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ACT2  少女は夏に思いを馳せる

 一体いつから、こんな後味の悪い夢ばかり見るようになったんだっけ?


 日記帳を開いた。ページをさかのぼり、日付を確認する。

 あった。夢のことを最初に書いた日付が、八月になってからすぐ。ということはだいたい三週間前かな。


 そのころは、まだ宿題なんてやらなくてもいいやと思っていたっけ。そのせいで、今苦しんでいるわけなんだけど。

 でも毎年こうやって過ごしているから、もう慣れっこだけどね。


 私はさらにページをめくった。七月のある日に、こう書いてある。




『今日は終業式。待ち遠しかった夏休みがやっときた! そして来週、部員全員で花火大会に行くことになった。やった! 玲旺那君と一緒にいる時間が増える!』




 玲旺那君というのは、同じ演劇部に所属している、月影玲旺那君のことだ。


 私は入部してまもなく、彼のことが好きになった。でも話すのがあんまり得意じゃない私は、好きな人に話しかける勇気なんてないから、いつも遠くから見ているしかなかった。


 明るくて部内でもムードメーカーの役割を果たしている玲旺那君は、こんな私にもたまに話しかけてくれたけど、いつもイマイチな反応しか返せていない。面白くない奴だなって、思われていただろうな。

 それでも玲旺那君を遠くから見ているだけで、幸せだったんだ。和気あいあいと話すなんて、想像もつかないことだった。


 七月終わりの花火大会の日も、話しかけれずに終わる。そう思っていたけど……。


 また日記帳のページをめくる。自分で書いたことなのに、改めて目にするとどきどきしちゃう。




『ウソだ。ありえない。今でも夢じゃないかって疑ってる。だって、玲旺那君が私のこと「好き」

って言うなんて…』




 夢じゃなかったって実感したのは、花火大会の数日後、玲旺那君に会ったときだ。


 私たち演劇部は九月上旬の文化祭での作品上演に向けて、夏休みも返上できっちりと練習しているのだ。さすがに、土日とかお盆はお休みだけど。


 生徒玄関で内履きに履き替えていると、玲旺那君とぱったり出くわした。

 開口一番、彼はこう言った。


「おはよ、瑠璃」

 私はびっくりして、彼を見たまま固まってしまった。


 だって、花火大会の日まで「穂積さん」と呼ばれていたのに、それが「瑠璃」に変わるなんて、あまりにも突然すぎる。


 玲旺那君の灰色がかった黒髪が、日の光に透けて輝いている。元々人を惹きつける華が、そんな些細なことで何倍にも膨れ上がっちゃってる。加えて、どうしてか私に優しく微笑んでいる。彼がもしアイドルなら、この瞬間をブロマイド写真にして販売できるだろうな。なんて思うくらいの完璧な一瞬だ。


 おかしい……どうして私は、そんなとても素敵な人に名前を呼ばれたんだろう?


「瑠璃、顔赤いぞ。どうしたんだ?」


 私はしどろもどろに答えた。


「えと……、だって、ど、どうして玲旺那君は、私を名前で呼ぶの?」

「え?」


 今度は玲旺那君が目を丸くする番だった。彼ははっとなにかに気がついたような顔をして、それから悔しそうに天を仰ぐ。


「なあんだ。俺ふられたのかよ。あーあ、ショック」

「え? ふられた?」

「この間、好きだって言ったじゃんか」


 さらりと言われた言葉に、ついていけなかった。理解して叫ぶまでに、少し間が空いてしまう。


「えー? あれ、本当なの? 私をからかっているんじゃないの?」

「そんなわけない。本気に決まってるだろ」

「う、嘘だ。玲旺那君、冗談は止めてよ」

「本気だよ?」


 彼の周辺の空気が、急に真剣なものになる。玲旺那君は私を視界で捕えたまま、一歩近づいてきた。


「生まれて初めてなんだ。こんなに誰かを好きになったのは。少し前から、突然瑠璃のことが気になりはじめてさ。だから、この間は思い切って、あんなこと言っちゃったんだ」


 玲旺那君は、私にくっつきそうなほど顔を近づけてきた。背中が下駄箱にぶつかっちゃう。


 宝石を磨いたような黒い瞳が、とても近くにある。好きな人が、息が触れそうなほどの距離にいるなんて、現実だとはまるで思えない。

 そのときの私のほっぺた、自分でもわかるくらい熱かった。一体、どれだけ赤くなってしまっていたんだろう。


「瑠璃は、俺のことどう思ってるんだ? 好きなのか、嫌いなのか。もし好きなら……俺と、付き合ってくれないか?」


 私は混乱していて、すぐには返事を返せなかった。でも、答えはたった一つ。恥ずかしかったけど、頑張って口にした。


「あの……私も、す、き……だよ。こんな私でよかったら、お付き合いしてください」

「瑠璃……ありがとう」


 玲旺那君は笑っていた。今まで見たことないくらい柔らかくて、喜びにあふれた素敵な笑顔だった。


 そうかと思ったら、彼の顔が近づいてきて、私の唇に、玲旺那君の唇が軽く触れて。


 何事か理解した時には、玲旺那君はさっそうと部室へ向かっていった後だった――




「わあー!」


 思い出の中の出来事なのに、思わず叫んでしまった。いけない。ここが自分の部屋でまだよかったよ。

 でも、ファーストキスがいきなりこんな形でおとずれるなんて考えたことなかったから、しょうがないよね。さすがに、このことは日記に書くのが恥ずかしくて、別のことを書いた。


『今日の練習は集中できなかった。先生にも怒られちゃった。帰りは玲旺那君と一緒だった。私は、ほとんど無口だっけど』


 玲旺那君が、私の彼氏かあ。恋人ができるなんて、夢のまた夢だなと思ってたけど、人生、何があるかわからないなあ。って、中学生の割にちょっと年寄りじみてるかな、この発想。


 結局、今日も宿題はあまり進まなかった。やる気がないんだから、しょうがないよね。

 眠気も手伝って、ベットに直行した。


 また明日、玲旺那君に部活で会える。そう思うと、普通に過ごしていた毎日がきらめいて見える。


 誰かを好きになるって、不思議で、素敵なことだなあ。


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