3.12年前の事件①
ボシュエ卿と調査を進めることとなり、王子は差し当たって「今やらなければならないこと」があることに安堵していた。
立ち止まればもう二度と歩き出せなくなる気がした。
更衣の間に移動した彼らは、王子が喪服に着替える間、衝立越しに調査方針を議論した。
結論としては、「容疑者」に会いに行くことになった。
王子は現場となった皇太女の居室を調べに行きたいと言ったが、卿は現場を管理している宮廷魔導士たちが外国の王子の立ち入りを拒否するだろうと指摘した。
確かに宮廷魔導士たちは組織のルールで動かざるを得ない。
その点、「容疑者」に面会を申し込む方が融通が利くというのは一理あった。
彼らが最初に面会することにした「容疑者」は、皇帝だった。
ちょうど皇帝の下級侍従が今日予定されていた祭日の祝宴の中止を告げに来たので、彼に皇帝の所在を問うと、宮殿内の聖堂にいることがわかったからだ――昨夜一同が祭日前夜の礼拝を行った場所だ。
帝国の皇族が亡くなるとその亡骸には魔導医により保存魔法が施され、まずは宮殿敷地内の聖堂に安置される。
皇帝は娘の側に付いていたいのだろう。
ともかく、王子はボシュエ卿を連れ、宮殿の東棟から南東側の王子の薬園の横を通り過ぎ、南側の聖堂へと向かった。
白い大理石の聖堂は、月明かりの下にあるか陽光の下にあるかの違い以外は、昨夜と寸分違わぬ姿でそこにあった。
月女神の象徴である夜咲き薔薇の彫刻が施されたファサードの下のドアのない入り口は二人の宮廷魔導士により厳重に守られていた。
通常であれば、宮殿に入れる者なら誰でもこの聖堂にも立ち入ることができるが、さすがに今は皇族以外出入りできない。
王子もボシュエ卿も諦めかけたが、折しも入口に皇帝の侍従長が姿を見せたので、彼に皇帝への取次を願った。
侍従長は重々しく頷いて「陛下の意向を確認してまいります」と言って、聖堂の中へと消えていった。
二人が聖堂の前で待っていると、思いがけない人物が側道から現れた。
「容疑者」の一人、キュイーヴル准将だった。
彼は、エルンスト王子よりも5歳ほど年上で、軍人らしい逞しい体つきとダークブラウンの髪に暗い色の瞳の美丈夫として有名だった。
その美貌は母親のキュイーヴル伯爵夫人譲りだと言われている。
その上、彼は現在帝国が戦っている戦争において、幾度も帝国軍に勝利をもたらした英雄でもある。
王子が帝国に移住する少し前に、負傷により前線から戻って以来、その社交的な人柄もあり、宮廷のご婦人方の人気を集めていた。
今は喪の証に最礼装の黒い軍服を身に着けている。
准将はエルンスト王子とボシュエ卿の姿を認めて、恭しく一礼した。
王子は何故かみぞおちが微かに痛む気がしたが、それを無視して彼に話しかけた。
「キュイーヴル准将、今度のことは……」
「ええ、王子殿下、それからボシュエ卿、この度は本当に……」
王子も准将も続けるべき言葉を見失った。
これまでも二人は度々宮殿内で行き合うことがあったが、親しく話したことはなかった。
王子は普段から帝国貴族との社交に努めてはいたが、薬草学に没頭しがちな王子と快活な社交家として知られる准将とでは、交友範囲が違いすぎた。
――共通していたのは……。
しかし、今、王子は彼の暗い色の瞳の中に自分と同じものが揺れている気がした。
「我々は皇帝陛下が聖堂にいらっしゃると聞いて、お目通り願っているのだが……。お許しいただけるかどうか」
エルンスト王子が敢えて皇太女に直接言及せずに切り出すと、准将はどこか安堵したように答えた。
「そうでございましたか。しかし、皇帝陛下はきっと王子殿下とお会いになるでしょう」
「……どうだろう?」
王子の問いは微かに皮肉に響いたが、准将は神妙に応じた。
「僭越ながら皇帝陛下は王子殿下を実のご子息のように遇しておいででしたから……」
彼らはそれ以上何を言うわけでもなく、ただ沈黙を共有した。
それを破ったのは、王子の傍らで黙していたボシュエ卿だった。
「ところで、准将殿、あなたはこちらで何を?お母上を手伝ってご葬儀の準備でお忙しいのでは?」
ボシュエ卿の言う通り、皇太女が亡くなったとあれば、その筆頭女官であるキュイーヴル伯爵夫人の指揮で葬儀が準備されることになる。
息子であり、高官でもある准将が彼女の補佐に回るのは自然だ。
「ええ、そうなのですが……やはり戻った方が良さそうですね」
准将は曖昧に言うと、一礼して来た道を戻っていった。
王子は首を傾げた。
この宮殿の南側にある建物といえば、聖堂のみだ。
忙しくしている母のことを放ってまで、彼はここに何をしにきたのだろう。
王子はボシュエ卿に意見を求めようとしたが、ちょうど皇帝の侍従長が戻って来た。
「王子殿下、ボシュエ卿、お待たせしました。皇帝陛下がお会いになります」
侍従長の言葉に王子とボシュエ卿は視線を交わし、聖堂へと足を踏み入れた。




