1章第11話 守護者
警鐘は鳴り止まなかった。
だが、街に走る動揺はどこか熱を帯びている。恐怖よりも、救いへの期待が勝っていた。
広場の方から、規則正しい金属音が近づいてくる。
「勇者隊だ!」
「勇者が、百人も派遣されたらしい!」
街路を走る人々の声が、店の戸を叩く。
セラはカウンターから動かず、ただじっと棚の古道具たちを見ていた。俺は、その横で昨日直した短剣を握っていた。手のひらに馴染む、歪な鉄の感触だけが現実だった。
やがて、店の前を「銀色の列」が通り過ぎていった。
美しかった。
そして、あまりに無機質だった。
百人の勇者は、寸分の狂いもなく足並みを揃えていた。
鎧の擦れる音。石畳を叩くブーツの音。それらすべてが重なり合い、単一の重低音となって鼓動を揺らす。
彼らの顔を見た。全員が同じ無表情を張り付けている。瞳には光がなく、焦点は自分たちの中に組み込まれた「命令」だけを見ているようだった。
列が止まった。
その中心で、馬に乗った一人の男が巻物を広げた。白地に金色の刺繍。国の紋章を背負った「伝令」だった。
「静粛に」
声は低く、そして驚くほど冷淡だった。
男は街の人々を一瞥もせず、事務的にその「宣告」を読み上げた。
「これより本地区を我がレグリス王国東部第一防衛ラインと規定する。ヴォルダ王国との停戦協定は破棄された。そして、ヴォルダ王国から我がレグリス王国へ宣戦が布告された。これより——戦争を開始する」
戦争。
その言葉が響いた瞬間、街の空気が凍りついた。
人々の顔から、期待の色がさっと引いていく。
「現在より本街の全指揮権はレグリス王国軍勇者管理局に移譲される。市民は勇者隊が展開する結界内に留まれ。防衛の邪魔となる行為はすべて反逆とみなす」
伝令の男は巻物を閉じ、手綱を引いた。
市民の声が聞こえるも、男は一度も振り返らなかった。
彼にとってこの街は、守るべき場所ではなく、ただ維持すべき「防衛ライン」に過ぎなかった。
俺の隣に並ぶ一人の勇者を見た。
一瞬、脳の奥が痺れた。
似ている。
あの施設の、硬い台の上で目覚めた俺。
感情が動く前の俺。
彼らと俺の違いは何だ。
彼らにはあって、俺にないもの。
「意味」だ。
彼らには、国が与えた「防衛」という巨大な意味がある。
俺には、それがない。誰にも求められていない。
だから俺はこうして、喉を鳴らし、立ち尽くし、絶望を感じることができる。
「……気持ち悪いな」
ぽつりと、独り言が漏れた。
自分自身に向けられた言葉のようでもあった。
店の中から、セラの声がした。
「彼らは、人を救うために来たんじゃない。街という『駒』を守るために置かれただけ。それ以外は、全部ゴミと同じよ」
俺は店の中に戻った。
セラの影が、薄暗い店内に長く伸びている。
彼女は棚の下から、一振りの古い剣を取り出した。
値札のない、一番奥に眠っていた剣だ。
「ミナト。これを打てるようにしておいて。一番、頑丈な形に」
その日の夕方、街の周囲に巨大な青い光が立ち上がった。
勇者たちが設置した結界だ。
俺は地下の鍛冶場に降りた。
火を熾す。
鉄を叩く音だけが、規則正しく響いていた。




