2章第1話 異型の残骸
街を離れてから、俺はただ歩き続けていた。
方向など分からない。ただ、レグリス王国の勇者たちが去っていった方角とは逆へ、泥を啜るような歩みを続けていた。背負った金床とハンマーが、容赦なく俺の肩に食い込む。
街道の脇には、無数の「肉の塊」が転がっている。俺たちの街を蹂躙したヴォルダ王国の兵士たちだ。だが、その死に様は俺の知っている「死」とはかけ離れていた。
死体はどれも異常に膨れ上がり、皮膚の下で何かが蠢いたまま固まっている。あるものは全身の血管が黒く浮き出し、あるものは眼球から濁った結晶が突き出していた。
「……なんだよ、これは」
俺の喉が、不快な音を立てた。
その時、死体の山の向こうから、聞いたこともない音が漏れた。
「……あ、……ぁ、……ガ……ッ」
金属が擦れるような、あるいは肉が裂けるような、歪な喘ぎ。
俺は足を止めた。
瓦礫の陰に、一人の兵士が倒れていた。ヴォルダ王国の軍服を纏った少女だ。
彼女の体からは、黒い泥のような霧が噴き出していた。
「……ッ!」
俺は思わず後ずさった。
彼女の腕は、皮膚を引き裂いて黒い結晶が芽吹いている。
呼吸をするたびに、彼女の喉からは血の泡が混じった黒い靄が吐き出された。
苦痛という言葉では足りないだろう。
彼女の指先は地面を掻きむしり、爪はすでに剥がれ、露出した骨が石畳を叩いていた。
助ける義理なんてない。
彼女は俺の街を焼き、セラを奪った側の一員だ。妥当な報いだ。
だが、その苦しむ姿に、俺はあの時のセラの背中を重ねてしまった。
理不尽に、意味もなく、ただ一方的に壊される命。
俺は、背負っていたセラの鞄を地面に下ろした。
「……何か、ないのか」
俺は必死に鞄の中を漁った。包帯、古い薬瓶、セラが選別して詰め込んだ物たち。
その奥、布に包まれた小箱から、かすかな光が漏れているのに気づいた。
俺はそれを掴み出した。
それは、握り拳ほどの大きさの、透き通った青い石だった。
セラが店で「珍しい魔石」だと言って大切にしていたものだ。なぜ今これが光っているのか、俺には分からない。
だが、石を取り出した瞬間、少女の体から溢れる黒い靄が、石に向かって吸い寄せられるように揺れた。
確信はなかった。俺はその魔石を少女の胸元に押し当てた。
「……あ、…………っ!」
少女の体が大きく跳ねた。
石が彼女の体内の黒い靄を猛烈な勢いで吸い込み始める。
彼女の血管の腫れが引き、熱を帯びた皮膚が急速に冷めていくのがわかった。
静寂が荒野に訪れた。
少女の呼吸が、まだ弱々しいながらも「人間」のものに戻っていく。
俺は、こいつを救ってしまった。
<作品についてPart2>
まず、第1章を最後まで見てくださり、本当にありがとうございました。
さて、本題に入りましょう。
1章までの物語で、勇者製造施設で「意味」を求められ、その期待に答えられなかったミナトが「意味」を求めないセラの元で暮らしていました。ミナトは幸せそうでした。
しかし、ミナトの立場をこれまで期待に応えることができていたモノに入れ替えて見たらどうなるのでしょうか。
そのようなモノ達は、これまで求められてきた「意味」に応え、自分の価値を自分自身で見出して来たモノ達でしょう。そんな彼らに「意味」を求めないセラと接触させると、
これまで触れてこなかった優しさに触れ、何かが変わっていく人と、
この人は自分に無関心なんだ。と思う2つのパターンに別れるのではないかと思います。
もちろんのことながら、セラは「意味を求めぬ愛情」を持つものなので、彼らに対して無関心であるということは絶対にないでしょう。
しかし、今まで「意味」に応えることで自分の「価値」を見出していたモノ達からすると、「意味」を求められないということは存在否定に値すると感じるのかもしれません。
今回、ミナトは国境から出て、謎の少女「ノン」と出会います。
彼女はミナトの「意味」、「価値」に対して、どのように関わってくるのでしょうか。
では、また3章の始まりでお会いしましょう。
今後とも、この物語をよろしくお願いします。




