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5.12年前の事件③

 王子とボシュエ卿が東棟2階の応接間に戻ると、既に昼餐の時間になっていた。

 二人分の食事が用意されると、王子はすぐに侍従を下がらせた。

 もちろん、ボシュエ卿に「12年前の事故」ならぬ「12年前の事件」について仔細を尋ねるためだ。

 ボシュエ卿は食事をしながら逡巡しているようだったが、食事をあらかた終えたところでようやく口を開いた。

 曰く――


「これは帝室と大神殿により、これまでずっと秘されてきたことです。12年前、当時の皇太子殿下を含む皇子女方、合わせて6名が亡くなり、アリエノール皇太女殿下の命も危険に晒されました。その原因は表向き事故とされてきましたが、本当は事件――何者かによる毒殺なのです」


 ボシュエ卿は、テーブルの上の紅茶とルバーブジャムを見て少し目を細めた。


「当時、皇族方は夏の離宮でお過ごしでした。そこで開かれたアリエノール皇女殿下――当時はまだ長兄の皇太子殿下が健在でしたから皇太女ではありませんでした――の10歳のお誕生日祝いのパーティーの最中に皇子女方が急に亡くなりました。毒によるものでした。ところが、後から実はとある地方神殿の神官がその事件についての神託を受けていたことがわかったのです。しかし、事前に宮殿に連絡されることはありませんでした。首都の大神殿に下された神託なら連絡系統が明確ですが、神官が一人しか置かれないような田舎の地方神殿ではそうもいかないのです」

 

 そこで、ボシュエ卿は悔やむように深いため息をついた。


「皇族の危機を示唆する神託を受けていながら悲劇を防げなかったとあっては、神殿の権威にも皇帝の権威にも傷が付きます。そこで、神託の存在は伏せられ、皇子女方の死は事故として処理されました。パーティーの出席者はさすがに『事故』ではないことに気づいたでしょうが、神託の存在は知らされず、箝口令が敷かれました。今でも神託があったことを含めて全容を知っているのは皇帝陛下、私を含めた大神殿の幹部、宰相の女侯殿、それから、宮廷魔導士の上層部だけです」


 エルンスト王子はあまりのことに、ただ目を見開くばかりだった。

 ただ、一方では、ある直感が過った。


 ――12年前の出来事が「事件」、しかも「毒殺事件」だとすると、今回のアリエノールの死とも何か関係があるのでは?


 直感に従って王子は問いかけた。


「ボシュエ卿、今回の『容疑者』の中で、その誕生日パーティーの場にもいた者はいたのだろうか?」

「それは……ほぼ全員『いた』と言って良いと思います。皇族にとって『聖なる魔法』が発現する10歳の誕生日は特別なので、パーティーは盛大なものだったと聞いています。まず、皇帝陛下含めて皇族は全員参加していました――偏屈で有名だった皇帝陛下の亡き弟君もいらっしゃったほどです。それから、皇帝陛下のお気に入りの新興貴族たち――キュイーヴル伯爵家もその一つで、夫妻とまだ学生だった長男キュイーヴル准将も出席されていました。そして、主だった大貴族も呼ばれており、当時は一介の公爵家の令嬢だったフェール女侯も兄の公爵夫妻に同伴されていました。ご存じの通り女侯のご実家の公爵家は帝国随一の大貴族ですので」


 ――今回の事件の容疑者は、12年前の事件の現場にもいた。

 ――そして、今回の事件も12年前の事件も、事前に女神様からの神託が下されている。


 そこで王子はふと先ほどの皇帝の言葉を思い出した。


「先ほど、皇帝陛下が皇太女殿下が『毒に弱い体質だった』とおっしゃっていたのはこの12年前の事件に関係するのだろうか?」

「ええ、そうです。先ほど皇子女方の死は毒によるものだったと申しましたが、検出された毒の量には差がありました。亡くなった6人の皇子女方からは致死量を超える毒が検出された一方で、生き残った当時のアリエノール皇女殿下から検出された毒はご年齢を考えても僅少だったそうです。にもかかわらず、アリエノール皇女殿下も昏睡状態に陥ったのです。おそらく殿下は毒にはあまりお強くなかったのでしょう」

「そうか……」


 王子は調査を始めれば何らかの糸口を掴めると考えていた。

 しかし、現実には謎は増えるばかりだった。


 ――昨夜、アリエノールを訪ねた皇帝陛下は、貴腐ワインを飲みながら春の叙爵の話をしたらしいことはわかった。 

 ――しかし、陛下がおっしゃった「12年前の事件のせいで目前で絶たれた夢に再度近づいていた」とは一体何のことだ?

 

 ――そして、その12年前の皇子女方の毒殺事件も今回の事件に関係している気がするのだが……。

 ――12年前、昏睡状態になりながらも唯一生き残ったアリエノール。

 ――彼女に盛られた毒だけ量が少なかったことに何か意味があるのだろうか?

 

 王子が考え込んでいると、ボシュエ卿が口を開いた。

 

「王子殿下、私の考えでは、今お話しした12年前の事件は、今回の事件とはあまり――」


 ボシュエ卿が言いかけた言葉は遮られた。

 応接間の扉の外から侍従の声がしたからだ。


「王子殿下、卿、お話し中に申し訳ございません。宰相フェール女侯殿と宮廷魔導士長マーリン師が殿下にお目通り願いたいとのことです」


 その知らせに王子とボシュエ卿は顔を見合わせた。

 「容疑者」の方から彼らを訪ねてくるとはどういうことだろう。

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― 新着の感想 ―
早瀬晶様ならではの、緻密な設定と流麗な文章、細やかな心理描写に、夢中になって読み進めてしまいました。続きがとても楽しみです。
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