ACT17 少女は再び少年と対峙する
で……私と北斗君は、二人っきりになってしまったのだ。
わかっている。すべては、私が悪いんだ。
あの後、クラスの男子二人は「まあ、邪魔しちゃ悪いしな」とニヤニヤしながら北斗君の肩を叩いて、「転校早々、幸せ者だな」なんて捨てぜりふを残して去っていったのだ。
北斗君が止めるのも聞かずに。
私といえば自分がしたことにショックを受けて、しばらく放心状態だった。
さっきとは別の意味で、心臓がうるさかった。こういう時に、穴があったら入りたいってことわざを使うんだろうな。
北斗君も困り果てているはずなのに、呆けている私を気遣ってくれた。
「穂積さん、大丈夫?」
とりあえず、首を縦にふって首肯する。
「俺、気にしてないから。あいつらが勝手に変なこと言っただけだからさ。俺は平気だから……ねえ穂積さん、大丈夫?」
北斗君が二回も聞き返してくるほど、私はひどい有様だったのだろう。
ウソだ。私が男の子の肩をつかんで、顔を近づけてしまうなんて。何かの間違いだ。
自信持って言うのも悲しいけど、私は男の子と話すことが苦手で、会話も簡単にはできないんだよ。玲旺那君と付き合ってる今ですら、たまにしどろもどろになるくらいなのに。
そんな私が、自分から接近したなんて。
北斗君とは、ほんの少ししか口をきいてないのに。
「ご、ごごごごごめんなさいっっ!!」
私はいきおいよく頭を下げた。とにかく全力で謝らなきゃ。それしか頭になかった。
それで結構大きな声を出しちゃったものだから、お客さんやお店の係の人から注目されてしまった。ますます混乱する私を引っ張って、北斗君は急いで教室を出る。
彼はしっかりと私の腕をつかんで、人ごみをかきわけてく。廊下をぬけ、階段をのぼり、文化祭のあいだ一時的に立ち入り禁止になってる場所も通って、屋上のドアを開けた。
青空が頭上一面にあって、とても解放的だ。秋のそよ風が気ままに辺りをさまよっている。
当たり前だけど、屋上は無人だった。コンクリートの床に、白い貯水タンクと転落防止のフェンスが目に入る。そういえば、屋上に来るのは初めてだな。
北斗君はフェンスの近くまで歩み寄って、しばらく景色を眺めていた。やがて前を向いたまま、私に話しかけてくる。
「いきなり連れてきて、ごめん」
なんだか、照れ笑いでもしてるみたいな言い方だ。
「昔から、落ちつきたいときは空気を吸うのが一番だったから、こういう高いところによく来るんだ。穂積さんももしかしたらそうかな、なんて思ってさ」
でもそんなわけないか、と私の方を振り向いて、彼は笑った。
「私の方こそ、ごめんね」
首をすくめて、それだけ言った。申し訳なさでいっぱいだった。
いきなりあんなことしちゃうなんて、北斗君、すごくびっくりしただろうな。
でもどうやって事の次第を説明したらいいのか、さっぱり思いつかない。
だって、正直に言える? 夢を見て、あなたに何か良くないことが起こるって思った、なんて。
まるでインチキ予言者みたいじゃない?
でもいつまでも無言でいるっていうのも、嫌だなあ。
居心地の悪さにもそもそしていると、北斗君の方が先に話を切り出してきた。
「ねえ、穂積さん」
心なしか、彼は真剣だ。
「気のせいかもしれないんだけどさ……穂積さんと俺って、どこかで会ったことあるかな?」
「え……?」
「俺さ、穂積さんを、どこかで見た気がするんだ。それが、ずっと引っかかってて」
突然言われても、私には覚えがひとつもない。
「会ったことはないと思うよ」
私があっさりと返すと、北斗君は納得してないように眉根を寄せた。けど、すぐに振り切るように笑う。
「うん、そうだよな。やっぱ俺、どうかしてたんだ。ごめん、変なこと聞いて」
私は首を横に振る。そして考えた。
今のは、北斗君も何か感じてるって証拠なのかもしれない。私が不吉な予感を覚えたように、北斗君も私に対して既視感があったわけだ。
やっぱり北斗君は、あの夢の中の男の子なのかもしれない。そうじゃなくても、何か関係があるのかも。
そう考えだすと、追求したくなる。でも、いきなりあなたは私の夢に出てきますか、なんて聞くのも可笑しいな。ある程度段階を踏んでいかないと。何をどういう順番で質問すればいいかな。
しばらく黙考した結果、私は思い切って聞いてみることにした。よし。
息を吸い込んで、口を開く。
「北斗君、私も聞きたいことがあるの」
北斗君は改めて、私へ向き直る。私の視線と、不思議そうにしている北斗君の視線がぶつかった。
「北斗君って、変な夢、見ない?」
「変な夢……特に見ないけど」
会話が終了しちゃった。
だめだめ。もっと続けなきゃ。えーっと……。
「私は、変な夢、見るの」
うーん、間抜けだなあ。だからどうしたって言われそうだ。
「へえ、そうなんだ。どんな夢?」
「もしよかったら……聞いてくれるかな?」
「うん、いいよ」
北斗君、意外と優しいな。
「私は、一面真っ暗闇の中にいるの。それで、大きなシャボン玉の中に入って浮かんでいて、ぼんやりと辺りを見回している。しばらくしたら、向こうから男の子が走ってくるの。たぶん、私よりちょっと年上で、黒い服を着てて、顔がフードに隠れて見えなくて……その男の子が、私を刺そうとするの」
刺す、という言葉に、北斗君が反応したような気がした。
「穂積さんは、その男の子に刺されちゃうの?」
「ううん、いつもそうなるぎりぎりのところで目が覚めちゃうから」
「ずいぶん物騒な夢だね」
「そう思う?」
「だって、顔が見えない相手に刺されかける夢なんて、良い心地はしないよ」
「うん、確かに顔は見えないよ。でもね……」
拳を握りしめる。さあ言え、今だ。今がチャンスだ。
「私、その男の子は、北斗君だと思うんだ」
風が冷たく感じた。数瞬の沈黙が怖かった。
北斗君は私を見たまま、唖然と固まっていた。
「え……?」
何を言われたのか、何と答えればいいのか、てんでわからない、間の抜けた声だ。
それはそうだろうな。
「北斗君を初めて見たとき、すごく怖かったの。自分でもありえないと思ったんだけど、刺されるって、ちょっと本気で考えてた。何日か前に、演劇部室にカツラを届けてくれたじゃない? あの時も、怖くてしょうがなかったの」
おそるおそる、北斗君をうかがった。
こんなこと言われて不愉快になってるだろうな。そう思ったけど、北斗君はそんなそぶりは見せず、反対に聞き返してくる。
「どうして、俺にそれを言うの?」
「え?」
予想した反応と違ったので、今度は私が間抜けな声をあげてしまった。
「穂積さんは、俺に殺されるかもしれないって思ってたんだろ? そんな相手に、どうしてそのことを言うのかなって。俺が怖くないの?」
私は手早く説明する。
「昨日また夢を見て、男の子は絶対私を刺せないってわかったの。だから別に、北斗君のことも怖くなくなったの」
その代わり、彼は自分を刺してしまった。でもそれは言えなかった。
北斗君に、何か良くないことが起きるかもしれないという、予感も。
「面白い話だね」
北斗君は、頭ごなしに私を馬鹿にしたりしない。
それは北斗君が優しいから、だけじゃないのかも。
もしかしたら、彼なりに気になることがあるのだろうか。
「穂積さんの話は、それだけ?」
「うん、まあ」
「俺も、話していいかな?」
「え……うん、どうぞ」
北斗君は、衝撃の言葉を口にした。
「俺も、穂積さんを刺してしまうかもしれないって、思ったことがあるんだ」
「……え?」
絶句する私に言い聞かせるように、北斗君はゆっくり話す。
「カツラを届けに行った時、確かに俺は、穂積さんを刺そうとしてる幻覚にとらわれたんだ。でも幻覚を見たのはその時だけだったから、あまり気にはならなかったんだけど。それよりも、今俺が気になってるのは、女の子の幻覚なんだ」
女の子の幻覚? 何だろう、それ。
「昨日、確かに見たんだ。演劇部の上演の最中、誰かが耳元で何かを言ってきて、涙を流している女の子の姿が見えた。確か白い服を着ていたよ」
どういうことだろう。私は黒ずくめの男の子を夢で見て、北斗君は白い女の子の幻覚を見てる。
こんな偶然みたいな対比って、ありうるんだろうか。
やっぱり、何かあるんだ。でも、何が?
答えにたどり着くには、情報が少なすぎる。
「穂積さん、これからこうして、たまに話さない?」
「もしかして、情報交換?」
「うん。一人で抱え込んでるよりも、お互いに起きたことや見たものを話しあった方がいいと思うんだ。もしかしたら、そのうち何かわかるかもしれないだろ。それに、たとえ何も進まなくたって、話をしたほうがすっきりするだろうし」
その提案には大賛成だった。
そうだ。一人で悩んでるよりも、二人で考えた方が前向きになれる。
悩みをずっと抱えていても、気分がふさぐだけだし。
「じゃあそうしようよ、北斗君」
「わかった。決まりだね」
この瞬間私たちの間に、不可思議な絆が生まれかけていた。
でもそれを、邪魔した存在が。
北斗君は、突然ひきつった悲鳴をあげた。
「……っ!!!」
彼はあわてて片足を押さえこんだ。私もびっくりして目を向ける。
私たちは、固まった。
そこにいたのは、黒い蛇。
黒すぎるせいか、鱗さえも光を反射しない。
そいつが、北斗君のふくらはぎに制服の上から牙を立てていた。
闇より深くて、闇より不吉な瞳が、私をねめつける。
口の隙間から、獰猛な呼吸音が漏れ出ている。
訳がわからなかった。けれど、ひとつだけ思ったことは。
こいつは、敵だ。