ACT19 少年は思い出せない
文化祭二日目が終わった。屋上にいても下が騒がしいから、それは何となくわかる。
私はこの後、演劇部の方に顔を出さなきゃいけないし、北斗君だって、クラスの後片付けをしなきゃいけない。
でも私と彼は、それどころじゃなかった。
私たちは、さっきの出来事について限りなく溢れてくる疑問を、どうにかしたかった。
でも、どうにもできない、だって、わからないことだらけなんだから。
黒い蛇が突然現れた。そいつに噛まれて力尽きたはずなのに、何の手当てもしていないのに、北斗君は無事にこうしている。
そして私は、何をしたんだっけ?
「もうだめだと思ったとき、穂積さんの声が聞こえたんだ」
二人して柵に背を預けて座り込み、うつむいていた私は、顔を上げる。
北斗君は、目を細めて遠くを見ていた。何かを思い出そうとしているようだ。
私はその横顔を見る。
「たぶん、穂積さんの声だったと思う。確か『必ず癒しが与えられるわ』って、そう聞こえた。あとは、『怖がる必要などないわ』って」
そこで私は眉根を寄せる。
「そんなこと言ってないよ。夢中で北斗君の名前ばっかり呼んでたから、そんな余裕のあることは、絶対に言ってない」
「そうなの?」
今度は北斗君も眉根を寄せた。
「おかしいなあ。幻聴だってこともありうるだろうけど、でもそれにしてははっきりと、穂積さんの声だった」
北斗君は納得いかないようだ。でも私は北斗君の名前を呼ぶ以外、本当に何も言ってないんだからしょうがない。
だから、話の方向をちょっと切り替えてみる。
「ねえ、本当に私の声だった? 私が側にいたから、そう思い込んでるだけとかじゃなくて?」
確証なんかこれっぽちもなくて、デタラメに言っただけなんだけどね。
でも北斗君は、適当な意見に食いついた。
「うん……案外そうかもしれない」
彼は真剣に黙考した後、つぶやく。私はぽかんと口を開けた。
「北斗君?」
「そうだ。多分、穂積さんじゃないんだ。あれは……あれは」
北斗君は唸った。何度も言いかけては言葉につまる。喉から出かかってるのに出てこないのか、思い当たる節があるはずなのに不明慮なのか。いずれにしろ、すごく歯がゆそうだ。
結局、最終的にはあきらめてため息をつく。
「ああくそ、わかんないや」
頭を抱えて落ち込む様子に、私は笑ってしまった。
北斗君って、けっこう素直に表情が動くんだ。ちょっとした発見だ。
彼が不服そうな目でこちらを見てくるので、私はあわてて居住まいを正す。
「笑うことはないだろ」
少し顔が赤い。すねたような顔は、まだまだ幼い子供みたい。案外、可愛いところがあるんだな。
「ごめんね。勝手な先入観もあって、北斗君はポーカーフェイスで近寄りがたいところがあるって思ってたの。こんなに可愛いって知らなくて」
北斗君は困った顔をする。
「可愛いって……この年で言われるの、ちょっと嫌だな」
「あ、悪気はないんだよ」
そんなやりとりをひとしきり終えてから、顔の赤みがひいた北斗君が言う。
「穂積さんが、俺の名前以外何も言ってないのはわかったよ。じゃあさ、それ以外に何をしたかは覚えてる?」
私はごくっと喉を鳴らす。こちらを覗きこむ北斗君と、目が合う。
分かっている。私は、自分が何をしたのか。
「星から、光が出た」
私は、スカートのポケットの中に手を入れながら言う。
「それで蛇が消えて、北斗君が、目を覚ましたの」
「星……? どんなの? それは、いつ手に入れたの?」
絶体絶命だと思われたのに、再び息を吹き返した北斗君。
その理由は、私が何かしたからだ。
いや、言いかえると、私が持っている星が何かしたんだ。
星はあの時、確かに光った。私の思いに応えるように。
でもどうして、この星は光ったのだろう。
若山先輩が昨日突然、私にくれた星。
「あ……」
「どうしたの、穂積さん?」
私は一瞬めまいを覚えて、北斗君に寄りかかる。彼は一瞬動揺したけど、しっかり受け止めてくれた。
どうしよう、私は早く、気が付くべきだったのだ。
「この星は、若山先輩がくれたの」
北斗君に説明すると同時に、焦りが胸の中で膨れ上がってゆく。
「先輩が、危ない」
直後北斗君を置いて、私は階下に通じる扉へ向かって駆けだしていた。