1章第12話 選別される命
空は、不快な青色に塗りつぶされていた。
勇者たちが展開した結界の内側は、音がこもり、風も止まっている。
だがその静寂を、地面を震わせる轟音が何度も引き裂いていた。
俺は地下から這い出し、地上で起きていることを見た。
勇者たちは、結界を守る者だけではなかった。街の入り口では、鎧をまとった数十人の勇者が、街へ迫る影を迎え撃っていた。
「……勇者が、押されてる?」
信じられない光景だった。成功作である彼らは、この世界の「正解」であるはずだ。
だが、結界の向こうから現れたヴォルダ王国の兵士たちは、何かがおかしかった。
動きが速すぎる。力も異常だ。彼らが振るう剣の一撃一撃が、勇者の整った防御を紙細工のように粉砕していく。
背後でセラの息を呑む音が聞こえた。彼女の目は、戦場の一点を見据えている。
ヴォルダ王国の兵士たちの体からは、どす黒い魔力の靄が漏れ出していた。
一人の勇者が、敵の真っ向からの体当たりで鎧ごとへしゃげ、吹き飛んだ。
驚いたことに、仲間の死を見ても、他の勇者の動きに揺らぎは一切なかった。彼らはただ、欠けた部品を補うように無感情に陣形を組み直すだけだった。
そのとき、空にまばゆい光が走った。
レグルス王国の国章が、魔法の輝きで空に描き出される。
国からの——勇者管理局からの緊急指令だった。
光の文字が、冷徹に空を流れる。
『戦況悪化。全部隊、戦線を後退させよ。守護優先度の低い地域を放棄する。第十七、第二十二、第四十一点区——守護対象から除外』
この街の番号が、最後の一文字として空に刻まれた。
瞬間、戦っていた勇者たちが一斉に剣を引いた。
「防衛」という行動原理が、脳内で「転進(撤退)」に書き換えられたのだ。
「待ってくれ! どこへ行くんだ!」
自警団の男たちが、立ち去ろうとする勇者のマントにすがった。
「敵がすぐそこまで来てるんだ! ここを見捨てるのか!」
勇者は、男の手を乱暴に振り払った。
感情はない。ただ、次に命じられた地点へ向かうために、障害物を排除した。それだけだった。
街を守っていた青い結界が、光の塵となって消えていく。
セラが自嘲気味に呟いた。
「国が『ここを守る意味はない』と判断した。多分、重要な場所に勇者を集中させるつもりよ。だから、彼らにとってこの街は、ただの燃える石塊になったのよ」
俺の目の前で、一人の少女が逃げ遅れ、ヴォルダ王国の兵士に追い詰められていた。
そのすぐ脇を、三人の勇者が走り抜けていく。
彼らは少女を救おうとすらしない。命令(撤退)に関係のない行動は、機能の浪費でしかないからだ。
勇者の列が、砂埃を立てて街の奥へと消えていく。
成功作たちは、国に従い、正しく去っていく。
一方で、俺という失敗作は、この取り残された絶望の中に立ち尽くしている。
「ミナト、中に入りなさい」
ヴォルダ王国兵の叫び声が、街の入り口から聞こえ始める。
結界のなくなった空に、本物の黒煙が昇っていく。
俺たちがこれから先どうなるのかを、降り注ぐ火の粉は、残酷に教えていた。




