ACT18 白い光
異形の蛇は、北斗君に食いついたまま離れない。
今、北斗君の体は、ふくらはぎから這いあがってくる激痛に苛まれているんだろう。彼は傍から見ても明らかなほどに、青ざめている。
恐怖のせいでなくて、おそらくは蛇の毒のせいだ。
「くそっ! 何なんだ一体っ!」
北斗君は歯を食いしばって立ち上がり、足を振り上げて蛇ごと柵に叩きつけた。
蛇は牙を抜き、しなやかに着地して私たちから距離をとる。
黒い蛇は油断なく、睨みをきかせている。口から幾度となく出入りする細長い舌は、余裕の表れなのか。
成す術もない私達を、あざ笑っているのだろうか。
実際、私は緊迫した状況にもかかわらず、目の前のことについていけなかった。
北斗君がゆっくりと両膝をつく。彼が痛みに呻いて、呼吸が荒いというのに、何をしたらいいのか全然わからない。
私はもう半狂乱だ。涙目で北斗君の肩を揺さぶった。
「北斗君、北斗君!」
こんなふうに名前を連呼したって、どうしようもないのに。
「逃げ、るんだ……穂積さん……君まで、噛まれ、る」
横たわってしまった北斗君のほうが、よほどしっかりしてる。
そうはいっても、もう限界が近いみたいだ。額には大量の脂汗。苦痛でだんだん荒くなっていく息。
おまけに痙攣まで始まってしまう。私を見ているはずの瞳は、濁りかけている。
何で? 私たちが何ひとつ答えに辿りついてないっていうのに、私たちの知らない敵は動きだしているって言うの?
卑怯じゃない。
私は何もわからないのに。
そのせいで、北斗君が危ないのに。
きっとこれなんだ。今朝感じた不吉な予感っていうのは。
予感だけって、少なすぎる。
もっと、はっきりした実感が欲しいよ。
「穂積、さん……早く」
精一杯の叫び。命をかけた最期の警告。
北斗君は、意識を失った。
まるで夢の中の男の子が、さようならと言ったように。
もう苦しまない、もう痛がらない、もう動かない、もう話しかけられない、もう話さない、もう笑わない。
頭の中が、真っ白になった。
目の前も、真っ白になる。
私に牙をむいて踊りかかってくる蛇が、光の洪水に埋もれて消滅した。
星のペンダントが、強烈に光る。
私は叫んだ。叫んだはずだった。
けれどそれも、あふれかえる白の中で、渦巻く光の氾濫の中で、全く聞こえない。
ただ、星のペンダントが、私に話しかけたような気がした。
気がついたら、私は北斗君のすぐ隣で倒れていた。
目を開けたとたん、北斗君の寝息が頬にかかって、文字通り飛び起きる。
即座に頭が覚醒して、私はあわてて北斗君をゆすった。
「北斗君、しっかりして! 死んじゃ嫌だよ! 目を開けて!」
と、私は手のひらからじんわり伝わってくる温かみに気づく。
北斗君が、生きてる。
そういえば、さっき息をしてたじゃないか。
納得する一方で、私は首をかしげる。
……あれ、北斗君、何で生きてるの?
「う……ん」
北斗君が身じろぎして、私はお化け屋敷のお客さんのようなリアクションをしてしまった。
いやいや。北斗君は幽霊じゃないし、ゾンビじゃない。ちゃんと生きてる、生身の人間だ。
でもしつこく言うけど、どうして彼は生きてるの?
「穂積さんっ!」
目を見開いた彼はいきおいよく身を起こして、隣にいる私を確認し、一瞬止まった。
「……無事なの?」
「うん、何とか」
そして、しばらく沈黙した後。
「何で俺、生きてるの?」
残念ながら、私は北斗君の疑問に答えられなかったのだ。