ACT11 少女は夢から醒めて
ここは、どこ……?
私、どこで眠っているんだろう。
毎晩使ってるのとは違うベッド。がさがさと固い音がするそば枕。
保健室、かな。
きっとそうだろうな。私、気絶しちゃったんだ。
もう頭は痛くない。めまいもしない。
うっすらと目をあけてみる。しばらく視界はぼんやりしてたけど、やがて一人の顔をとらえた。
「玲旺那君……」
玲旺那君は、私の顔を黙って覗き込んでいた。彼の名前を呼んだとたん、急に抱きしめられる。
「わっ! れ、玲旺那君ちょっと……」
かぶさってきた玲旺那君のぬくもりと体の重さを感じて、私はうろたえた。
誰かに見られたら、大変だよ。そう言おうとして彼の顔を見たら、両頬に涙が。体も震えている。
「瑠璃、瑠璃……よかった」
玲旺那君は、しゃくり上げながらそう繰り返す。私は玲旺那君の手を振り払うのをやめて、かわりに彼の背中に腕をまわした。
よく考えたら、こうやって玲旺那君と抱きしめあうのは初めてかもしれない。ちょっと赤くなりながら、玲旺那君に優しく言う。
「ありがとう。もう、大丈夫だから」
ややあって返事がかえってきた。
「ごめん。本当にごめんな、瑠璃」
「やだ、どうして謝るの? 謝らなきゃいけないのは、むしろ私のほうだよ。玲旺那君のお芝居、しっかり見れなかったんだから」
「芝居なんて、お前に比べたら……」
急に玲旺那君の声が低くなって、少し驚いてしまった。そして意外だった。
玲旺那君はいつも明るくて、かげりのある感情を一切見せない人だったから。
玲旺那君はゆっくりと体を離して、今度は間近に顔をよせてくる。その瞳は、怖いくらいに真剣だった。
「瑠璃に比べたら、本当に大切なものなんて何もないよ。瑠璃以外のものは、すべて無意味なんだ。この世に瑠璃しかいなくたって、俺は平気だし、瑠璃以外はなにもいらない」
ん? なんだろうこの台詞。さっきの劇の続き? いや、そんなわけない。
どうして玲旺那君は、いきなりこんなこと言うのかな?
戸惑って何も言えないでいると、いきなり唇が暖かくなる。
玲旺那君が、私の唇を奪う。
「……!」
呆然としていると、玲旺那君は横になったままの私の肩を押さえつけ、よりさらに深く口づけをしてきた。
「……っ!!うっ……」
息が、できない。たぶん今、耳まで真っ赤だと思う。あらがおうとして体をひねるけど、玲旺那君の方が力が強い。
彼は私の頬を両手で包んで、むさぼるようにして、唇を求めてくる。
今回の玲旺那君とのキスは、今までのような甘いものじゃない。嵐みたいで私にはどうすることもできず、過ぎ去るのを待つしかない。
玲旺那君のことが、怖くなった。彼は私の意志とは関係なしに、こうやってやりたいようにできるんだ――
「んっ……!」
長かったような短かったような、永遠とも刹那ともとれる時間が過ぎて、やっと玲旺那君は離れてくれた。
私は素早くベットから飛び起きて、腰かけてる玲旺那君から距離をとる。
あんなことをした後だというのに、玲旺那君は落ち着いていた。ちょっと長めの灰色がかった髪をかきあげて、息ひとつ乱さないでいる。
私はこんなにも動揺して、ばくばくと暴れる心臓の音が、耳の奥で響いているっていうのに。
玲旺那君は私に視線を向けたまま、にっこりといつものようにほほ笑んだ。
「かわいいな、瑠璃」
そして、くすくす笑う。
「こういうキス、知らなかった? ま、俺も初めてやったんだけど?」
体中の血が、恥ずかしさで爆発しそうだった。
おびえた子犬のようにうろたえる私を見て、玲旺那君はけらけら声をあげた。いつものように、部活で快活にふるまう彼のように、とても明るい笑い方だ。
「俺に心配かけたおかえし。いいだろ? 俺たち付き合ってるんだから、このくらい激しくやったてさ」
あまりにも簡単に言うので、からかわれてると思って怒りがこみあげてくる。
「いいだろって、あっさり言わないで! すごくびっくりしたんだから!」
「そう? んじゃ、どっきり成功だな」
「そ、そんな。どっきりだなんて。ひどいよ」
「ひどくないと俺は思うけど。瑠璃が倒れたって聞いたとき、どれだけ心配したと思ってるんだ? だから、これくらいはいいだろ?」
「そ、……そんなこと言われても……」
私は上目で睨むようにして玲旺那君を見た。言葉を紡ごうとしたけど、さっきのことを思い起こすだけで、パニックを起こしそうだ。というより既に起こしてる。
だいぶ時間が経たないと冷静になれそうにないし、頬の色も元には戻らないだろう。
玲旺那君はもう一度ほほ笑むと、私の頭に手を置いた。
「俺は瑠璃のそんなとこも好きだよ」
もう、玲旺那君ったら。そういうことをどうして平気な顔して言うんだろう。恥ずかしくないのかなあ。
「んじゃ、帰るか。瑠璃が目覚めたら送っていくって、先生にも説明してあるし。クラスの方に顔出さなくてもいいよな?」
「え、でも」
「遠慮するなよ。明日も午前中に公演があるんだから、今日はゆっくり休めって」
玲旺那君は、部室に置いてあった私の鞄を持ってきてくれた。
私たちは二人そろって正面玄関を出る。
どうしよう。送ってくれるのはありがたいけど、平気な顔して隣を歩くのが難しい。
まだ心臓が鳴りっぱなしだ。私、どうしたらいいんだろう。
そんな気持ちを知ってか知らずか、またもや玲旺那君は軽い調子でこう言った。
「さっきの、近いうちにもう一回やってもいい?」
私は首だけをぎこちなく横にふった。玲旺那君は、声を押し殺して笑う。ちょっとひどいかも……。
「穂積さん」
唐突に、後ろから声がした。私と玲旺那君はいっせいにふりむく。
そこにいたのは、北斗一馬君。
一瞬、短剣を握った男の子が現れたのかと思った。
背中の皮膚が、びりっと粟立った。