「王族への忠義」を理由に婚約者より王女様を優先する男なんて、婿にはいりませんわ。
シャディリーヌ・リース公爵令嬢は怒りに震えていた。
自分の婚約者エフェル・ローデ公爵令息が、王宮の廊下を他の女性と談笑しながら歩いているのだ。
あの女はデリア王女。
このハリス王国の第一王女デリア。
黒髪の美しい王女デリアは、エフェルの事がお気に入りで、エフェルもデリア王女に呼ばれるのが嬉しいらしく、シャディリーヌとの交流の席でも、
「私はデリア王女様に気に入られているんだ。なんて光栄な事だろう」
「貴方様はわたくしの婚約者ですのよ。それを気に入られているからって、呼ばれたらすぐ行くってどうなの?」
「王族の望みを叶えるのが忠義というものだ。それが貴族の生き方だ。婚約者よりも優先するのは当然だろう」
婚約者よりも優先?そりゃ王族の望みを叶えることが忠義というのは解るわよ。
でも、独身のデリア王女が何度も何度もエフェルの事を呼びつけるのは、二人が淫らな関係だって疑われても仕方ないんじゃなくて?
エフェルは金髪碧眼の美男だ。
シャディリーヌと同い年の17歳。
シャディリーヌだって、柔らかい金髪碧眼の美人だ。
エフェルの美しさにシャディリーヌが父に頼んで結んで貰った婚約。
婚約を結んで三か月が過ぎた。
いずれシャディリーヌの家に婿入りするエフェル。
エフェルはシャディリーヌと婚約者としての交流をきちっと行っている。
週に一度のお茶会は、リース公爵家の庭に面したテラスで行われるのが通常だ。
ただ、エフェルはデリア王女から呼ばれたとなったら、すっ飛んで行くのだ。王宮に。
それが交流の席での途中でも。
エフェルは王宮でデリア王女と二人で話をしているだけだと言っているけれども。
独身の王女様がエフェルを部屋に呼び込むなんて。
デリア王女は来年、隣国へ輿入れが決まっている。
それなのに、エフェルを部屋に???
王家は注意しないのかしら。
とある日、エフェルがシャディリーヌにプレゼントをしたいと、言って宝石商を呼んでくれた。
リース公爵家の客間に宝石商が来た。
エフェルはシャディリーヌに、
「今度の夜会に着けていく首飾りをプレゼントしてあげるよ。ああ、それから相談が。
デリア王女様にも首飾りをプレゼントしようと思っているんだ。あの方の黒髪に似合う色はどんな色がいいかな?」
さりげなくエフェルが聞いて来て、シャディリーヌは頭に来た。
どうしてなんで?王女様に首飾りを?もしかしてわたくしの首飾りが、おまけって事?
シャディリーヌはそれでも、にこやかに、
「王女様は黒髪ですので、緑色のヘッドの首飾りが似合うと思いますわ」
「そうか。緑色か。有難う。君の首飾りはどうしようか。王家の王女様に安いのは差し上げる訳にはいかない。君の首飾りは王女様より一段落としたものにしようか。デリア王女様より立派な首飾りをしていたら、デリア王女様が傷付くだろう」
シャディリーヌはイラついた。
王女様より一段落とせ???貴方の中心は王女様なのね。
婚約を結んで三か月。
シャディリーヌはこの婚約を後悔し始めていた。
王族の望みを叶えるのが忠義と言われてわたくしはとても悲しい。
悲しいの。そして悔しい。
わたくしが婚約者なのに我慢しなければならないの?
首飾りだけじゃない。
エフェルがシャディリーヌに、
「婚約者だから、母上が君にドレスをプレゼントしたらどうだと煩いんだ。どんなドレスがいいか私に教えてくれないか?」
テラスでお茶を飲みながら、エフェルに聞かれた。
だから、シャディリーヌは、
「薔薇がわたくしは好きなので、薄紅色をした薔薇のようなドレスを着てみたいと思っておりますの。華やかでとても美しいでしょう」
エフェルは頷いて、
「確かにその通りだな。デリア王女様も薔薇が好きだ。それも赤い薔薇が。そうだ。デリア王女様に薄紅色のドレスをプレゼントしよう。だから、君は別の色に変えてくれないか?デリア王女様が好きな薄紅色のドレスを君が着ていたら、心が傷付くだろう。可哀想だ」
わたくしは可哀そうではないの?
貴方がドレスをプレゼントして下さるっていうから、わたくしは薄紅色がいいって言ったのよ。
それなのにっ。
「ドレスのプレゼントはいりませんわ。わたくし、自分でドレスを作りたいと思います」
「え?せっかくプレゼントしてやると言っているのに」
エフェルへの恋心が、音を立てて壊れていく。
そんな気がした。
それから一月後、大規模な夜会が王宮で行われると発表があった。
貴族達のほとんどが出席する夜会。
勿論、シャディリーヌも出席する為に、エフェルにエスコートの確認をした。
婚約者なのだから当然だと思って。
「エフェル様。エフェル様は今度の夜会、エスコートして下さるのでしょうね」
「デリア王女様にエスコートを頼まれているんだ。名誉な事だろう。王族の望みを叶えるのが私の忠義というものだ。それが貴族の生き方だ。婚約者より王女様を優先させるのは当然の事だ」
当然ですって?
王族の望みを叶えるのが忠義と貴方は言うけれども。
でも、今度の夜会は楽しみにしていたのよ。
貴方にエスコートしてもらうのを。
それなのに、王女様???
わたくしを放っておくというの?
エフェルの中心はデリア王女様への忠義だ。
彼曰く、
「焼きもちを妬くな。王族に忠義を尽くすのは当たり前の事だ」
むかついた。
個人的にデリア王女様の部屋へ出入りすることが忠義???
わたくしより何事も優先するのが忠義?
「解りましたわ。デリア王女様をエスコートして下さいませ。わたくしのエスコートは父に頼みますわ」
「そうだろう。そうだろう。私の忠義を解ってくれて嬉しいよ。有難う」
何が忠義よ。
頭に来た。
それでも、自分が望んで結んだ婚約を解消する勇気がなかった。
夜会の当日、豪華な馬車が迎えに来た。
エフェルは迎えに行けないと言っていたから、王女様をエスコートしなくてはならないから王宮に直接向かうと言っていた。
なら、どこの誰の馬車よ。
馬車からラディウス王太子が降りて来て、
「今宵は私がシャディリーヌ嬢をエスコートさせて貰おう」
デリア王女の弟のラディウス王太子殿下。
黒髪碧眼の美男だ。
ラディウス王太子殿下は現在、婚約者がいない。
前の婚約者の不貞が発覚して破談になったのだ。
ラディウス王太子は、シャディリーヌに向かって、
「何故、わたくしを迎えに?わたくしはエフェル様と婚約をしていますわ」
「解っている。エフェルは姉上をエスコートしているのだろう。だったら、私が君との一夜の思い出にダンスを踊ってもいいはずだ」
ふと、遠い日の事を思い出す。
ラディウス王太子と幼い頃、初めて出会った。
王宮の庭で子供の遊戯みたいに、ダンスを踊った事がある。
自分はリース公爵家の一人娘だ。
いくら名門公爵家とはいえ、ラディウス王太子と結婚は出来ない。
両親は婿をとって、名門公爵家を継ぐことを望んでいる。
だから、陽の光のような、ラディウス王太子殿下への淡い初恋は遠い日の思い出になっていた。
でも、エフェルが王家に忠義を尽くすのは当たり前だと言ったのだ。
王太子殿下の望みを叶えるのがわたくしの忠義ではなくて?
「光栄に思いますわ。ラディウス王太子殿下のダンスのお相手を務められるとは。精一杯、務めさせて頂きます」
夜会の会場にラディウス王太子殿下にエスコートされて、シャディリーヌは入場した。
薔薇の花が咲いたような薄い赤色のドレスを着て、入場する。
先に入場していた婚約者のエフェルがデリア王女と共にこちらを見て、目を見開いた。
慌てたようにシャディリーヌの傍に来て、
「君は私の婚約者だろう?それなのに、何故、ラディウス王太子殿下にエスコートされている?」
「王族の望みを叶える事が忠義なのでしょう。わたくしはラディウス王太子殿下に一夜のダンスの相手として誘われたのです。お断りする訳にはいかないでしょう」
「そ、それはそうだが」
「それに貴方はデリア王女様をエスコートすることが王族に対する忠義だとおっしゃっておいででした。わたくしは貴方を見習っただけですわ」
エフェルは口をぱくぱくさせて、
デリア王女は、
「まぁ、この薔薇の花のドレスは、わたくしのドレスと似ているわっ」
シャディリーヌはすまして、
「今、流行の色のドレスですわ。他の方も着ております」
確かにちらほら、似たような色のドレスを着ている夫人や令嬢達がいる。
エフェルはシャディリーヌに、
「デリア王女様が好きな薄紅色のドレスを君が着ていたら、心が傷付くだろうと言ったはずだ」
「では、他の方々も着ているのですから、もっと傷つきますわね」
デリア王女は怒り出した。
「どんなにラディウス。お前が望んだって、この女とは結婚出来ないわ。この女はリース公爵家の跡継ぎよ。それに、エフェルの婚約者なの」
ラディウス王太子は頷いて、
「解っております。姉上。でも、姉上だって、シャディリーヌの婚約者のエフェルと頻繁に会っているじゃないですか。私がシャディリーヌをダンスに誘ったっていいでしょう」
「そ、それはそうでしょうけど。まさか、この女を王家に迎えるんじゃないでしょうね」
「姉上は隣国へ嫁ぐのでしょう。王太子たる私のやることに口出しはしないで下さい」
ラディウス王太子は、シャディリーヌに、
「随分と酷い婚約者のようだな。君はエフェルと婚約を続けたいのか?勿論、リース公爵夫妻の意向もあると思うが」
わたくしはエフェルと婚約を続けたい?
デリア王女を優先してきたエフェルと?
婚約を破棄されたらエフェルはローデ公爵家の次男だ。
婿入りする家が無いと、平民になるしかない。
エフェルが慌てたように、
「王太子殿下。私はデリア王女様に忠義を尽くしているだけです。何故、そのような話に?勿論、シャディリーヌ。私と君は今まで通り、婚約を続けるよな?」
シャディリーヌは一言、
「どうぞ、これからもデリア王女様に忠義を尽くして下さいませ。ご安心を。婚約は破棄させて頂きますわ。両親もエフェル様の行動には呆れておりましたの。婚約破棄に反対はしないでしょう」
一目見て素敵だと思ったから婚約を結んだ。
まさかデリア王女様に忠義だと言って、ずっと優先するとは思わなかった。
首飾りだって、ドレスだって、エスコートだって、わたくしを優先して欲しかったの。
だってわたくしが婚約者なのですもの。
わたくしを愛して欲しかった。
エフェル様。
エフェルががっくりと膝をついた。
デリア王女がエフェルに何か喚いている。
ラディウス王太子に肩をぽんと叩かれて、
「ダンスを踊らないか。幼い頃みたいに」
「ええ、王太子殿下。お相手願いますわ」
シャディリーヌはラディウス王太子殿下とダンスを踊る。
エフェルがデリア王女を無視して、縋るような瞳でこちらを見ているけれども後悔はない。
後悔はないわ。
デリア王女の隣国への嫁入りは無くなった。
男を部屋に引き入れる王女という話が隣国に知れてしまって、断られたのだ。
国王夫妻は、デリア王女に甘かった。だが、今回の事で仕方なくデリア王女を修道院へ押し込めた。
「わたくしは悪くないわ。悪くないのよ」
デリア王女は泣き喚きながら、修道院へ馬車で連れていかれた。
シャディリーヌの両親であるリース公爵夫妻も、エフェルの態度には呆れていたので、
婚約破棄は成立し、ローデ公爵家から慰謝料を沢山貰えた。
エフェルから復縁要請の手紙が送られてきた。
― 家を出て行けと言われた。助けて欲しい。私は王族に忠義を尽くしていただけだ。解ってくれるだろう? ―
この人は何も反省していないのね。
怒りよりも呆れ果ててしまった。
なんでこんな人が好きだったんだろう。
復縁要請の手紙をそのまま、ローデ公爵家に送り返した。
その後、風の噂で、エフェルが屑の美男が好きな変…辺境騎士団にさらわれたと聞いたけれども、もう何とも思わなかった。
ラディウス王太子殿下からカードが送られてきた。
― また、君とダンスを踊りたい ―
薄紅色の薔薇の花束を添えられて、カードに一言、そう書かれていた。
わたくしは婿を貰って、リース公爵家を継がなくてはいけないのに、困った人だわ。
でも、王族には忠義を尽くす。それが貴族の生き方だって、エフェルは言っていたわね。
ラディウス王太子殿下の望みなら、叶えてあげてもよくてよ。
自分の好きな薄紅色の薔薇のドレスを着て、ラディウス王太子殿下とダンスを踊る。
シャディリーヌの心は幸せを感じているのであった。




