷酷な玲旺那君が何を考えているか、見識と経験で予想を言っただけだ。それはわかっているのに。


 その内容の恐ろしさに、叱りつけるように叫んでしまった。


「ひどい!! そこまで考えておいて、北斗君をどうしてこの時間まで放っておいたの?!」

「あ、いや、放っておいたわけじゃありません。そこは誤解しないでほしいんです、が……」


 言葉の途中でエキナセアに服をひっぱられ、マルムは一旦口を閉ざした。


「すみません、余計なことを言ってしまいました」

「そうよマルム、瑠璃ちゃんったら怖がってるわよ。ひどい男よねえ?」


 エキナセアがなだめるように、頭を撫でてくれた。涙がぽろりとあふれてくる。


「ごめんなさい……」

「いいのよ。私が後で、マルムを叱っておくわ」

「……エキナセア様の説教って、けっこう重いんですが」

「マルム、何か言った?」

「いいえ、ナンデモアリマセン」


 ごほん、とわざとらしく咳払いしてマルムは続ける。


「とりあえず、一馬を救出するための人員はそろいました。あと俺たちに必要なのは、作戦です」


 その後私たちは額を突き合わせ、いくつかの案をもとにあれこれと議論し合った。


 傍から見たら、公園のベンチで私が一人きりで難しい顔をしているように見えるんだろう。

 実際は、エキナセアとマルムがいるんだけど。


 どうも二人の姿は、行き交う人々には見えていないらしい。

 もし見えていたら、ファンタジーのコスプレめいた格好をする二人に視線が集まり放題だったろうな。


「――じゃあ作戦はこんな感じで進めます。いいですか?」

「うん、わかった。頑張る」

「瑠璃ちゃん、大丈夫?」


 気遣わしげに眉根を寄せるエキナセアに、頷いてみせた。


「平気。北斗君を助けるためなら、怖いなんて言ってられないから」

「でも忘れないでね。ソティスの目的はあなた自身だってことを」

「その辺は俺が、体を張って何とかしますよ、と言いつつ、完璧に実体化できてはいないようですけど」


 そう、目下の問題点はそれだ。

 マルムやエキナセアは、肉体はなく魂だけの存在。


 それでも私たちがベタに想像するような、例えば幽霊みたいに向こうの景色が透けて見える、なんてことは全くない。こうして話している限りは、生きている人間と遜色ない。


 これが驚くべきことに祈りのせいで、この世界の物質に対し、二人は少し干渉できようになったらしいのだ。


 星を使った祈りって、どれだけすごいんだ……。

 そりゃあカレンデュラが、祈りの力が衰えたことに焦るわけだよね。


「しかし不完全とはいえ、受肉の現象が起きるとはね。星については俺たちもわかってないことが多々あるんですが、これほど未知の力を秘めているなんて驚きですよ」


 マルムは腰かけているベンチの背もたれを、軽くぺしぺしと叩いた。

 ただ何度目かその動作を繰り返していると、彼の手があっさり貫通してしまう。


「この現象、一馬を救出している時に起きなきゃいいんですが」


 低いつぶやきに、私もエキナセアも何も返せない。


 とっても残念なことだけど、マルムの体が肝心な時に、こうして物質をすり抜けることは充分にありうるのだ。


 不確定要素を含めた上で、作戦を実行しないといけない。

 戦えるマルムの存在を抜きにしたら、私一人じゃどうにもできないんだから。


「さて現場に乗り込む前に、僭越ですが俺からひとつよろしいでしょうか?」

「え? どうしたの?」

「瑠璃ちゃん、立ってもらえますか?」


 マルムの言うとおりベンチから腰をあげると、彼は私の前に、片膝をついて頭を下げた。


「マルム?」

「無理にしてほしいとは言いません。ただ、瑠璃ちゃんがカデンュラ猊下だった頃の記憶が鮮明であるならば、<光の子>として騎士の俺に命じてはいただけないでしょうか?」


 身を低くする彼に、カレンデュラの時に見た光景がよみがえる。


 アミアンとマルムがそろって正式に騎士となり、初めてカレンデュラの前に拝謁した時。

 挨拶を交わした年の近い騎士たちに、勝手な親近感を覚えた。


 二人が騎士として務めを果たしてくれるのなら、少なくとも彼らに恥じない自分でありたい、と小さく決心したことも覚えている。


 それでいてこの時、カレンデュラは一方的にアミアンのことを知っていたから、アミアンをこっそり注視してもいたんだよね。素敵だなって、見惚れてたな。


 とまあ、過去を思い出すのはこの辺にしておいて。


「ええと、<光の子>として騎士に命令すればいいんだよね」


 こういうこと、過去にあったのかな。<光の子>と騎士の間で行う、戦いに向かう騎士を送り出す儀礼。


 実はカレンデュラが生きていた時代って、内戦も戦争も数十年なかったんだよね。国境付近でのちょっとした小競り合いくらいしかなかったはず。


 ええいこの際、他の祈りの文言を参考にしながら適当に言っちゃえ。


「我が騎士よ。とこしえの栄光に膝まづき、口づけ、従い、守る者。汝の勝利と帰還を心より願う。太古の星と勝利の女神が、頬笑みを向けんことを」


 首からさげた星が、熱を帯びているのがわかった。それを外し、マルムの頭上にかざす。淡く光るそれに、見守っていたエキナセアが息をのんだ。


「騎士たるマルムに命ずる。かつての友を、救い出すのだ」

「最上の祈る者の、仰せのままに」


 そして私はごく自然に無意識に、星を握ったままの手をマルムの顔へ近づけて。


 あ、この動きって……と気づいた時には、マルムは私の片手を捧げ持ち、中指と薬指の間に軽く唇を落とした。


「わあっ!」


 間抜けに叫んで、手を引っ込めてしまう。立ち上がったマルムは、真剣な表情を苦笑で崩した。


「やっぱり恥ずかしいですか? もうちょっと察してあげたらよかったかな?」

「立派だったわよ、瑠璃ちゃん」


 感動しきりのエキナセアが、私の両手をつかんで上下にぶんぶん振る。


「やっぱり、あなたに星を渡せてよかったわ。私ではとうてい、こんな奇跡は起こせなかったから」


 エキナセアの声と表情に浮かんだ陰りに、私も顔をふせる。


「いくらほめてもらっても、カレンデュラは国を滅ぼすきっかけをつくった人だから……」


 また泣きそうになってしまったので、ぐっと唇をかむ。

 いくら前世のことだと割り切ろうとしても、悔恨が胸をむしばむ。


「瑠璃ちゃん……ねえ、私も姉失格だったわ。カレンデュラの苦しみにひとつも気づかず、ただ王宮の奥で日々を過ごしていたのだから」

「でもそれは、エキナセアは体が弱かったから、仕方がなかったと思うけど」

「確かに、辛い日が多かった。けど家族のことをもっと知っておきたかったと、一人生き残った時とても後悔したわ。ねえ瑠璃ちゃん、少しだけカレンデュラになって話を聞いてくれる? 私の元に星が来てから、カレンデュラとそれ以前の<光の子>達が、どれほど偉大で重要なことをしているかを初めて知ったの。あなたはとても、すごいことをしていたのよ」


 向こうの世界は<光の子>の祈りにより、光と闇の均衡が保たれる仕組みだった。


 人々はもはや闇の脅威を、遠い過去か、下手すればおとぎ話の中のことだと錯覚するほどに平和を享受していたのだ。


 大多数の人々にとっては平穏が当たり前で、目の前に常に準備されているものだった。

 その当たり前は代々にわたり一人の女性が、必死でひたむきな祈りで作りあげていた。


「エキナセア、私は覚えてるの。カレンデュラは、<光の子>として立派に務めを果たしたいと思っていた。でも同じくらい、一人の女の子として好きな人と一緒にいたかったの……その願いは、いけないことだった。誰も幸せになんかならなかった」


 笑顔のアミアンと北斗君の姿が、脳裏で重なる。

 エキナセアは、視界がうるんだ私をぎゅっと抱きしめてくれた。


「あなたは最善を尽くしたのよ。私もジニアお兄様も、お父様もお母様も、それはわかっていたのよ? よく動き回るお転婆そのものだったあなたが、威厳ある<光の子>として頑張っていたのは、ちゃんとわかっているのだから」


 身を放したエキナセアは、微笑んでくれる。


 カレンデュラって周りの人に恵まれていたんだなと、今さらのように思った。


 招いた結果の重さは、カレンデュラ本人が痛いほどわかっている。だから皆、その痛みに向かってさらにめった刺しにすることはない。


 甘やかしているのと紙一重の、励ましをくれる。こんな罪深い女なのに。


「星も完璧じゃない……この場合、星に頼ってきた人間達が完璧じゃない、というべきかしら。星が身近にあると忘れそうになるけど、人ができることなんて、実はそう多くないのよ。そのことが、私たちの時代に不幸を伴って現れただけ」


 その受け止め方は、カレンデュラの中にはなかったものだ。私は瞠目する。


「瑠璃ちゃんはカレンデュラじゃないのに、心を痛めていたのね。もう、そんなことをしなくてもいいのよ」

「瑠璃ちゃん、俺たちはあなたをなじりたくて、ここに来たわけじゃありません。俺たちは、光明を求めて立ち上がりたいんです」


 エキナセアもマルムも、微笑んでくれる。

 在りし日の、平和だった頃のように。


 私が落ち着いたころを見計らったように、マルムは襟首を正した。


「さて、敵地に向かうとしますかね」




 公園から玲旺那君の家まで、約十分かかる。

 隣に並んで歩くマルムを、何となく見上げた。


「どうしました? 俺に惚れました?」


 茶化してくるマルムだけど、彼は彼なりに気合を入れているはずだ。


 さっきの突貫的な儀式。あれはマルム自身が、決意を固めるために求めたものだったのかもしれない。


 マルムはソティスに操られ命を落とした過去がある。

 敗北を重ねまいと、燃えているんだろう。


「ごめん、マルムは楽しい人だと思うけど、好きにはならないと思う」

「おおっと、正直に言ってくれますね」

「瑠璃ちゃんは、騎士だった時のマルムとの落差に驚いているんじゃない? あなた、相当猫をかぶっていたのね」

「そりゃあ仕事ですから、少しは大人しくしてましたよ。アミアンの前だけは別でしたけど」


 そうこうしているうちに、玲旺那君の家が遠くに見えてきた。

 充分距離をとった上で、再び作戦を確認する。


「まずは瑠璃ちゃん一人で、乗り込むということで」

「気をつけてね」

「星があるから、きっと大丈夫」


 二人にうなずいて、私は玲旺那君の家へと歩を進めた。

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