ACT20 「思い出して」
心臓が激しく鼓動を打ってる。息が苦しい。
原因は、全速力で校内を走り回っているから、だけじゃない。さっきから迫る不安が、私を追いたてるからだ。
若山先輩は星のペンダントを渡すとき、「身につけてないとあなたが危ない」と言った。
なら、先輩自身は?
星は今、私が持っている。先輩は今、大丈夫なの?
私や北斗君みたいに、敵に襲われたりしてないよね?
「先輩っ……どこっ?」
懇願するように声をあげても誰も答えないのはわかっているのに、そうしてしまう。
先輩がどこにいるのかわからない。悔しくて、もどかしい。
闇雲に走り続ける私の後ろを、北斗君がついてきた。
「穂積、さん、どこへ、行くつもり、なの?」
息を切らしながら、私の隣に並ぶ。私は答えられなかった。
息が上がって、焦りが体中を巡り煮えたぎって、それどころじゃなかったからだ。
後から考えてみたら、とても不思議なことだったと思う。
私はどこへ行こうとは、明確に考えていなかったのに。
気がついたら、中庭の出入口に辿りついていた。アルミサッシのドア枠にもたれかかり、なんとか息を整える。
庭の中央には、それなりの大きさの人口池がある。そこには、鯉が何匹かいたはずだ。名前のわからない木々や花が、手入れされてる範囲で好き放題に生い茂っている。
この中庭は、二つの校舎に囲まれている。
東側が、さっきまで私と北斗君がいた屋上のある、特別教室ばっかりがある校舎だ。
西側は、教室棟。一年生から三年生までのクラスのほとんどは、この校舎に集中している。
息が少し落ち着いた私は、ふらふらと特別教室棟側へ歩を進めた。
その時。
頭上から、黒い影が墜落してきた。
それが何か視認できた瞬間、私は悲鳴をあげていた。
どこからか落ちてきた若山先輩は、目と鼻の先の距離で、苔むした柔らかい地面に叩きつけられた。
私の悲鳴に何事かと思った生徒数人が、窓から身を乗り出しさらに悲鳴をあげ、あたりは騒然となる。
恐ろしさのあまり何がなんだかわからなくなる中で、北斗君の腕のぬくもりが、私を現実につなぎとめていた。
いつの間にか何人かの先生が、横たわったままの若山先輩の周辺にいた。
「救急車!」と、悲鳴に近い誰かの指示。
野次馬根性で中庭に入ろうとする生徒やら、それを押し戻そうとする先生達やら、私のように泣きじゃくる声もあちこちからして、文化祭終了後の心地よい疲労感はどこかへ飛んでいってしまった。
「いや、いやあっ! 若山先輩!」
「穂積さん、しっかりするんだ! 穂積さん!」
北斗君は後ろから両腕で、私をしっかり抱きとめて、何度も名前を呼んでくれた。
そうして、身をよじってわめきつづけ、先輩の方へ駆けだそうとする私を、必死に止めてくれる。
「はなしてっ!」
ぱあん、と音がして、振り回した手が北斗君をぶってしまったことに気がつき、私はようやく我にかえった。
北斗君の頬が、ほんの少しだけ腫れている。それでも彼は怒ることなく、苦しそうな表情で私を抱きしめた。
突然、同い年の男の子の鼓動が近くにして、私は呆然としてしまった。
興奮や混乱の波が、徐々にひいていく。
「見るなよ」
頭上から、押し殺した声が降ってきた。
「穂積さんは、何も悪くない。悪くないんだから、自分を責めちゃ駄目だ。だから今は、あっちを見ないで」
北斗君のとっさの優しさのおかげで、頭が冷えてきた。ふいに、涙が流れてくる。彼の胸に顔を押し付け、唇を強く噛んで泣いた。
ふと、奇妙な感覚がおそった。
前にも、こんなことがあったような気がする。でも、それがいつなのかわからない。
けれど間違いなく、かつて、北斗君にこうやって慰められたことがある。そう思った。
でも、あれは北斗君だろうか。
北斗君のような気がするのに、北斗君じゃない気がする。
じゃあ、あれは……一体、誰だったの?
『思い、出して』
「え?」
「何だ?」
私と北斗君は同時に声をあげ、あたりを見回した。
今、はっきりと聞こえたのだ。
鈴の音を鳴らすような、透明で物悲しい声が。
魅惑的で、それでいてぎゅっと胸をしめつけられる、そんな声。
『あなたは目覚めなくてはならない。私たちの、ただひとつの残された希望。あなたがいなければ、あなたが……だから、どうか、思い出して』
鳥肌が立った。この声、聞いた覚えがある。
若山先輩が私に星のペンダントを渡した時、一瞬別の女の人の声になってたけど、それと同じ。
それに気づいたのとほぼ同時に、北斗君が愕然とつぶやいた。
「この声だ……さっき俺が、聞いた声と同じだ」
「え?」
「間違いないよ。同じ人の声だ」
『お願い、思い出して。最後の正統な<光の子>、私の妹よ。そして、あいつが勘づく前に……ぐっ』
苦しげな悲鳴を残して、その後は何も聞こえなくなった。
私と北斗君は互いに言葉もなく固まっていた。
周囲の喧騒が、遠くにあるように思えた。