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1章第10話 価値

朝、店の戸を開ける音が、いつもより重く聞こえた。

通りの空気が、少しだけ張りつめている。


理由はすぐに分かった。

遠くで、警鐘が鳴っていた。


連続して、短く。

訓練用の合図じゃない。

本物だ。


セラは、音を聞いた瞬間に動いた。

棚の前から離れ、店の奥を確認する。


言葉は静かだったが、迷いがない。


「魔物ですか」


「ええ。街の外れみたいね」


警鐘は、勇者を呼ぶ音だ。


しばらくして、通りがざわつき始めた。

人の声。

走る足音。


店の前を、自警団が通り過ぎていく。

一人が立ち止まり、店を見る。

中まで覗き込む。


セラが一歩前に出た。


「何か?」


男は一瞬、言いよどんだあと、言った。


「武器……何か、余ってないか」


「国からの支給は?」


「届く前に、接触する」


それだけで、状況は分かる。


セラは、すぐに答えなかった。

棚を見る。

値札のある武器。

そして、下段。


俺は、何も言わない。

言えなかった。


セラが、棚の一番下に手を伸ばす。

あの剣を、持ち上げた。


「これ」


自警団の男は、驚いたように目を見開く。


「……勇者の剣?」


「だったものよ」


男は剣を受け取り、重さを確かめる。

振る。

攻撃は軽そうだが、構えは安定する。


「使えるな」


「でも、売り物じゃない」


「それでも、使う」


男は一度、セラを見る。

そして、俺を見た。


「……ありがとう」


俺は、何も言えなかった。

胸の奥が、静かにざわつく。


それは、不安でも、後悔でもない。

名前をつけられない感覚だった。


店の戸が閉まる。

警鐘は、まだ鳴っている。


あの剣が、どうなるかは分からない。

剣も、あの人も、戻ってこないかもしれない。


店の外で、何かが壊れる音がした。

遠い。

だが、確かに戦いは始まっている。


俺は、拳を握る。


まだ、戦えない。

剣も振れない。


でも――

もう、ただ捨てられるだけの存在じゃない。


誰かの手に、確かに渡った。


それだけで、世界は少しだけ動いた。

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