1章第15話 残酷
街は、もう火の色をした巨大な染みにしか見えなかった。
街道を少し進んだ先の小高い丘で、俺たちは足を止めた。振り返ると、黒煙が夜の入り口を汚している。そこには、セラの店も、俺たちが拭き上げた古道具も、すべてが飲み込まれていた。
隣でセラが、遠くをじっと見ている。
彼女が見ているのは、街ではない。
撤退する勇者たちの本隊。
彼らは街の反対側にある、より大きな軍事拠点へ向かって歩いているのだ。その動きは、やはり美しく、そして反吐が出るほど効率的だった。
鎧に深い傷を負った勇者。片腕を失った勇者。
それすらも、彼らの歩調を乱す理由にはならない。欠損は単なる「損傷」として計算され、止まらずに歩き続けるための歩幅が瞬時に算出される。
彼らは自分たちが守っていたはずの人々——泣きながら後を追う避難民たちに、一度も視線を向けなかった。
「待ってください! 乗せて、せめて子供だけでも馬車に……!」
足を引きずった母親が、勇者たちが護衛する馬車に縋り付いた。その馬車は予備の武装や魔力触媒を積んだ、軍の重要備品だ。
一人の勇者が、足を止めた。
老婆や母親たちが、希望を抱いて彼を見上げた。
勇者は、背中の剣を抜かなかった。ただ、無機質な瞳で馬車の車輪を確認した。
「——荷重、規定値に到達済み」
低い声。合成されたような、感情の欠落した響き。
「規定外の重量は、機動性を著しく損なう。排除する」
勇者は、すがりつく母親の腕を、鋼鉄の篭手で無造作に払いのけた。
ボキリ、と嫌な音がした。
母親が泥の上に転がる。
「行かないで……! 置いていかないで!」
勇者は答えない。
一歩。二歩。
彼らは、自分たちという「部品」を次なる戦場へ届けることだけを、絶対的な正解として動いている。
「ミナト、見るな」
セラが俺の目を隠すように、冷えた手を添えた。
だが、その隙間から見えた。
撤退する銀色の列は、追いつこうとする市民たちを引き離すために、後方に「障壁」を発生させた。
魔力の壁。
B国の兵士を止めるためではない。
足の遅い自分たちの国民を、切り捨てるための壁だ。
「……あいつらは」
俺の奥底で、何かが冷たく固まっていく。
施設で「生命反応が無駄にある」と言われた理由が、今ようやく分かった気がした。
「行こう、ミナト。あの列についていっても、私たちはただ踏みつけられるだけよ」
セラは俺の手を引き、街道を外れて森の中へと足を踏み入れた。
整備された道。安全な壁。最強の守護者。
それらすべてが「価値がある者」にのみ与えられる特権だとしたら、俺たちは最初から、その席には座っていない。
その事実だけを道標にして、俺たちは闇の中を、一歩ずつ進み始めた。




