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1章第9話 完成しない剣、完成した形

鍛冶場の火は、以前よりも安定していた。

火打ち石を叩く手は相変わらず不器用だが、火がどう育つかは、少しずつ分かるようになってきた。


炉に入れる。

赤くなるまで待つ。


待つ、という時間に、ようやく慣れてきた。

急げば、失敗する。

鉄は正直だ。

焦りも、迷いも、全部形に出る。


引き出し、金床に置く。

ハンマーを振る。


一打。

二打。


音は、完全には澄まない。

それでいい。


刃を完全に戻すつもりはない。

切るための剣ではないからだ。


俺がやっているのは「修理」じゃない。

元に戻すことじゃない。


重心を後ろに寄せる。

柄の角度を変える。

握ったとき、力が逃げないように。


勇者が振る剣じゃない。

誰かを、必死に支えるための剣。


汗が落ちる。

腕が重い。

だが、止めなかった。


途中、棚の紙束を開く。

何度も読んだページ。


「直すな。使える形に変えろ」


それだけが、ずっと頭に残っている。


剣をもう一度炉に入れる。

火は強すぎない。

赤くなりすぎないところで止める。


最後の一打。

強くもなく、弱くもなく。


音が、少しだけ変わった。

鈍さの中に、芯がある音。


俺はハンマーを下ろした。


剣を持ち上げる。

重い。

だが、持てる。


振る。

大きくは振れない。

それでいい。


壁に立てかける。

剣は、静かにそこにあった。


前のような攻撃力は残っていない。

英雄の武器でもない。


だが、こいつには人を守る力がある。

それがこの剣の完成だった。


階段を上がる。

店に戻ると、セラが棚の整理をしていた。


「できた?」


顔を上げずに、そう聞かれる。


「……はい」


剣を運び、カウンターの横に置く。

セラは一度だけ、それを見た。


長くは見ない。

値踏みもしない。


「売り物にはならないわね」


「はい」


それでよかった。

セラは、剣を棚の一番下に置いた。

値札はつけない。


それだけだった。

俺は、棚の下段を見る。

完成させた剣が、そこにある。


誰にも呼ばれない。

評価もされない。

でもやっぱり、それでいいと思えた。


夕方、鍛冶場に戻る。

短剣を手に取る。

昨日整えたものだ。


こちらも、完成とは言えない。

だが、使える。


棚に並ぶ、値札のない道具たち。

どれも、捨てられなかったもの。


夜、店を閉める。

ランプの火が揺れる。


施設では、価値を即評価された。

使えるか、使えないか。

その二つしかなかった。


でも、ここでは違う。


使えても、使われないことがある。

使えなくても、置いておかれることがある。


俺は目を閉じる。


この剣は、勇者を救わない。

世界も救わない。


それでも、この剣のおかげで、誰かが死なずに済むかもしれない。


それで、十分だと思えた。


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