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もう一つの世界

作者: 谷 風汰
掲載日:2026/06/24

 朝、四時、俺はPCを眺めていた。

 女の裸が映っている。

 別に興奮はしない。

 ペニスは萎れている。

 

 もう五時間くらいか。

 目がつかれてきたな。

 

 PCを閉じようと電源ボタンに手を伸ばした。

 何かが、ふっと頭を横切った。

 誰かとすれ違うような、目の端で物が落ちるような、か弱い妄想だった。

 

 相変わらず、俺は部屋にいる。

 ゴミ袋が敷き詰められた床、虫がうろつくカサカサという音、スクリーンに張り付けられた女の肢体。

 だが、画面が暗くなったとき、そこに映っていたのは今の倍ほども顔が膨れた俺だった。

 無精ひげが顔を覆っている。

 眼鏡のレンズが、フケで白く染まっている。

 片目の瞼が落ちている。

 

 一瞬誰かわからなかった。

 でも、それは俺だった。

 顔以外の何もかもが同じ状況だったのだ。


 窓の外は暗い。

 カエルの鳴き声がうるさい。

 時計を見ると四時だった。

 部屋の明かりはチカチカとしており、ときどき妙に明るくなるのがうざかった。

 

 スクリーンに目を戻すと、ブサイクな女の裸が映っていた。

 顔は腫れ物だらけで太っていた。

 こんな女優がいるはずはない。

 いたとしてもそんな動画見るはずもない。

 どういうことだろう。

 画面の上橋に出ているバナー広告も、見たこともないほど太っている女が、真円になるほど見開いた目でこちらを見つめていた。

 気持ち悪かった。


 俺は股間に手を伸ばした。

 ズボンはぐにゃりとへこんだ。

 そこには何もなかった。

 もう一度触った。

 右足の根本から、股の間、左足の根本へと順番に人差し指でなぞっていった。

 そこには何もなかった。


 笑みがこぼれた。

 わけがわからなかった。

 

「わわわわわ」


 口から何かがもれた。

 言葉のようだが、本当にそうなのかはわからなかった。

 それに近いものだとはわかった。


 俺は立ち上がった。

 一歩、足を前に出した。

 何かがあたった。

 指先がひんやりとした。

 下を向くと、茶碗がひっくりかえっていた。

 味噌汁が床に溢れて大きなシミを作っていた。

 頭に浮かんだのは母親の顔だった。

 それだけだった。


 俺は立ち尽くした。

 なぜこうなったのか考えた。

 どこで道を踏み外したのだろうか。

 真っすぐ歩いてきたはずなのに。

 気づかぬうちに方向感覚を失っていたのか。

 わからない。

 壊れたモーターのように頭は固まっていた。

 脳に接続された血管に泥水でも詰まっているのだろう。

 

 俺は考えるのをやめた。

 床にしゃがみ、ぐちゃぐちゃになった豆腐に手を伸ばした。

 崩れたそれはつまんでもつまみきれなかった。

 だから、俺は食べるのをやめた。


 俺はその指を口に突っ込み、立ち尽くした。


 なぜこうなったのか考えた。

 どこで道を踏み外したのだろうか。

 真っすぐ歩いてきたはずなのに。

 気づかぬうちに方向感覚を失っていたのか。

 わからない。

 壊れたモーターのように頭は固まっていた。

 脳に接続された血管に泥水でも詰まっているのだろう。


 俺は考えるのをやめた。

 床にしゃがみ、ぐちゃぐちゃになった豆腐に手を伸ばした。

 崩れたそれはつまんでもつまみきれなかった。

 だから、俺は食べるのをやめた。


 俺はその指を口に突っ込み、立ち尽くした。


 なぜこうなったのか考えた。

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