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最終話:純白の陥落、黄金の洗脳

〇パン教本部・最深部のキッチン (換気扇の回る音。大量のパンが並び、清潔すぎるほど白い空間。あかりが鼻歌を歌いながら、楽しそうに生地を捏ねている)


あかり:「(明るい声で)あ、来た! いらっしゃい! 逃げ出してからずっと待ってたのよ、彼。今日はとっておきの『和風パン』の試作をしてたの。食べてみる?」


彼:「(息を切らし、握りしめたタッパーを突き出す)……あかり。いい加減にしてくれ。……これを見てくれ。俺の実家から届いた、新米だ。一粒一粒が立ってて、甘くて、これだけで完成された世界なんだよ。これを食べても、まだ『人類パン化』なんて言えるのか!?」


あかり:「(屈託のない笑顔で)わあ、綺麗なお米! さすが彼が選んだだけあるわね。……でもね、それってすごく可哀想だと思わない? そんなに綺麗なのに、ただ炊かれるだけで、一生を終えちゃうなんて」


彼:「……何だと?」


あかり:「お米だって、もっと自由になりたいはずよ。粉になって、バターと出会って、オーブンの熱い抱擁を受けて……。そうすれば、もっとたくさんの人を幸せにできる『パン』になれるのに。……ねえ、彼。あなたもそうでしょ? 頑固に『米派』なんて殻に閉じこもってないで、私と混ざり合いましょうよ」


彼:「(一歩退く)……混ざる? 冗談じゃない。俺は、俺だ! この一粒の米と同じように、誰にも捏ねられたくないんだ!」


あかり:「(無邪気に近づき、彼の胸に手を置く)ふふ、面白いこと言うのね。でもね、あなたがさっきから守ろうとしているそのお米……。実は、成分はほとんどパンと同じなのよ? 炭水化物、アミロース……。名前が違うだけで、中身はパンの予備軍。……そう思ったら、なんだか愛おしくない?」


彼:「(必死に抵抗する)……違う! 炊き立ての香りと、パンの匂いは別物だ! 俺は、あんたのパンに染まった世界なんて認めない!」


あかり:「(慈しむような、明るく透き通った声で)いいのよ、そんなに頑張らなくても。……ねえ、彼。お米を粉にしたら何になる? ……米粉よね。その米粉を焼いたら何になる? ……そう、お米のパン。……ほら、結局お米もパンじゃない。お米も、パンの『一部』だったのよ。……最初から、敵なんていなかったの」


彼:「(頭を押さえて膝をつく)……っ……。そんな、詭弁だ……。米は米で、パンはパンで……」


あかり:「(優しく、彼の耳元で囁く)逃げなくていいのよ。パンはね、すべてを包み込むの。お米も、あなたも、あなたのその頑固な正義感も、全部パンの一部として愛してあげる。……ほら、この米粉パンを一口食べて。あなたの故郷の味がするはずよ」


彼:「(あかりから差し出されたパンを、拒絶できずに口に運ぶ)……っ。……あ……」


あかり:「(満面の笑みで)どう? ……美味しいでしょ? ……ねえ、言って? お米も、パンだよね?」


彼:「(瞳が虚ろになり、ゆっくりと咀嚼する)……ああ。……うまい。……あかり……。……そうだね。……米も、パン……だったんだね」


あかり:「(歓喜して彼を抱きしめる)そうよ! やっと分かってくれたのね! さあ、世界中に教えてあげましょう。お米はパンの最高の仲間だって。……ふふ。明日からは二人で、新しいパンの歴史を作りましょうね、彼!」


彼:「(力なく、あかりの背中に手を回す)……米も、パン……。……全部、パンなんだ……」


あかり:「(満面の笑みで)どう? ……美味しいでしょ? ……ねえ、言って? お米も、パンだよね?」


彼:「(パンを咀嚼し、その甘みが脳に溶け出すのを感じる)……っ。……ああ。……甘い。あかり、これ、すごく……優しい味がする……」


あかり:「(彼の頬に手を添えて、瞳を覗き込む)そうよ。だってこれは、あなたの愛したお米が、私の手で『一番幸せな形』に生まれ変わった姿なんだもの。もうバラバラの粒でいる必要なんてないの。ねえ、もう一度言って?」


彼:「(瞳からこれまでの険しさが消え、うっとりとした、どこか子供のような笑顔を浮かべて)……うん。……米も、パンだよね。……いや、米こそが、最高のパンになるために生まれてきたんだ……。どうして今まで、あんなに意固地になってたんだろう……」


あかり:「ふふ、いいのよ。迷うのも発酵の時間みたいなものだもの。ねえ、彼。これからはずっと一緒よ。パンの香りに包まれて、二人で一つになって、最高にふわふわな人生を歩むの」


彼:「(あかりの肩に顔を埋め、深くパンの香りを吸い込む)……ああ。幸せだ。……あかり、もっと捏ねてくれ。俺をもっと、君好みのパンにしてよ。……お米だった頃の自分なんて、もう思い出せないくらいに……」


あかり:「(歓喜して、彼を力強く、壊れそうなほど優しく抱きしめる)ええ、ええ! もちろんよ! あなたを世界で一番、真っ白で、甘くて、逃げ出せないパンに仕上げてあげる……! ああ、私たち、今最高に発酵してるわね!」


(窓から差し込む午後の陽光が、キッチンを黄金色に染め上げる。あかりに抱かれ、恍惚の表情で目を閉じる彼。その顔には、かつてないほどの穏やかで、歪んだ幸福が張り付いていた)


彼(M):……ああ、いい匂いだ。俺は今、人生で一番……満たされている。……お米も、パン。……俺も、あかりの、パン……。


(あかりの楽しげな鼻歌が、静かな部屋にいつまでも響き続ける)

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