2章第2話 鎖を解く者
彼女の荒い呼吸が、次第に静かな寝息へと変わっていった。
とりあえず、影になる場所に運んだ。
石を彼女から離すのはまずいと思ったから、石を布っぽいもので巻き付けてチョーカーっぽくした。
一時間ほど経った頃、彼女の指先が動いた。
俺は反射的に腰の短剣に手をかけ、数歩距離を取る。俺に対し恩があるにしても、彼女は街を蹂躙した軍の兵士だ。
「……ぁ……あ……」
彼女はゆっくりと目を開けた。
さっきまで眼球を覆っていた黒い結晶は消え、そこには、ひどく疲れ切った、どこにでもいる少女の瞳があった。彼女は自分の手を見つめ、それから俺を見た。
「……あなたが、助けてくれたの?」
声は掠れ、震えていた。俺は短剣を握ったまま、何も答えない。
彼女は自分の胸元に手を当て、何かを探るような仕草を見せたあと、絶望したように顔を歪めた。
「……マナドライブが、止まってる……。どうして。死を覚悟したのに。」
聞いたこともない言葉だった。マナ、ドライブ。
「マナドライブを俺は知らないが、俺が持っていた特殊な石をお前に当てたら、楽になっていたように見えた。まあ、俺もこの石のことはよくわかっていないんだがな。」
俺が短く答えると、彼女は信じられないものを見る目で俺を見た。
「そんなこと、ありえない。これは、国が開発した『最強の兵士』を作るための物。一度発症すれば、体が耐えられないほどのマナを全身に循環させて、肉体が燃え尽きるまで戦い続けるための……。それをそこら辺にありそうな石ころでなおすなんて。」
彼女は、自分自身の腕を、まるで呪われた品でも見るかのように眺めた。
黒い血管の跡が、痣のように皮膚に残っている。
「私はノン。ヴォルダ王国の、マナドライブ適合被検体。……皮肉ね。敵国の人間に、人間としての意識を返されるなんて」
俺は「敵国」という言葉に、冷たい笑いが出そうになった。
俺は施設から捨てられ、街からは見捨てられ、国からは存在を消された「失敗作」だ。そんな俺に、今さら国籍などという「意味」があるものか。
「俺は、あんたの国の人間でも、レグリスの人間でもない。」
俺は背中の荷袋を担ぎ直した。
彼女を救ったことに、大義名分なんてない。ただの気まぐれだ。
だが、彼女の口から出た言葉は、俺の中にあった「勇者システム」への嫌悪感と、どこか深いところで繋がっている気がした。
国が作る「完璧な人形」。
国が作る「使い潰すための兵器」。
俺は、地面に落ちていた彼女の折れた剣を拾い、彼女の足元へ投げ捨てた。
「動けるならさっさと家に帰れ。」
俺は背を向けた。だが、背後からは遠ざかる足音はいつまで断っても聞こえなかった。




